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僕のオールドレンズ・ストーリー

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僕のオールドレンズ・ストーリー
愛用オールドレンズを私的に語る
公開日:2014/09/24

第3回 地獄行きのチケットを買いました

photo & text 澤村徹

CONTAX G Mount
Carl Zeiss Biogon T* 28mm F2.8

Leica M8 + G Biogon T* 28mmF2.8
絞り優先AE F8 1/750秒 ISO160 AWB RAW
隅々までシャープで歪曲とも無縁。色ノリも濃厚で、その優秀な写りはホレボレとする。単に硬派なだけでなく、そこにリッチな階調が加わり、このレンズならではの描写を生み出している。

とあるブログの一枚の写真、それから目が離せなかった。朽ちかけた納屋の壁が、夕日を浴びて色濃く浮かぶ。煤けた窓ガラスのまわりを枯れたツタがはう。色調はわずかにマゼンタを帯び、どことなくフィルムライクな雰囲気だ。開放近辺で撮影しているのだろう。周辺がうっすらと減光し、ノスタルジックな世界を作り出していた。

単に郷愁を誘う風景なら、こうもこの写真に釘付けになることはなかっただろう。ディテールはどこまでも鋭く、陰影はレリーフのように刻み込まれ、圧倒的なリアリティーで見る者に迫る。何よりもトーンがすばらしい。手を伸ばせば触れられそうな立体感だ。どうすればこういう写真が撮れるのか。ブログにアップされた一枚の写真に、ただ呆然とするばかりだった。

この写真を撮影したのは、北海道在住の写真家、飯塚達央氏だ。彼がブログにアップする北海道の写真は、どれもリアリティーに満ちている。北海道の風景は、ややもするとステレオタイプな絵葉書になりがちだ。彼は在住者ならではの地に足の付いた視点で、北海道のリアリズムを見せてくれる。夜な夜な彼のブログを見に行くのが、当時のぼくの楽しみだった。しかし、その日ばかりは楽しみを超え、深夜の仕事部屋で煩悶の声をもらしそうだったのだが。

彼は親切なことに、写真に撮影機材の名称を書き添えていた。使用レンズはGビオゴンT*28ミリF2.8だと言う。このレンズを使えば、自分も同じような写真が撮れるのか。いや、相手は著名な写真家だ。撮影後にひと手間かけて写真をアップしているかもしれない。しかし、色合いやシャープネスは画像編集ソフトで調整できても、トーンばかりはいじりようがない。むしろ、手を加えるごとに階調性は損なわれていく。あの写真はおそらく、ほぼ無加工にちがいない。勝手な思い込みと妄想が加速する。

数日後、ぼくはGビオゴン28ミリを手にしていた。なにしろお手頃価格の広角オールドレンズだ。2〜3万円であのトーンが手に入るのなら、それは破格というものだろう。しかし、Gビオゴン28ミリが地獄行きのチケットだと、このときのぼくは夢想だにしていなかった。



ボディもないのにレンズを入手。後からライカM8を購入した。当時は大型出費にアタマを抱えたが、このセットアップは今でもお気に入りのひとつだ。

マウント改造はMSオプティカルに依頼した。鏡胴からレンズユニットを取り出し、同社オリジナルの鏡胴に組み込んである。くびれのあるデザインがセクシーだ。
 コンタックスGマウントからライカLマウントに改造し、LMリングを装着している。もちろんM型ライカで距離計連動が可能だ。ミラーレス機にも装着できる。

Gビオゴンの「G」は、コンタックスGのことだ。カールツァイス製レンズは、様々なマウントで提供されている。他マウントと区別するため、コンタックスGマウントのレンズは名称の先頭に「G」を付けて呼ぶことが多い。

そしてこのコンタックスGは、AFレンジファインダーという変わりダネのカメラだ。ピント調整をボディ側で制御するため、レンズにピントリングがない。現在はピントリング付きのマウントアダプターが発売され、ミラーレス機に付けてノンストレスに撮影できる。しかし、当時はミラーレス機自体が登場していなかったので、オリジナルのままではレンズ流用の手立てがなかった。

ではどうするのかというと、改造してM型ライカに付けるというのが当時の定番スタイルだった。この改造費がおよそ5万円だ。2万円のレンズに5万円の改造費。この逆転現象は精神的にけっこう応える。そればかりか、ぼくはライカMマウントのボディを持っていなかったので、何らかのボディが必要だ。今後のことを考えると、デジタルボディを用意したい。当時の選択肢は、ライカM8かエプソンR-D1だ。ライカM8は中古で40〜50万円、R-D1でも20万円ほど。2万円のレンズを衝動買いしたばかりに、大変なことになってしまった。
結局、早々にレンズを改造し、中古でライカM8を手に入れた。Gビオゴン28ミリは、飯塚達央氏のブログで見たとおり、シャープでハイコントラスト、そしてリッチなトーンで見るものすべてを立体的にとらえてくれる。大型出費の甲斐があったというものだ。
 しかし、これだけでは終わらなかった。ライカM8を買ったとなれば、やはりライカMレンズを試してみたくなる。ライカMレンズは、中古でも1本10万円が当たり前の世界だ。それ以降、ライカレンズ収集の長い旅がはじまり、いまだ旅のさなかである。Gビオゴン28ミリ、それはぼくをライカ道に突き落としたメモリアルレンズだ。


Leica M8 + G Biogon T* 28mmF2.8
絞り優先AE F8 1/6000秒 ISO160 AWB RAW
このレンズで雲を撮るのが好きだ。雲の陰翳と青いグラデーションが、豊かなトーンで目の前に広がる。Gビオゴン28ミリを手に入れて良かったと実感する瞬間だ。

Gビオゴン28ミリは、現在なら無改造のままマウントアダプター経由でミラーレス機に装着できる。いい時代になったとつくづく思う。

<プロフィール>


澤村 徹(さわむら てつ)
1968年生まれ。法政大学経済学部卒業。オールドレンズ撮影、デジカメドレスアップ、デジタル赤外線写真など、こだわり派向けのカメラホビーを得意とする。2008年より写真家活動を開始し、デジタル赤外線写真、オールドレンズ撮影にて作品を制作。近著は玄光社「アジアンMFレンズ・ベストセレクション」「オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド」、ホビージャパン「デジタル赤外線写真マスターブック」他多数。

 

<著書>


アジアンMFレンズ・ベストセレクション



オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド



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