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あるカメラマンのアーカイブ〜丹野清志の記憶の断片〜

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あるカメラマンのアーカイブ〜丹野清志の記憶の断片〜
カメラマン 丹野清志。昭和19年(1944年)に生まれ、平成、令和の時代を通り過ぎ、60余年に渡って日本を撮り続けてきた。一人のカメラマンの小さな“記憶の断片”といえる写真とともにタイムスリップし、その時、その場所で出逢った物語を今の視点で見つめる。
公開日:2025/12/16

第12回 1991〜1995年「地方都市」

Photo & Text 丹野清志

大阪府堺市

1979〜81年に山形県の庄内平野(第9・10回)で米作農家の暮らしにふれ、1982年に長野県鬼無里村(第11回)で山間地の農村風景を眺めたことで、日本各地の農村、農業の現状を知りたくなりました。テーマは、単に“農家の跡継ぎ”ではなく自分の仕事として“自分流農業”を志している若者たちに会うこと。でもその取材は言葉の収録が主になるので、「フォトライター」と自称して月刊誌に写真と文構成で連載(1984〜1990年)、これは後に「俺たちのカントリーライフ」(草風館)と題して単行本にまとめました。農村フォトルポ取材をしているころ世の中は「バブル経済期」と言われ、株価が急上昇し不動産・土地価格の高騰など好景気が続いていました。1989年竹下登総理発案の「ふるさと創生」では全国の市町村に一億円が交付されることになり、一億円を金塊にしたり純金のこけしや魚のカツオを作ったりそれらが盗まれる事件が起きたり、村営のキャバレーを作るなんてところもあらわれて「一億円」の使い道はテレビで面白おかしくとりあげられたものです。

1991年初頭その泡のようなバブル景気が崩壊して、世の中は一気に平成不況と呼ばれる低成長期に入ります。好景気が去ったことによって、地方都市の市街地商店街では店のシャッターを閉じたまま、閉店、廃業する店が目立つようになり、「シャッター街」「シャッター通り」という言葉が新聞記事にひんぱんに載るようになります。「都市と農村」をテーマとしてきた私は、農村ルポを継続しつつ「地方都市」を巡る写真旅をスタートさせました。バブル崩壊で寂れた「シャッター通り」「シャッター街」という市街図を意識するとニュース写真の解説になってしまうので、いつものぶらり街歩きのスタンスでいきあたりばったりの街旅を続けたのでした。駅前にあるビジネスホテルに泊まり、ビジネスマンが決められた仕事をするように朝きちんとホテルを出て一日街を歩き回り、夕方ホテルに戻る。翌日は別の地へ移動し、さらに翌日は別の地へ・・・。人と話をするのは、食堂や喫茶店で店の人と軽い会話を交わすぐらいで、ただ黙々と市街地を歩いて市街地観察を続けたのでした。(※写真の間にある文章は直接前後の撮影地と関係ありません)


青森県五所川原市


山形県酒田市


新潟市


新潟県長岡市


福島県郡山市

歯が抜けたような商店街の洋品店前に椅子を置いて煙草を吸っていた人が、「ここの通り、昔は大賑いだったんだよ。行政はまちのことなんか考えていないからね、すたれるだけだよ」と言いました。「店閉めたところはそのままになってる。この辺りの土地は持ち主が地元の人じゃないから、地元で何か町おこしするっていっても何もできないのよ。再開発されるようになったら地価が上がるでしょ、それを待ってるんだねきっと。中心地がすたれるのは当然のことだよね」街はずれで小さな八百屋をしている人が言いました。

「むかしはまちが粋だったよね。いま、その粋ってのがなくなっちゃった。だけどね、それ、しょうがないんだよ。“粋”ってもんを知ってる人がいなくなっちゃった。店やってる人も客もみーんな歳とっちゃって、老舗の店も跡継ぐ若いのがいないとなりゃあ街がすたれるのは仕方がないやね」と昔のままの喫茶店を続けている店主が言いました。


群馬県高崎市


茨城県土浦市


山梨県塩山市

強い夏の光が路上に反射していて、時が静止したような街。道端に置かれたベンチに腰を下ろしていると、時間が消えていく。幻想の街がかげろうのようにゆらゆらと揺らいでいる。架空の街を歩いている。ずうっと架空の街を歩いているのかもしれない。人の姿が見えない街はひどく寂しいものだけれど、人がないほうが街の細部がよく見える。


山梨県富士吉田市


静岡県焼津市


三重県四日市市

道路に庇を出したような形の片側式アーケードは東北、北陸地方で古くからの雁木スタイルが知られています。アーケード商店街が全国各地に作られたのは1950年代で、1951年の小倉市魚町銀天街が最初だと言われています。高度経済成長期には全国各地に○○銀座と名付けられた商店街、道路全体をアーチ状の屋根のある天蓋付き全天候型アーケードがひろがりました。日本初のドーム型アーケードは1976年に作られた飯塚市の飯塚本町商店街だそうです。全天候型アーケード商店街の魅力は、天候に左右されずに買い物を楽しむことができるだけでなく、なんとなくしゃれた気分になれることでウケたのですが、これは1980年代に出現する大規模商業施設、都市近郊型ショッピングモールのモデルでもあったようです。


