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僕のオールドレンズ・ストーリー

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僕のオールドレンズ・ストーリー
愛用オールドレンズを私的に語る
公開日:2015/01/20

第4回 厳寒のアッシュブルー

photo & text 澤村徹

M42 Mount
Carl Zeiss Jena
MC Flektogon 35mm F2.4


α7II + MC Flektogon 35mm F2.4
絞り優先AE F4 1/160秒 -0.7EV ISO100 AWB RAW
最短撮影距離は19センチと短く、近接時の前後のボケ味もなだらかだ。発色は濃厚さと濁りを併せ持ち、独特の味わいがある。

MCフレクトゴン35ミリF2.4、実はこのレンズが苦手だ。今日こそはと意気込んで、幾度となくMCフレクトゴン35ミリF2.4を持ち出してきた。しかし、狙い通りに撮れたためしがない。オールドレンズファンに人気のM42マウント、3万円前後という手頃な価格、そしてカールツァイスイエナのネームバリュー。入門用オールドレンズとして、申し分ない条件がそろっている。現にぼくも書籍や雑誌の記事で、このレンズをファーストオールドレンズとして薦めてきた。しかし、当の本人はというと、どういうわけかこのレンズと相性がわるいのだ。

世間的なMCフレクトゴン35ミリF2.4の評価はこうだ。安価で高画質、最短19センチまで寄れて使い勝手もよい。好みの問題はあるかもしれないが、このレンズのわるい評判を聞いたことがない。

しかし、入手したレンズはのっけからぼくを裏切りつづけた。レンズ名にマルチコーティングを示す「MC」が刻印されているものの、逆光に弱く、半逆光程度で紗をかけたような淡い写りになってしまう。もちろん、これはレンズフード装着で画質改善できるのだが、1970年代の比較的新しいオールドレンズとはいえ、マルチコーティングに過度の期待は禁物だった。さながらオールドレンズがオールドレンズたる由縁といったところだろうか。

順光下では、評判通りのまとまりのよい絵を描いてくれる。特に色ノリとコントラストがよい。被写体にグッと寄って、大きなボケも楽しめる。誰の目から見てもよく写るレンズだ。コンパクトでハンドリングも申し分ない。ただ、これで何を撮ればよいのか、何を撮りたいのか、それがどうにも判然としなかった。

オールドレンズファンが「よく写る」と言ったとき、実はふたつの意味がある。ひとつは文字通り、すぐれた描写を褒める場合で、これはごく当然の意味合いだ。そしてもうひとつは、「フツーによく写る」という微妙なニュアンスを含ませた場合がある。オールドレンズは単焦点レンズなので、構造がシンプルな分、ズームレンズよりも低コストで高描写を実現しやすい。つまり、戦前モノのように極端に古い個体でないかぎり、オールドレンズはよく写るものなのだ。

単焦点レンズはよく写って当たり前。このことを踏まえた上で、オールドレンズファンはよく写るが特におもしろみのないレンズのことも、「よく写る」と評することがある。単焦点レンズゆえによく写る。しかし、おもしろみはない、というわけだ。

こうしたレンズは、普及価格帯の製品によく見受けられる。35ミリF2.8前後、50ミリF1.8前後など、スタンダードクラスのレンズは開放F値がやや暗めだが、手頃な価格で安定した描写を実現している。開放からシャープでハイコントラスト、ボケ味も上々だ。その画を見て、特に不満を抱くことはないだろう。

しかし、こうしたレンズはインパクトのある絵が撮りづらい。大口径タイプのレンズは、絵を見た瞬間、その世界に引き込まれるような凄みがある。スタンダードクラスのレンズはある種の万能レンズだが、撮影シーンの得手不得手がない反面、没個性的である点は否めない。きまじめな優等生に天才的なひらめきを求めるのは、やはり酷というものだろう。

MCフレクトゴン35ミリF2.4は、スペック的には普及価格帯のレンズだ。安価でよく写るレンズ。過分に求めなければ、気持ちよく使える入門用オールドレンズである。では、普及価格帯レンズと割り切れば、狙い通りの絵が撮れるのだろうか。MCフレクトゴン35ミリF2.4は本当にそれだけのレンズなのか。何かが引っかかる。その違和感の答えが見つからないまま、月日が流れた。



