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オールドレンズの奇跡

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オールドレンズの奇跡
ここにくるまで、どのくらいの時を刻み、幾多の国を渡ったのか…手に取れば物語を想像させるオールドレンズ。時代によって培われてきた描写は、光学的に計算されたそれとは異なる"奇跡"を見せる。
さぁ、今宵もレンズが織り成す世界に興じてみようではないか。
公開日:2013/08/02

JUPITER-9 85mm F2

photo & text上田晃司

JUPITER-9 85mm F2をライカM9-Pに装着した。鏡胴とボディに使われている素材が違うが、意外と似合っている。
Lens data
●生産国:旧ソビエト連邦
●発売期間:1950〜1991年頃
●販売価格:$170(約14,000円)
●シリアル:N6301348
●製造年:1963年頃
レンズが生まれた時代
このレンズの製造年は1963年(昭和38年)頃。当時の有名な出来事は、アメリカ・ダラスで起きたケネディ大統領暗殺事件。国内では千円札の偽造が多発したため、対策として新千円札を発行。肖像は聖徳太子から伊藤博文に変更になった。また日本発の長編アニメ「鉄腕アトム」、「鉄人28号」などの放映が開始された年でもある。



コーティングは濃いパープルで、レンズの奥が見えないほどだ。絞り羽根は15枚と多く、絞り込むと円形に近い形状。羽根部分にオイルのにじみがある。
レンズはライカLマウントのため、M9-PのMマウントに変換するため、フォクトレンダー「M-Bayonet ADAPTER RING Type II 28/90mm」を使用した。
重量はマウントアダプター込みで329gと中望遠レンズとしては軽め。鏡胴にアルミニウムを使っているためだろう(やや安っぽさはあるが…)。

手頃な価格で外観や描写性能は優れたもの
ただ、においが…


最近はライカのオールドレンズ収集に精を出していたが、久々に旧ソ連製レンズに手を出してみた。購入したのはJUPITER-9 85mm F2。製造期間が長いためか、国内でもよく見かけ容易に手に入れられる代物だ。旧ソ連製は、精度がまちまちのため実物を試写することが重要だが、価格と外観の綺麗さから、今回はポーランドのカメラ屋からオンラインで買うことにした。

JUPITER-9 85mm F2は、カールツァイス・イエナ銘のCONTAX Sonnar 85mm F2をコピーしたレンズで、旧ソ連製レンズの中では名玉といわれている。製造年は1950年代から1990年代までと長く、途中、工場を変え、光学的なマイナーチェンジを行いながら造られ続けてきたロングセラーレンズなのだ。

手に入れた個体は、化学薬品でも入っているかのようなプラスチックケースに入って送られてきた(工場の刻印もあるのでどうやら純正ケースのようだ)。外観などは綺麗で安心したのだが、オンラインショッピングでは伝わってこない強烈なオイルのにおいとカビ臭さは想定外だった。まるで車のエンジンルームに鼻を突っ込んでいるかのような…。それゆえに愛機M9-Pに装着するのを逡巡したのだが、意を決して着けてみると、スタイリングは悪くなく、距離計も問題なく連動しているようだ。絞り羽根も15枚と多く、1万円台で手に入るレンズとしてはかなり優秀な部類に入るだろう。レンズ面は経年劣化によりやや黄色みが強くなっているため、暖色寄りの写真に仕上がる。

このレンズを装着してパリの街並みを撮影してみたが、開放ではやわらかいが芯があり、1段絞ることによるシャープでコントラストが高い描写は、オールドレンズとは思えないほどだった。ハズレ玉も多い旧ソ連製レンズだが、ピント精度も高く描写もよく満足することができた。ただし、においだけはいまだに改善されないので、当分の間は消臭剤漬けにでもしておこう(笑)。



石畳の道に駐車されたプジョーに反応して撮影。絞りf2.8で撮影したがピント位置は非常にシャープでコントラストも高い。色みはレンズの変色の影響もあり全体的にアンバーが強い。(ライカM9-P  f2.8  1/1000秒  ISO160  WB:5000K)


地下鉄の駅で見た広告が素敵だったので絞り開放で撮影。ピント位置は芯のある描写だが全体的にふんわりとする印象。ボケの線はやや太めだ。(ライカM9-P  f2  1/2000秒  ISO160  WB:5500K)


花屋のバラがお洒落だったので近距離で撮影。最短撮影距離は1.15mなので適度な距離感で花全体を撮ることができた。前ボケはやわらかく、とてもニュートラルな印象だ。(ライカM9-P  f2.2  1/4000秒  ISO160  WB:5000K)


上田晃司のここがたまりませんっ!

レンズと一緒に付いてきた専用のケースは、プラスチック製で化学薬品でも入っているかのような仰々しさ。ふた部分にモスクワのリトカリノ光学ガラス工場製を示す「LZOS」のマークがある。このケースのおかげで強烈なにおいは封じ込めることができるが、空港の手荷物検査では怪しまれそうだ。


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価格:1,575円(税込)
著者:上田晃司

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「手に取れば物語を想像させるオールドレンズ。
時代によって培われてきた描写は、光学的に計算されたそれとは異なる“奇跡”を見せる」本書では上田晃司氏が魅了された全26種のレンズを軸に、その入手方法やカメラとの組み合わせ、レンズが描いた描写を大きく取り上げ、オールドレンズの魅力を余すところなく紹介。
上田晃司(うえだこうじ)

1982年広島県呉市生まれ。米国サンフランシスコに留学し、写真と映像の勉強しながらテレビ番組、CM、ショートフィルムなどを制作。帰国後、写真家塙真一氏のアシスタントを経て、フリーランスのフォトグラファーとして活動開始。人物を中心に撮影し、ライフワークとして
世界中の街や風景を撮影している。趣味は、オールドレンズ収集。

ブログ:「フォトグラファー上田晃司の日記