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写器のたしなみ

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写器のたしなみ
日本カメラ博物館 学芸員の井口留久寿(いのくちるくす)=Inoctiluxが、国産、海外の歴史的に意義のあるカメラを紹介。個人的な話も少々。
公開日:2025/06/30

19世紀写真産業の精華 サンダーソントロピカルタイプと機械式シャッター

Text:井口留久寿 (いのくちるくす) Inoctilux


1855(安政2)年にイギリスのスコット・アーチャー(Frederick Scott Archer)が発明したコロジオン湿板技法は写真を大いに普及させたが、撮影現場で感光材料を作成しなくてはならない欠点があった。それを解決したのが1871(明治4)年にマドックス(Richard Leach Maddox)が発明した「ゼラチン乾板」だった。
いわゆるゼラチン乾板は「ガラスを支持体とした感光材料」だが、少し遅れて登場したロールフィルムもゼラチン乾板と同様、結着剤としてのゼラチンに臭化カリウム溶液と硝酸銀溶液を混ぜた乳剤をセルロイドなどの支持体に塗布したもので「柔軟な支持体の乾板」といえる。



その名のとおり「乾燥した感光材料」であるゼラチン乾板は工業的に生産され、使用者は安定した品質の乾板を購入し、撮影したいときに使用できた。さらに性能としての感光度(感度)の概念が確立して撮影時間の計算ができるようになった。その結果、それまでの勘や経験による撮影から解放された。そのためアマチュア層が拡大したことで写真技法書が発行されるようになり、写真産業はもちろんその周辺も大きく変化した。
このようにゼラチン乾板の登場は写真における産業革命ともいえる。多くの人がカメラを使用するようになって撮影範囲や表現が拡大し、1900年代初頭にビューカメラをはじめとして一眼レフカメラ、ハンドカメラやクラップカメラなど多様なカメラが製造された。
なかでも人気を博したのがアダムス、ニューマン&ガーディア、ソルントン・ピッカード、マリオン、サンダーソンといった英国製のカメラである。なかでも熱帯地方での撮影にも耐えるように、温度や湿度の影響を受けにくいチークやマホガニーといった南洋材を使用した「トロピカルタイプ」は美麗さだけではなく実用性を兼ね備えていた。


ソルントン・ピッカード ビューカメラ(ソルントン・ピッカード社・1900年代)


「組立暗箱」と呼ばれる蛇腹式のカメラ。レンズの後ろにローラーブラインドシャッターを装備している。


サンダーソン・トロピカルモデル(ホートン&サン製・1909年)


南洋材を使用したトロピカルモデル。通常品の「レギュラー」は本体部分が黒革貼の仕上げ。


19世紀の名残を感じさせるレンズとシャッター周辺。


金属と木部の丁寧な加工と組み合わせに、誇らしげな“BRITISH MADE”のプレート。


撮影画面は80×105ミリの通称「手札判」。画面前面を走行するフォーカルプレンシャッター。


ソホレフレックス・トロピカル (英国合同写真/APeM製・1920年代)


明治・大正期に人気を博した一眼レフカメラ「ソホレフレックス」のトロピカルモデル。南洋材と真鍮、赤い革の対比が美麗。

さらにステレオカメラは万国博覧会や大型客船で世界旅行に注目が集まった時代に旅行の記録や視覚的娯楽とあいまって人気を博し、時代を象徴するカメラといえる。このステレオカメラではフランスの金属製ステレオカメラ「ベラスコープ」が人気を博した。


ベラスコープ(ジュール・リシャール製/1893年)


表面を酸化させた「燻し仕上げ」を施した真鍮で構成された独特の雰囲気をもつ。

ゼラチン乾板は感光度が高いことも特徴で、日本では乾板を使用した江崎礼二が「早取写真師」の二つ名で知られた。ゼラチン乾板以前はレンズキャップの手動開閉や開閉器としてのシャッターだったが、瞬間的な露光が可能な機械シャッターが必要になった。
これら機械式のシャッターは、大きく分ければレンズ部分にあるレンズシャッター、焦点(フォーカル)面(プレン)にあるフォーカルプレンシャッターに大別できる。このうちレンズシャッターは時間調節にエアポンプ(エアシリンダー)を使用するもの、時計式の脱進機(ガバナー)を使用するものがありその形状に面白いものがある。また、カメラの前面に装着して使用することから、それ自体に意匠が凝らされたものがあるほか、シャッター製造会社の名称を記すなど、それ自体がカメラの表情になっているものもある。


各種シャッター


写真一番下の腕木があるものは開閉だけをするシャッター。そのほかは空気圧やゼンマイ、バネを動力とした機械式シャッター。


メイフィールド・フォールディングカメラ(J.T.メイフィールド製/1900年)


当時としては新素材のアルミニウムを使用。レンズを装着する前板内にシャッターを装備。笑顔のように見える。

これらのシャッターはのちに機械制御から電子制御になって正確な開閉時間を実現し、さらにデジタルカメラになって撮像素子による電子的なシャッターであるグローバルシャッター、ローリングシャッターといった「電子シャッター」が登場したほか、先幕は電子式で後幕は機械式のシャッターを使用する「電子先幕シャッター」といった方式が登場した。


【いのくちるくすから一言】

ゼラチン乾板を使用するカメラは本当に種類が多く、その後のカメラの基礎になったと言って良いでしょう。また、ゼラチン乾板も長期間にわたり製造されました。その理由は画像の平面性が高いことが大きく、ロールフィルムの普及以降も測量など平面性や正確性が求められる映像分野でゼラチン乾板は長らく使用されていました。それが本格的に切り替わったのは、同じく固体の感光材料ならぬ固体撮像素子を使用するデジタルカメラに移行してからです。この平面性の高さは、レンズ設計の際にも大きな影響があったことは想像に難くありません。
このゼラチン乾板を使用する撮影機材は、ダゲレオタイプ、コロジオン湿板と基本的には同じで、多くのカメラは焦点調節や構図の決定はピントグラスで撮影画像を確認しました。しかしゼラチン乾板の後に普及したロールフィルムを使用するカメラの時代になると「ライカ」のようにカメラを顔に付けてファインダーを覗いて撮影する方式が普及しました。
ところが、原理的にはもちろん異なっていますが、背面液晶の普及により最近のデジタルカメラ、とくにミラーレス機の背面液晶で焦点調節や構図決定を行っている姿は、ゼラチン乾板を使用する小型のハンドカメラの撮影風景にそっくりに思えて興味深いものがあります。


協力:日本カメラ博物館
https://www.jcii-cameramuseum.jp/
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井口留久寿(いのくちるくす) Inoctilux


本名は井口芳夫、1972(昭和47)年福岡市出身。日本大学芸術学部写真学科卒業後、財団法人日本写真機光学機器検査協会(現・日本カメラ財団)に就職し、同財団が運営する日本カメラ博物館の学芸員として勤務。カメラと時計の修理が趣味だが、その趣味をひと段落するため車を入手するも修理に追われ、資料と工具と部品が増えるばかり。

ウェブサイト:日本カメラ博物館
https://www.jcii-cameramuseum.jp/