銀塩手帖
公開日:2017/05/26
モノクロ現像専門所「アート・ラボ」
CAMERA fan編集部
───「職人」と聞いて、どんなイメージをふくらませるだろうか。
豊かな経験からくる高い技術、そして作り上げられたものは、世界にふたつとない唯一無二のもの。モノクロを専門とする「アート・ラボ」では、そんな職人たちが日々心を込めてモノクロ現像とプリントを行っている。 創業62年。モノクロ現像・プリントのみを扱うアート・ラボ。
─── 東京都大田区中馬込にあるアート・ラボは、創業62年。創業時は「さくらフォート」というカメラ店として開業した。その後、馬込に移り現像所を開設。1964年に名称がアート・ラボとなり、現在まで続いている。このアート・ラボはモノクロ専門の現像所で、富士フイルムの指定現像所として全国各地から集まるモノクロフィルムの現像を行ってきた。モノクロフィルムの現像、サービス判プリント(機械焼き)、大伸ばしプリント(手焼き)がサービスの主軸だ。現像が可能なモノクロフィルムは35mmフィルムはもちろん、120/220ブローニーフィルム、ベスト版から4×5までと幅広い。機械焼きのプリントは、一般的なL判(8.9×12.7cm)と手札(9×13cm)に対応し、大伸ばしの手焼きでは証明写真サイズから全紙(45.7×56cm)まで、さらにはバライタ印画紙でのプリントもオーダーできる(六切、四切)。アート・ラボへのオーダーは、全国のDPEショップ、特に富士フイルム系のお店から注文が可能。また、富士フイルム系でなくとも、DPEショップによってはアート・ラボ行きのルートを持っている場合があるので、「アート・ラボ指定でフィルム現像(焼き増し)できますか?」と、注文時に確認して頂きたい。
または、アート・ラボに郵送や、直接持ち込みでも対応してくれる。カウンター持ち込みの場合は割引がある。 日々の小さな発見を楽しみ、それを継続する“職人精神”がここにある。
─── カメラといえばデジタルカメラが当たり前、カラーもモノクロも、感度でさえも自由に行き来できる時代。60年余、脈々と続いてきた仕事とはいえ、あえてモノクロフィルムを扱い続けるアート・ラボのスタッフ、高橋さん、陳野(じんの)さん、山下さんにお話を伺った。アート・ラボのスタッフ。左から陳野さん(機械焼き)、高橋さん(現像)、山下さん(手焼き大伸ばし)。
フィルム現像担当 高橋さん
高橋さん、モノクロフィルム現像機の前にて
高橋さん 「雑誌のフォトコンテストで何度も入賞しているような方が、アート・ラボを指定して現像に出してくれたり、沖縄から来て下さる方もいます。リピーターのお客さまが多いのはとてもありがたいですね。もうかれこれ40年勤務していますが、いまでも自分で撮影しますし、好きじゃなきゃ、続かないですよね。新しいフィルムは、何度も撮影と現像を繰り返します。もちろんスタッフ全員で撮影しますよ。現像はフジのネオパン ACROS100を基準としてテストします。そのテストで各フィルムの現像時間の基準を出してからでないと、お客さまのフィルムをお預かりすることはできません。テスト終了後、随時ウェブサイトに対応フィルムを追記していますので、現像に出す前にご覧になって頂ければと思います。お客さまからは使用期限の切れた古いフィルムも届きますので、それはパッケージなどから新旧を判断し、古くなったものは感度が出にくいため現像時間をプラスするなど、フィルムごとに対応しています。最近では、フィルムを使う若い方が増えてきて、大型の連休明けなどは500本以上のフィルム現像を行うこともあります。カメラといえばデジタルカメラを指すようになったいま、またこうしてフィルムでモノクロ写真を撮る人が増えるのはとても嬉しいですね。私自身は、キヤノンのFTbから始まって、A-1やAE-1なども使ってきました。いまでもデジタルカメラは持っていないんです。カメラが好きというより、撮影するための道具という感覚ですね。だから、やっぱりいいレンズを使うのが大事だと思いますよ」「好きじゃないとできない」
そう言い切るのは、勤続40年、現像のエキスパート、高橋さん。日々暗室に入り、何本ものフィルムを現像していく。現像されたフィルムをひとつずつ目視確認し、袋に詰め、カットするのも高橋さんの仕事だ。
暗室の裏側。全暗室でこの現像機のラックにフィルムを装填する。
すべてのフィルムを現像後にチェックする。たまにライカなどの機械式フィルムカメラで撮影されたフィルムには、全コマ露出オーバーのものもあるという。
機械焼きプリント担当 陳野さん
陳野さん 「4×5判以下であれば、どのモノクロフィルムでも対応できます。127(ベスト判)や110はもちろん、ミノックスのフィルムでも現像が可能です。実はデジタル全盛の現在でも、新しいフィルムがどんどん出ているんです。特にヨーロッパ系ですね。とても不思議な気がしますけど(笑)それを使ってテスト撮影に出る。それがとても楽しみです。私はキヤノンのAE-1を使ったあと、しばらく写真を撮っていない時期があったのですが、ニコンのF3を購入して以降、F5は現在も使っていますし、デジタルはD700を所有しています。モノクロ現像、プリントを日々していますから、お客さまのご要望にお応えするためにも、いろいろな写真を見なければなりません。写真展にもたくさん足を運びますね。たくさんの写真を見ていても、そこには常に発見があって、いまだに飽きることはありません。10代のころからそれは変わりませんし、毎日が新しいんです。「お客さまの声に励まされ、続けて来られた」
機械焼きを担当する山下さんは、高橋さんと同期の40年選手だ。ネガを一瞬見ただけで、「硬調、軟調」などを即座に見分け、適切な数値を入力して、プリントを仕上げていく。
