アジアンMFレンズここだけの話
公開日:2024/04/01
第2回 中一光学 Fujifilm G mount SPEEDMASTER 65mm F1.4 なぜ人はブイを撮るのか
Photo & Text :澤村徹

中判ミラーレス用の大口径標準レンズだ。フルサイズに例えると、50mm F1.1ぐらいの感覚だろうか。中判ミラーレス用だけに、大きなボケに期待したいレンズだ。
<スペック>
価格:122,000円(富士フイルムGマウント)
フォーカス:MF
レンズ構成7群11枚
フィルター径:72mm
今日はブイの話をしたい。海にプカプカと浮かぶブイ、漁港で野ざらしになっているあのブイである。
新刊「アジアンMFレンズ・ベストセレクション」で本レンズ、SPEEDMASTER 65mm F1.4を紹介し、作例としてブイの写真を掲載した。それはもう極上プリップリのブイである。すると、ある読者から「ブイの写真を撮りたがる人なんていない。我々は女性ポートレートでどんな写りになるのかが知りたいのだ。こんなつまらない作例ならチャート評価でも載せておいてくれ(筆者意訳)」というコメントがあった。
せっかく極上のブイを載せたのに、残念だ。傍流写真を嗜む端くれとして、ひとこと言わせてほしい。
ブイをスルーする奴の気が知れねえ。
汚い言葉使いになって申し訳ないが、これはコメント主に対しての慟哭と捉えてほしい。慟哭、激しい悲しみの表れである。
ブイは非日常だ。多くの都市生活者にとって、丸の内を歩こうが、日比谷線に乗ろうが、スカイツリーから下界を見下ろそうが、生活圏でブイに出会うことはない。それが突如目の前に現れたら、レンズを向けずにいられない。目の前の非日常を、フォトグラファーとしてどうして見過ごすことなどできよう。僕らは単に物質としてのブイに魅せられているのではない。それが非日常というきわめてレアリティーの高い存在だから惹きつけられるのだ。
以前、「精霊の守り人」という小説を読んだ。この作品世界には、人間の世界と精霊の世界があり、両者は同じ場所、同じ時間に重なり合っている。こちら側とあちら側が常に同居しているのだ。この世界観にシビれた。まさに表現者の視界である。
写真表現に身を委ねる者は、物質世界の向こう側を見据える。見えているものがすべてではない。見えているものが象徴する事象こそが大切なのだ。それこそが傍流写真の真髄だと思う。誰も気に留めない路傍の石になぜレンズを向けるのか。石を撮っているのではない。石が背負う孤独を見据えているのだ。
ひと気のない漁港に足を踏み入れ、ブイが視界に飛び込んでくる。非日常との邂逅をSPEEDMASTER 65mm F1.4で捉える。物質の向こう側を表わすには、どんなレンズでもいいというわけではない。中判ミラーレス用で開放F1.4という大口径レンズが、ブイの背景に複雑なマチエールを描く。この深く大胆なマチエールが、向こう側とふれあう感動を代弁する。レンズの数だけ表現があり、自らの視神経を代弁するレンズ探しが止まらない。
GFX50S II + SPEEDMASTER 65mm F1.4
絞り優先AE F2 1/7500秒 -0.67EV ISO100 AWB RAW
誌面掲載したカットとは異なるが、ブイの写真を載せておく。ブイでイカダが組んである。もうシャッターを切らずにいられない。港で足を乗せるアレを前ボケにして、非日常を堪能する。

GFX50S II + SPEEDMASTER 65mm F1.4
絞り優先AE F1.4 1/2500秒 ISO100 AWB RAW
錆びた鎖を撮っているのではない。積層する時間を捉えているのだ。開放の甘いシャープネスが失われた時間を慰める。そしてその下にあるのはブイ。積層する時間と非日常のコラボ。静物相手に連写が止まらない。

GFX50S II + SPEEDMASTER 65mm F1.4
絞り優先AE F1.4 1/8500秒 ISO100 AWB RAW
復元展示された開陽丸が座礁した船に思えた。本来水に浮く船が砂浜に船底を着いた姿は、想像以上の違和感だ。挫折の二文字を生成AIに与えたら、こんな画像を生み出すかも知れない。

GFX50S II + SPEEDMASTER 65mm F1.4
絞り優先AE F1.4 1/3800秒 ISO100 AWB RAW
画面下の前ボケに細いロープが伸びる。こんな頼りないロープ一本で絶壁を上り下りしろというのか。絶望から目をそらすため、ピント位置は海上の岩場にした。
<関連サイト>
焦点工房
Fujifilm G mount SPEEDMASTER 65mm F1.4 https://www.stkb.jp/shopdetail/000000001219/
<関連書籍>

アジアンMFレンズ・ベストセレクション