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あるカメラマンのアーカイブ〜丹野清志の記憶の断片〜

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あるカメラマンのアーカイブ〜丹野清志の記憶の断片〜
カメラマン 丹野清志。昭和19年(1944年)に生まれ、平成、令和の時代を通り過ぎ、60余年に渡って日本を撮り続けてきた。一人のカメラマンの小さな“記憶の断片”といえる写真とともにタイムスリップし、その時、その場所で出逢った物語を今の視点で見つめる。
公開日:2026/01/20

第13回 1980年〜1995年「日本海景」

Photo & Text 丹野清志

日本海

1970年代から日本各地の海辺を巡る旅を続けているのですが、70年代に出かけた場所は海洋汚染の社会問題を抱えた地でした。問題意識を持った「取材者」としてではなく、ふつうの旅人として海の景色を眺めていたい、と思ったのは1980年に入ってからのこと。庄内平野通い(アーカイブ 第9回第10回)を続けている時、日本海にある「飛島」へ酒田港から定期船で1時間10分ほどで行けると聞いて、田んぼを離れてふらりと出かけたのでした。島には海辺に沿って家々が並ぶ3つの集落があり、小さな船が漁港を出入りしていて、海辺では水揚げされた魚を選別していたり網の手入れなどをしている人がいる。カメラを手にした見知らぬお兄さんが気になるのか少年が近寄ってきて、カメラを渡して使い方を説明すると興味津々真剣に聞き入っている。カメラを持つ少年の手の動きを見ながら波の音とウミネコの鳴き声だけを聞いている。ありふれた漁村のありふれた島の光景を眺めて、ふらりふらりと海辺を歩いただけの滞在3日間でした。帰りの船ではずうっと水平線を見ていて、日本の海を巡る旅のプランが浮かんだのです。小さな島の小さな漁村の暮らしにふれることから始まった新しい海への旅は、大型漁船が集結する漁港や工業都市の波止場風景、観光地の絵葉書になるような絶景の海辺なども通り過ぎることになるのですが、日本の海辺の風景はどこへ行ってもわくわくぞくぞくするのです。1990年代初めの写真を中心に構成してみました。(飛島、佐渡、深浦町1980・81年)


山形県酒田市飛島
 


新潟県出雲崎町
 


新潟県佐渡市宿根木。「たらい舟」は、アワビやサザエをとる「磯ねぎ漁」に使われてきた。小木町では観光用として体験できる。
 


青森県深浦町
 


宮城県松島町。松島湾に260もの小さな島が浮かぶ。日本三景。写真の島は金剛力士の仁王に似ていることから仁王島。
 


福島県いわき市
 

茨城県那珂湊市

那珂川の河口近くで土手から川を眺めていると、小舟がふわりふわりと動いてきて漁師がウキのついた網を川に放った。椅子に腰かけて川を見ていたおじさんに「何がとれるんですか」と聞くと「サケ」と言った。「11月ごろまでとれるんだけど、昔みたいにはとれないね。今一匹2500円くらいかな」。おじさんの横に腰を下ろしてしばらく話をして、海門橋から河口へ出て那珂川漁港へ。港周辺をぶらついていたら昼になり、魚市場の店で刺身定食を食べる。美味い、安い、と言い続けた。それから海沿いに進み、中世代白亜紀層の岩礁群を眺め、磯崎岬へ出る。小さな漁港に人が集まっているので行ってみると、重機で新しい船を吊り上げて海下ろすところだった。船上に日本の青竹がたてられていて、色鮮やかな大漁旗が揺れていた。造船所からずるずると海へ入っていく進水式風景を以前見たことがある。最近は完成された船を運んでくるらしい。(現・ひたちなか市)


茨城県ひたちなか市(那珂湊)



北茨城市平潟


千葉県外川漁港



千葉県富浦町(南房総市)

 

東京都伊豆大島

海に潜って何やらとっていた男がふうっと浮き上がってきて船のほうに向かって「シャチョー」と叫んだ。シャチョーと呼ばれた男がとことこやってきた。輸送船の船長だった。島を巡って魚やモノを運ぶ仕事をしている。午後になって、その船は子供たちの遊び場になった。船の高い所から女の子たちが次々に海へ飛び込んでいくのだった。あ、また飛び込んだ。男の子も負けじとドボン。あちらこちらからドボン、ドボン。「いくつから港で泳いでるの?」「一年生」「毎日泳いでるの」「うん」。子どもたちの表情がじつにいい。私の少年時代は山と川が遊び場だったが、こんなにいきいきとしていただろうか。夕暮れになって、子どもたちが家に帰るころまで港にいた。