和歌山市


岐阜市


富山市


鳥取市


鳥取県米子市


高知市


香川県坂出市


香川県観音寺市


宮崎市


鹿児島市

たたずまいが昔のままほとんど変わらない街が、ひっそりとある。どこか懐かしいという様子なのにすっかり寂れた街という印象で、ゴーストタウンと言ってもいいような街並みもある。駅前開発とやらが行われて、そんな街もごっそり消えてしまったところもある。新しい街には新しい都市景観がつくられて、街は破壊と建設を繰り返して生きています。フィルムに写された写真はいずれも旅人が市街地を通り過ぎつつ眺めた風景に過ぎないのだけれど、ブロックを積み上げるように市街地をつないでいくと「日本都市」のすがたが見えてくるのではないか。そう思った私、かなり分厚くなるであろう写真集「日本市街観察写真地図」を作ろうと考えていたのですがこれは企画だけでした。今、30数年を経てその市街図のいくつかを見ているのですがあの時代の緊張感はなく、よくある「郷土写真アルバム」の中の一枚を懐かしさに包まれて見ているようなのです。


定点撮影・北上市諏訪町商店街

全天候型アーケード商店街は、賑わいを見せているところがある一方で地方都市のそれはシャッター街化したところも多く、空き店舗が増えたこととアーケードが老朽化したことによって撤去するところが増えてきています。1980年代につくられた北上市諏訪町商店街の約250メートルのアーケードは、2013年に撤去されました。数年ぶりに北上市に立ち寄ったのでアーケードを歩こうと行ってみるとアーケードが見当たらず、土地の人に聞いて撤去されたことを知ったのでした。


岩手県北上市諏訪町商店街 1993年撮影。


アーケード時と同じ場所を2016年撮影。


使用したカメラ

ミノルタCLE、ロッコール28ミリf2.8


1991年のできごと

ソ連邦崩壊。雲仙普賢岳火砕流、40人死亡。エコロジーブーム。流行語、ヘアヌード。CM、「セブンイレブンいい気分」。「それにつけてもおやつはカール」「やめられないとまらないかっぱえびせん」。「世の中バカが多くて疲れません?」チョコラBB。「昼間のパパはちょっとちがう」清水建設。「もーいーじゃないか」ユベロン。映画、岡本喜八監督「大誘拐」。竹中直人監督「無能の人」。黒澤明監督「八月の狂詩曲」。鈴木清順監督「夢二」。ジョナサン・デミ監督「羊たちの沈黙」。ラージャ・ゴスネル監督「ホーム・アローン」。ケヴィン・コスナー監督「ダンス・ウィズ・ウルブス」。TV、東京ラブストーリー。101回目のプロポーズ。歌謡、尾崎豊「I LOVE YOU」。KAN「愛は勝つ」。山下達郎「クリスマス・イブ」、井上陽水「少年時代」。小泉今日子「あなたに会えてよかった」。長渕剛「しゃぼん玉」。写真集「Santa Fe/宮沢りえ」篠山紀信。漫画「沈黙の艦隊」かわぐちかいじ。


1992年のできごと

不況深刻化。天皇陛下史上初の中国訪問。アルベールビル冬季オリンピック、バルセロナオリンピック開催。新幹線のぞみ。流行、スーパーファミコン「スーパーマリオカート」発売。CM、「きれいなお姉さんは、好きですか」資生堂 「幸せがはみ出ていますよ」第一生命リード21。漫画、「クレヨンしんちゃん」。映画、宮崎駿監督「紅の豚」。周防正行監督「シコふんじゃった。」。佐藤真監督「阿賀に生きる』。東陽一監督「橋のない川」。大林宣彦監督「青春デンデケデケデケ」。オリバー・ストーン監督「JFK」。ミック・ジャクソン監督「ボディガード」。米米クラブ「君がいるだけで」。とんねるず「ガラガラヘビがやってくる」。浜田省吾「悲しみは雪のように」。サザンオールスターズ「涙のキッス」


1993年のできごと

細川連立政権誕生。皇太子・雅子様ご結婚。新幹線のぞみ運航。Jリーグ人気。冷夏、米騒動。CM、JR東海「そうだ京都、行こう。」。大成建設「地図に残る仕事」。歌謡、CHAGE and ASKA「YAH YAH YAH」。サザンオールスターズ「エロティカ・セブン」。松任谷由実「真夏の夜の夢」。映画、北野武監督「ソナチネ」。崔洋一監督「月はどっちに出ている」。山田洋次監督「学校」ミック・ジャクソン監督「ボディガード」。スティーヴン・スピルバーグ監督「ジュラシック・パーク」。
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丹野 清志(たんの・きよし)

1944年生まれ。東京写真短期大学卒。写真家。エッセイスト。1960年代より日本列島各地へ旅を続け、雑誌、単行本、写真集で発表している。写真展「死に絶える都市」「炭鉱(ヤマ)へのまなざし常磐炭鉱と美術」展参加「地方都市」「1963炭鉱住宅」「東京1969-1990」「1963年夏小野田炭鉱」「1983余目の四季」。

<主な写真集、著書>
「村の記憶」「ササニシキヤング」「カラシの木」「日本列島ひと紀行」(技術と人間)
「おれたちのカントリーライフ」(草風館)
「路地の向こうに」「1969-1993東京・日本」(ナツメ社)
「農村から」(創森社)
「日本列島写真旅」(ラトルズ)
「1963炭鉱住宅」「1978庄内平野」(グラフィカ)
「五感で味わう野菜」「伝統野菜で旬を食べる」(毎日新聞社)
「海風が良い野菜を育てる」(彩流社)
「海の記憶 70年代、日本の海」(緑風出版)
「リンゴを食べる教科書」(ナツメ社)など。

写真関係書
「気ままに、デジタルモノクロ写真入門」「シャッターチャンスはほろ酔い気分」「散歩写真入門」(ナツメ社)など多数。

主な著書(玄光社)

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