フィルム全盛のころから比べてしまうと現在の注文数は少ないですし、ここを畳むという話がなかったわけではありません。でも、「アート・ラボに現像、プリントを出してみたら、自分の写真がこんなによく見えるのか」と驚いて下さったり、ぜひ続けて下さいとおっしゃってくれるお客さんがいらっしゃるからこそ、ここまで続けて来られたと思います。そういう声は本当に嬉しいですね」
手焼き大伸ばし担当 山下さん
寡黙で、職人然とした山下さんは、暗室に入り、オーダーに応じてさまざまなサイズの印画紙に手焼きを行う。その流れるような所作はとても美しい。
山下さん 「証明写真サイズから、全紙サイズまで大伸ばしの手焼きプリントを主に行っています。バライタ紙も六切、四切であれば対応が可能です。私自身はここに勤務して、21年になります。カメラは、コンパクトフィルムカメラのリコー GR1や、Newマミヤ6、アイレスの二眼レフカメラなどを使っています」引き伸ばし機で焼き付ける山下さん
山下さんの美しい手焼きプリント
いまでも変わらぬモノクロフィルムの魅力。
─── デジタルカメラでは、撮影時にカラー、モノクロを自由に設定でき、ISO感度もその都度変えることができる。フィルムは1本36枚撮り、もちろん、感度はその1本ごとに設定されており、現像時に一定の範囲内で増減感は可能ではあるものの、基本的に変えることができない。いわゆる「カメラ」という形をしていても、デジタルカメラとフィルムカメラは似て非なるもの。デジタルカメラが電気的に像を作り上げる一方で、フィルムはハロゲン化銀を化学変化させ、潜像を作り、それを現像・定着させることでネガができる。カメラがデジタル化され、より身近になった一方で、撮影したあと、さらに現像し、プリント(もしくはデータ化)するといういくつかの手順が必要なフィルム。愚問であることを知りつつも、両者を比べるとどう違うかという質問をぶつけてみた。陳野さん 「比べるものではないですよね(笑)まったく違うものですから。ただ、私としては、デジタルでは「撮ってもらっている」という感じが拭えないんですよ。便利な機能もたくさんありますから。それに対して、フィルムは「自分が撮っている」という感覚が大きいですね。絞りにしろ、シャッタースピードにしろ、基本を知らないと撮ることができませんから」高橋さん 「現在では、すでに写真を撮ることの目的が違っていますよね。撮ってすぐにSNSなどにアップし、人に見せるためのもので、SNS映えするかどうかというのが重要視されている部分もあります。フィルムは個人の楽しみの最終形として、人に見せるという意味では展示がありますが、そのためには何度も撮影し、現像し、さらにプリントまでするわけですから、とても時間がかかる。初めてモノクロフィルムで撮影して、印画紙に像が浮かび上がってくるのを見たときにはとても嬉しかったものです。これこそアナログのよさで、デジタルにはないものだと思います。レンズのボケ味も、現代のレンズよりもフィルムカメラのころのものの方が、柔らかできれいだなと思うことが多いんです」陳野さん 「デジタルでは皆さん「プリント」と言いますが、私たちは「焼きつけ」と言いますし、実際にそういうイメージなんですよ。印刷ではありませんから。だから、仕事に入るときは「焼きに入る!」と言いますしね」─── 撮った像を見るまでにさまざまな手間がかかっているフィルムは、「物」としての愛着もわくもの。現像の上がりを待つ間の緊張感やわくわく感は、デジタルにはないものだ。アート・ラボのスタッフの皆さんは、その緊張感、わくわく感をしっかりと受け取り、人目にこそ触れないものの、丁寧で確実な仕事を日々淡々と行っている。静かに闘志を燃やす、真の職人たち。
一度アート・ラボに現像、プリントを依頼すれば、その仕事の確かさに魅了され、あえてモノクロフィルムを使いたくなるだろう。現像上がりの4×5のシートフィルム。アート・ラボで現像できる最大サイズだ。
アート・ラボに日々届くフィルムは35mmフィルムをメインに、120フィルムから長尺のフィルム、大判と幅広い。フィルムが届いたあと、まずは各フィルムにナンバリングし、かかる現像時間ごとに並べていく。
機械焼きとは思えぬ、柔らかで階調豊かなプリント。陳野さんの鋭い目で細やかに調整され、仕上げられている。豊富なトーン、引き締まった黒と、自分自身の撮った写真が作品になったように思える瞬間だ。
フィルム現像機。左奥の扉から中に入り、高橋さんが全暗のなか現像するフィルムをセットしていく。「真っ暗でもすぐに慣れて多少のものは見えるようになります。映画館でも空席がすぐにわかるんですよ(笑)」とは、高橋さん談。
もちろんベタ焼きも作成してもらうことが可能。
「ときどき、デジタルの感覚で一枚の印画紙に数本分インデックスをとおっしゃる方がいるのですが、デジタルカメラのインデックスとは違い、フィルムのベタはあくまで原寸なので、36枚撮りのベタで四切程度の大きさになります」(高橋さん)
印画紙もすべてフジフイルム製を使用する。L判から全紙まで、大小さまざまな印画紙が揃う。
<アクセス情報>
白黒写真現像所
株式会社 アート・ラボ
〒143-0027 東京都大田区中馬込1-1-8
TEL 03-3775-1888 FAX 03-3775-2666
mail : aau73750@par.odn.ne.jp
http://www2.odn.ne.jp/~aau73750/
受付時間:9:00-12:00/13:00-17:00
都営浅草線 「馬込駅」、東急池上線 「長原駅」、東急大井町線 「旗の台駅」、各駅よりいずれも徒歩約10分。Text & Interview:笠井里香 / Photo:CAMERA fan編集部