M42マウントの本レンズは、ミラーレス機はもちろん、フルサイズのデジタル一眼レフでも内部干渉なく安心して使用できる。


本レンズは寄れるオールドレンズとして有名だ。最短19センチは伊達ではなく、それこそレンズの鼻先まで被写体に近づける。



銘板に「MC(マルチコーティング)」と刻印されているが、オールドレンズゆえに過度の期待は禁物だ。フレアを抑えたいならレンズフードは必須である。
 絞りのマニュアルとオートの切り替えスイッチを搭載しているが、マウントアダプター経由で使う場合はどちらにセットしても実絞りでの撮影となる。

その日は厳寒の撮影だった。デジタル一眼レフにMCフレクトゴン35ミリF2.4を付け、荒れた岸壁を行く。冬の海岸は色彩にとぼしく、海と空の青以外、すべてが色を失っていた。岸壁の岩肌すら青ざめ、空気の粒が凍えている。

撮影を終え、画像をパソコンに転送する。モニターでその日撮った写真を大きく映し、息をのんだ。

海が、泣いていた。

薄墨を流したようなアッシュブルー。深い青がわずかに濁り、冬日のざらりとした空気が伝わってくる。これまで撮り貯めたMCフレクトゴン35ミリF2.4の画像を見直す。どの写真も濃厚な色彩の奥に、灰褐色が息を潜めていた。なぜ気づかなかったのだろう。なぜ見逃していたのだろう。

このレンズは、切なさが写る。

それはあまりに微細で、ひとめ見てわかるようなものではない。あのとき寒風に長時間身をさらし、雑念が削げ落ち、神経が研ぎ澄まされ、無心に岸壁を歩いていた。写真を媒介とした追体験が、このレンズの切ない描写を教えてくれたのだ。

MCフレクトゴン35ミリF2.4は凡庸な普及価格帯レンズなのか、それともスタンダードを超える存在なのか。その判断は撮る者の心持ちひとつかもしれない。


EOS 20D + MC Flektogon 35mm F2.4
絞り優先AE F2.8 1/2000秒 -1EV ISO100 AWB RAW
このカットでMCフレクトゴン35ミリF2.4の捉え方が変わった。冬日の暖色と褪せた海の色が、どことなく切なさを感じさせる。



<澤村徹・写真展情報>




写真家 澤村徹氏は、2015年1月26日から大阪・南船場で写真展を開催する。
作品は、カメラケース、レザーストラップなど、カメラアクセサリーを製作する職人の姿や彼らの工場をオールドレンズで捉えた写真。カラー、モノクロ合わせて23点を展示予定。ひとり孤独にモノ作りをする職人を、オールドレンズという不確かな道具を使って内面にまで迫り、抒情的に表現した。最終日の2月1日にはトークイベントも開催。澤村氏は会期中、全日在廊予定とのことだが、詳細は同氏のウェブサイトやSNSでチェックしてほしい。


◇澤村徹写真展「クラフトマンシップ」
■ 開催日
2015年1月26(月)〜2月1日(日)
12:00〜20:00(最終日のみ18:00まで)
定休日:水曜日
トークイベント:2月1日(日) 15:00〜16:00

■ 場所
Acru Gallery
〒542-0081 大阪府大阪市中央区南船場3-7-15
北心斎橋サニービル西側B1F
ウェブサイト

<プロフィール>


澤村 徹(さわむら てつ)
1968年生まれ。法政大学経済学部卒業。オールドレンズ撮影、デジカメドレスアップ、デジタル赤外線写真など、こだわり派向けのカメラホビーを得意とする。2008年より写真家活動を開始し、デジタル赤外線写真、オールドレンズ撮影にて作品を制作。近著は玄光社「アジアンMFレンズ・ベストセレクション」「オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド」、ホビージャパン「デジタル赤外線写真マスターブック」他多数。

 

<著書>


アジアンMFレンズ・ベストセレクション



オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド



ソニーα7 シリーズではじめるオールドレンズライフ