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僕のオールドレンズ・ストーリー

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僕のオールドレンズ・ストーリー
愛用オールドレンズを私的に語る
公開日:2015/04/01

カメラ史に名を刻む男 Leitz Summar 5cm F2

photo & text 澤村徹

Leica L Mount
Leitz
Summar 5cm F2


NEX-5 + Summar 5cm F2
絞り優先AE F2 1/125秒 ISO200 AWB RAW
フレアとハイライトの滲みが合わさり、幻想的なイメージを織り成す。ズマールの軟らかさは作画に活かしやすい。

そのときぼくは、ライカ・コンタックス論争について調べていた。1930年代、日本のカメラファンの間で、「ライカとコンタックスはどちらが高性能化か」という論争が巻き起こる。日本のカメラ業界では有名な史実だ。

この論争は1935年にピークを迎える。この年、カメラ雑誌にライカとコンタックスの比較記事が掲載された。書き手がカールツァイスの息のかかった人間だったらしく、コンタックス有利という結論を出す。これがライカファンの怒りを買う。当時、ライツ社の代理店をしていたシュミット商会が中心となり、『降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ』という小冊子で反論に出た。その発行部数はおよそ3万部で、これはちょっとした月刊誌と肩を並べる数字だ。単なるファンの言い争いを超え、メーカーをも巻き込んだ壮大な泥仕合と化していく。

こうした経緯を調べている最中、ネット上で『降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ』の原文を読むことできた。これはライカ礼賛エッセイ集といった内容で、複数の著者が寄稿している。プロの写真家というよりも、アマチュアのライカユーザーが書いているようだ。当時のライカは現在以上に高級品であったはずだから、日本国内のユーザー数はけっして多くなかったはず。そのためアマチュアのライカユーザーでもレビュアーとして幅をきかせていたのだろう。ウェブブラウザで原文を読み進めていくうちに、マウスをスクロールする指が自ずと止まった。


ライカ九年の經驗から
金澤市 澤村正一


混乱の波が押し寄せる。我が目を疑い、息を呑む。そこに記されているのは、祖父の名だ。同姓同名? いや、金沢は祖父の故郷だ。おそらく当人だろう。祖父がライカ使いであったと耳にしたことがある。しかし、祖父のライカを見せてもらった記憶はないし、祖父が撮った写真を見たこともない。せいぜいカメラ好きのおじいちゃん、という程度の認識だ。

その彼が、カメラ史に刻まれるような小冊子に寄稿している。マンガやアニメの世界では、平凡な高校生が突如「あなたは王家正統後継者です」と告げられ、人生が一変するという荒唐無稽なストーリー展開がある。カメラ業界の片隅で原稿を書く自分にとって、祖父の名の発見はそれくらいのインパクトがあった。自分の意志でカメラ業界に飛び込んだつもりだが、案外祖父に呼ばれたのかもしれない。期せずして自分のルーツを垣間見ると、そんな運命論者的な気分にもなる。



ライカLマウントの本レンズは、LMリングを付ければデジタルM型ライカにも装着できる。ただし、デジタルM型ライカでは沈胴不可だ。


沈胴式のズマールは1934年に登場した。それ以前に製造された固定鏡胴(リジッド)のズマールはプレミアプライスになっている。



ズマールは前玉の材質が柔らかく、小傷のあるものが多い。写真ではわかりづらいが、この個体も前玉はヘアラインだらけだ。
ライカMのライブビューに対応したレイクォール製LMリングを使用。フォーカシングレバー付きのレンズでも使用できる。

小冊子の中で祖父は、ズマールの描写について語っていた。開放の描写力不足は否めないが、このやわらかい表現をあえて積極的に使ってみるのも一興、といったことを書いている。これはオンタイムのズマールを知る貴重な証言だ。

ズマール5センチF2というレンズは、開放で盛大なフレアが発生する。ただし、このレンズは前玉の材質がやわらかいため、現在市場に残っているレンズは前玉に無数のヘアラインをまとったものが少なくない。小傷のせいでフレアが発生するのか、そもそも光学性能的にフレアが発生するのか、それともその両方なのか。現物だけでは判断しづらい。しかし、祖父の文章を読むかぎり、新品の状態でも開放では紗をかけたような描写だったことがわかる。そのことを踏まえると、現在のズマールは光学性能的なフレアとヘアラインによるフレア、二重のフレアをまとっていると言えるだろう。

祖父のライカとズマールは、どこに行ったのだろう。遺品整理の時、ライカが出てきたという話は聞いていない。残されていたのは、樹脂製ボディのAF一眼レフとキットレンズが数本、あとは安価なコンパクト機数台だった。ライカは親子数代にわたって受け継がれるもの、という逸話を聞いたことがあるが、少なくとも祖父にはそうした心づもりがなかったらしい。

ここで祖父が使っていたズマールを発掘できると劇的なのだが、そんなドラマのような展開は待っていない。歴史的小冊子に祖父の名を見つけても、ぼくの人生が大きく変わらないように。  


Leica M[Typ 240] + Summar 5cm F2
絞り優先AE F2 1/2000秒 -0.66EV ISO200 AWB RAW
開放で路地の奥を狙う。フレアの多い点は否めないが、合焦部は開放からまずまずのシャープさだ。自然な前ボケもわるくない。


<プロフィール>


澤村 徹(さわむら てつ)
1968年生まれ。法政大学経済学部卒業。オールドレンズ撮影、デジカメドレスアップ、デジタル赤外線写真など、こだわり派向けのカメラホビーを得意とする。2008年より写真家活動を開始し、デジタル赤外線写真、オールドレンズ撮影にて作品を制作。近著は玄光社「アジアンMFレンズ・ベストセレクション」「オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド」、ホビージャパン「デジタル赤外線写真マスターブック」他多数。

 

<著書>


アジアンMFレンズ・ベストセレクション



オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド



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