伊豆大島



三宅島



南伊豆市



熱海市

 

静岡県清水市

入船町。港町。築地町。日の出町。錆びた鎖。倉庫の壁。線路。干してある魚。日向ぼっこしている猫。海からの光がまぶしい。日の出ふ頭では、外国船に荷を積む作業が続いている。時々船のエンジン音が響く。ボートタワーをメインに「賑わいと出会いの場の創造を目指して」という港開発が進んでいる。埠頭で釣りをしている人が数人。「何を釣ってるんですか」と聞くと、「カニだよ」と言う。釣り上げた釣り糸に、足をバタバタさせて小さなカニが引っかかっている。「何というカニですか」「ジョートーヘイ」「兵隊の上等兵ってことですか」「そう、上等兵。甲羅に三ツ星がついてるから、ここらではジョートーヘイって呼んでるんだ。ワタリガニの一種なんだろうけどな。小さいけどいい出汁がでるよ」。あ、また引っかかってきた。こんどのやつはでかい。ハサミがでっかい。(現・静岡市清水区)



静岡市清水区(清水市)

 

兵庫県御津町

家の軒につるした網にカレイやイカが干してあり、それをとろうと三毛猫がうろうろしている。うまくいかず結局捨て台詞のような鳴き声を発して路地の向こうに消えた。海面にはカモメ群が浮かんでいて、船のエンジン音がすると飛び立った。その上をトンビがくるりくるりと回っている。小さな船が帰ってきた。「ナマコですね」「そうそう」ナマコは海鼠と書くのだが、ハツカネズミのようにかわいい感じではなくドブネズミのようで、ぬるぬると動いているのを見ると、日本酒飲みながらカリコリとかむ時の幸せな気分は浮かんでこないのだった。「写真撮ってるのかあ」と船から上がってきた老漁師が声をかけてきて、しばらく話をした。「1キロ、買うてんか」と言う。持っていけないからと断ると、そうか、と言ってプイと話を打ち切り自転車に乗って行ってしまった。
 



兵庫県御津町

 

岡山県倉敷市水島

倉敷の美観地区を観光してから、水島臨海鉄道で水島へ。初めて倉敷を訪れたのは1972年。全国各地で公害問題が噴出していた時で、私のテーマも「公害」。殺伐とした水島コンビナートの周辺を歩いて、噴煙で枯れた樹木や激しく空を覆う煙突からの煙などを撮影したのだった。今、公害という言葉は死語のようで、各地のコンビナートは「工場萌え」と言われて夜景の絶景被写体になっている。私もふわふわと港を歩いている。一羽のカモメが悠々と飛んでいて、道路際の草むらからシラサギが飛び立った。



岡山県倉敷市水島
 

広島県尾道市

尾道は、港町。坂の町。寺の町。海辺に小さな商店がひっついて並んでいる。海辺の石段にちょぼちょぼと波が寄せている。船着き場に向島からの渡し船がついて、自動車5台とバイクに乗った男と自転車の女性そして高校生たちが降りてきた。買い物帰りらしい女性と自転車を引いた男と自動車3台を乗せて船は戻っていった。釣りをしている人がいる。一眼レフで海辺を写している女性がいる。港に係留されている小舟が揺れている。向島の日立造船の大きなクレーンがゆっくりと動いている。「昨日は強い風が吹いたけ、寒かったの。今日はぬくいわあ」と女性の声が聞こえた。


広島県尾道市

 

山口県熊毛郡上関町祝島

昼近くなると、海が青く、波はやるやかになっていた。網の手入れをする人、ワカメを干す人、ヒジキを干す人たちなどが港にいて、三毛猫がするりとあらわれた。春の潮風をうけながらぼんやりと人の動きを眺めている。ふつうの人びとのふつうの暮らしがある。港を離れて細い坂道を上がってみる。道の両側に家がある。家が、だんだんにあがっていく。強い季節風をよけるための石が積み上げられた練塀が続く。集落が眼下に見える上まで上がると、視界に瀬戸内海がひろがった。山口県のHPに「神舞の島」船の運行の安全を祈る「神霊の鎮まり給う島」。本土から約16キロメートル。島から約3.5キロの地に中国電力の上関原子力発電所計画が進んでいて、祝島を訪ねた時は島民たちの原発反対デモが行われていた。


