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オールドレンズの奇跡

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オールドレンズの奇跡
ここにくるまで、どのくらいの時を刻み、幾多の国を渡ったのか…手に取れば物語を想像させるオールドレンズ。時代によって培われてきた描写は、光学的に計算されたそれとは異なる"奇跡"を見せる。
さぁ、今宵もレンズが織り成す世界に興じてみようではないか。
公開日:2013/05/17

エルンスト・ライツ Summicron f=5cm 1:2

photo & text 上田晃司

レンズはMマウント規格のためリコー GXR MOUNT A12に直接装着できる。全体のバランスもとても良い。
Lens data
●生産国:ドイツ
●発売期間:1954〜1957年頃
●販売価格:$600(約50,000円 )
●シリアル:Nr.1192166
●製造年:1954年頃
レンズが生まれた時代
このレンズの製造年は1954年(昭和29年)頃。当時の有名な出来事は、日本航空が戦後初となる国際航空路(東京・サンフランシスコ間)を開設。エンターテインメントでは、黒澤明監督の「七人の侍」、怪獣映画「ゴジラ」(監督:本多猪四郎)が封切りされた。また、写真家ロバート・キャパが地雷に触れ亡くなった年でもある。



沈胴式レンズのため鏡胴を縮めて持ち運ぶことができる。GXR MOUNT A12の場合、沈胴させてもレンズ後玉がボディに当たることがないので安心だ。
通常のSummicronと違い、レンズはやや黄ばんでいる。この黄ばみはレンズの硝材に使われたトリウムが経年劣化で変色したためと思われる。
レンズ重量をスケールで計ると約240gあった。コンパクトなレンズの見た目からはやや重めに感じるが、この重量感が魅力でもある。

「空気感をも写す」という言葉に偽りなし、まさに名品だった


今回ご紹介するレンズはエルンスト・ライツ(現ライカ)のSummicron f=5cm 1:2の沈胴式モデルだ。なぜゆえにこのレンズを購入したかというと、オールドレンズファンに衝撃を呼んだリコーGXR MOUNT A12を購入したからに他ならない。タイミングよく香港、マカオ、中国での撮影があり、この機会にカメラにマッチするレンズをコーディネートしてみようと思ったわけだ。
そしてこのレンズを選択したのにはもう一つ理由がある。以前、Summicron f=5cmの固定鏡胴モデルを本連載で紹介したが(過去の記事はこちら)、その時はピント機構に問題があり真の実力を確認することができなかった。そのリベンジとして、改めて描写を確かめたかったのだ。

レンズは海外サイトで購入し、あっという間にフェデックスで届けられた。箱から出してみると、目に飛び込んできたのは綺麗な鏡胴。沈銅機構もスムーズだ。しかし、レンズをよく見てみると、どうも黄ばんでいる。コーティングの問題ではなさそうだ。調べてみるとSummicron f=5cmの製造番号100万番台以前のモデルにはレンズの硝材に放射性物質トリウムを使っているものがあり、その経年劣化で変色していることがわかった。筆者が買ったレンズは119万番台なので、100万番台以後のレンズでもトリウムを使用していたものがあったのではないだろうか。

それはさておき、GXRに装着してみるとかなり似合う。ピント合わせも容易でGXRとの相性はとても良い。早速、香港、マカオでのスナップ撮影に使ってみたが、APS-Cセンサーを搭載するGXR MOUNT A12では75mm相当になるため、この街には不向きだった…。また周辺減光なども堪能できなかったため、ボディをライカM9-Pに変更。すると、香港の空気感を見事に写してくれた。蛍光灯に照らされた薄暗い室内の雰囲気や黄色い街灯の発色、このソフトな描写は現代レンズからは感じられない品がある。やはり、良い物は良いのだ。



雨が上がった後に路地を撮影。なんとも言えない下町の空気感をしっかりと写した。75mm相当の画角は路地を撮影するにはちょうどよい。(リコーGXR MOUNT A12  f2  1/90秒  ISO800  WB:4800K)


マカオと隣接する中国・珠海(じゅはい)で出会った少年。背景のボケは大きくはないが、スナップでは背景の情報が残りちょうどいい。やはり暖色が強く、暖かみのある写真に仕上がった。(ライカM9-P  f2  1/500秒  ISO400  WB:太陽光)


香港の屋台を撮影。変色した蛍光灯の雰囲気や画面手前に写る金網のボケ具合、香港の湿度までをも写し撮っているかのように感じられる。(ライカM9-P  f2  1/125秒  ISO640  WB:4500K)


上田晃司のここがたまりませんっ!

フードは、人気の高いライカ製フードIROOA(イロア)を装着できる。丸形のためクラシックなデザインが強調される。値段は、程度の悪い物で5,000円くらい、良い物になると40,000円ほどになる。このレンズを使うならば、装着したい一品だ。


MOOK・オールドレンズの奇跡 好評発売中!


価格:1,575円(税込)
著者:上田晃司

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「手に取れば物語を想像させるオールドレンズ。
時代によって培われてきた描写は、光学的に計算されたそれとは異なる“奇跡”を見せる」本書では上田晃司氏が魅了された全26種のレンズを軸に、その入手方法やカメラとの組み合わせ、レンズが描いた描写を大きく取り上げ、オールドレンズの魅力を余すところなく紹介。
上田晃司(うえだこうじ)

1982年広島県呉市生まれ。米国サンフランシスコに留学し、写真と映像の勉強しながらテレビ番組、CM、ショートフィルムなどを制作。帰国後、写真家塙真一氏のアシスタントを経て、フリーランスのフォトグラファーとして活動開始。人物を中心に撮影し、ライフワークとして
世界中の街や風景を撮影している。趣味は、オールドレンズ収集。

ブログ:「フォトグラファー上田晃司の日記