山口県上関町祝島

 


福井県小浜市

 

富山県氷見市

富山湾は暖流と寒流がぶつかるためさまざまな魚が回遊する。氷見は、定置網漁の発祥の地だという。昨年完成した新漁港。次々に漁船が戻ってくる。市場に魚が並べられ、のどから絞り出すようなセリの人の声が響く。どこの港で聞いてもいい声だ。ブリ、イワシ、スケソウダラ、カワハギ、ベニズワイガニ、イカ・・・寒ブリの刺身で一杯いきたいねぇ。照り焼きもいい。いや、ブリ大根もいいな。タラ汁もいいぞ。大きなタコがぐんにゃりと放り出されている。「でかいですねぇ」「自分の脚を食ってるんだよ」と男が言った。よく見ると、真ん中に太い脚。港をキイキイキイと無数のカモメ群の声が飛び回り、イワシをごっくりごっくりと飲み込んでいる。昼近くまで港周辺をぶらぶらしてから町を歩いた。道路沿いの家々は長屋のようにずうっとつながっているのだった。静かな町をただ黙々と歩いた。
 


富山県氷見市

 

記憶の海、有明海

「公害」という言葉が日常のふつうの会話に使われていた1970年代、雑誌の取材をかねて何度か九州の地へ行きました。有明海-諫早市・三池港・大牟田市・長洲町。八代海-水俣市、島原湾-宇土市・天草市。鹿児島県志布志町。『取材』テーマは「開発・公害」ですから工場排水による汚染現場を撮影するのですが、汚染された海を強調するように写していることにうんざりして、ふつうの海の光景を写して歩いたのでした。漁村の海辺を歩いていると、有明海の記憶が波打ち際にひろがる無数の小石の上をすべる波の音のようにさらさらさらとあらわれてくるのです。たとえば漁網の手入れしている老漁師の近くに腰を下ろして話を聞いているような時のさびの聞いた声まで聞こえてきます。今、私はかつて出会った老漁師たちの年齢になっていています。時を経て見る写真は新しい。その時その場所にタイムスリップして、年寄り二人がゆったりと会話しているのです。(写真・1973年)


熊本県有明海

 

使用したカメラ

ミノルタCLEロッコール28ミリF2.8 ニコンFM2 ニッコール50ミリF1.8、105ミリF2.5

 

1994年のできごと

自社さ連立村山富市内閣発足。大江健三郎ノーベル文学賞。名古屋空港で中華航空機炎上264人死亡。日本人初女性宇宙飛行士向井千秋さん。オウム真理教松本サリン事件。イチロー効果でプロ野球人気上昇。テレビドラマ「家なき子」で安達祐実の主人公のセリフ「同情するならカネをくれ」流行。歌謡、篠原涼子「恋しさとせつなさと心強さと」。中島みゆき「空と君のあいだに」。文学、永六輔「大往生」。映画、高畑勲監督「平成狸合戦ぽんぽこ」。阪本順治監督「トカレフ」。原一男監督「全身小説家」。市川崑監督「四十七人の刺客」。スティーヴン・スピルバーグ監督「シンドラーのリスト」。
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丹野 清志(たんの・きよし)

1944年生まれ。東京写真短期大学卒。写真家。エッセイスト。1960年代より日本列島各地へ旅を続け、雑誌、単行本、写真集で発表している。写真展「死に絶える都市」「炭鉱(ヤマ)へのまなざし常磐炭鉱と美術」展参加「地方都市」「1963炭鉱住宅」「東京1969-1990」「1963年夏小野田炭鉱」「1983余目の四季」。

<主な写真集、著書>
「村の記憶」「ササニシキヤング」「カラシの木」「日本列島ひと紀行」(技術と人間)
「おれたちのカントリーライフ」(草風館)
「路地の向こうに」「1969-1993東京・日本」(ナツメ社)
「農村から」(創森社)
「日本列島写真旅」(ラトルズ)
「1963炭鉱住宅」「1978庄内平野」(グラフィカ)
「五感で味わう野菜」「伝統野菜で旬を食べる」(毎日新聞社)
「海風が良い野菜を育てる」(彩流社)
「海の記憶 70年代、日本の海」(緑風出版)
「リンゴを食べる教科書」(ナツメ社)など。

写真関係書
「気ままに、デジタルモノクロ写真入門」「シャッターチャンスはほろ酔い気分」「散歩写真入門」(ナツメ社)など多数。

主な著書(玄光社)

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