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カメラアーカイブ

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カメラアーカイブ
巷に溢れる新製品情報。そんな情報の波に埋もれてしまっている魅力的なカメラたちがある。メーカー開発者たちが、心血を注いで創りだした名機の魅力を蓄積していく。
公開日:2012/05/12

パノラマカメラ特集 第2回

photo & text 中村文夫
第1回につづき、パノラマカメラをご紹介します。

ノブレックス


ノブレックスは、ドイツのカメラ・ベルケ・ドレスデン社が製造するパノラマカメラ。発売は94年で現在でも発売中のロングラン商品だ。首振り式という意味ではホライズンやワイドラックスと基本構造は同じだが、レンズの動きを電子的に制御している点が大きく違う。レンズは一方向にだけ回転する仕組みで、最初の一周めはスリットが閉じたまま回転。回転が安定した2周目でスリットが開き露光する。そのため露光ムラがほとんど出ず、作動音もほとんど無音。さすが高級機だけあって、他のカメラとは格が違う。ただ不思議なことに外装はプラスチック製。巻き戻しクランクもプラスチック製で、どこか頼りなさを感じてしまう。

絞りは虹彩式でボディ前面のダイヤルでセット。レンズはROTART29ミリF4.5でフィルムサイズは24×66ミリと大きく写角は135度。フィルム巻き上げはノブ式で36枚撮りフィルムで19カットの撮影ができる。フィルムカウンターはデジタル表示だが手動復元式。電源には単4電池4本を使用し、底部のスイッチONでパイロットランプが点灯する。

今回、紹介するのは、ノブレックス135プロスポーツでスローシャッターを省略した普及モデル。このほかにスローシャッターやシフト機能、露出計との連動機能を備えた高級機も用意されている。以前は、ハッセルブラッドの正規代理店であるシュリロ・トレーディングが日本に輸入していたが、今は扱っていない。



シャッタースピードは向かって右側のダイヤルでセット。フィルムカウンターは液晶表示で、その下にある緑のLEDがパイロットライプ。巻き戻しクランクの下あるISOダイヤルはメモ用だ。
絞りは前面のダイヤルでセット

ノブレックス 作例

中国蘇州の土産物店。右端の人達は、まさか自分が画面に写っているとは思っていないだろう。
1/125秒 F5.6 リバーサルフィルム

横に真っ直ぐ広がった建物を写すと両端が縮んで葉巻型に写る。
1/60秒 F5.6

縦位置で高層ビルを撮るとこのように写る。1/125秒 F5.6 リバーサルフィルム

FT-2


58年に登場した旧ソ連製パノラマカメラ。このカメラの最大の特徴は24×110ミリという横長の画面サイズ。水平画角は120度と狭いが、レンズの焦点距離が50ミリと長いので、垂直方向に比べて水平画角が極端に広く写る。そのためとても臨場感のあるパノラマ写真が撮れる。

スリット幅は固定式で、レンズの回転スピードでシャッタースピードを変える方式。シャッタースピードは1/400、1/200、1/100秒の3段階で、ボディ上面にある2つのレバーを動かすと、ボディ内部にある葉巻型をしたウォームギヤにテンションが掛かり、シャッタースピードが変化する。レンズのF値はF5固定。そのめ露出は3段階しか調節できない。フィルムは135でダブルマガジン式。専用マガジンを使うので、これがないと撮影不可能。中古で買う場合は、専用マガジンが2個付いていることを確認すること。フィルムは上面のノブで巻き上げる。1〜12までの数字が書かれたダイヤルがフィルムカウンターで、フィルムの動きに連動して指針が回転。指針を3回転させ、さらに数字を1つ進めるとフィルム1コマ分の巻き上げが完了する。巻き上げ中に気を抜くとコマ間が空いたりダブってしまう。シャッターはボディ中央の大きなレバーでチャージ。フィルム巻き上げとは連動していないので空写しや二重撮りの危険性がある。ボディ後部にある折りたたみ式の金属製フレームがファインダーで視野はかなりアバウトだ。本体は肉厚のダイカスト製で、外装はペイント仕上げ。カメラというより兵器のよう雰囲気だ。ボディデザインは無骨な箱型だが、ホールディングは意外としやすい。あらゆる面で、いかにも旧ソ連製らしいカメラと言えるだろう。

すでに紹介した3機種に比べると、不親切なカメラなので、どちらかというと上級者向け。ただし最初に説明したように非常にパノラマらしい作品が撮れるので、使って楽しい一台と言えるだろう。

中央の大きなレバーがシャッターチャージレバー。その下の2つの小さなレバーでシャッタースピードをセットする。フィルムカウンターはとても分かりにくい。

フィルムは、このようセットする。

フィルムは135タイプ(35mm)だが専用マガジンを使用。ダークバックを使って自分で巻き替えなければならない。

FT-2 作例

レンズの焦点距離が50ミリと長いので上下の画角が狭く、とてもパノラマらしい写真が撮れる。右側に太陽があるので、画面の左右で露出差が生じてしまった。
1/400秒 F5 カラーネガフィルム(ISO100)


広い画角を活かして近距離の被写体を画面の端に入れると遠近感が強調できる。このときはシャッターが不調で露光ムラが生じてしまった。
1/400秒 F5 カラーネガフィルム(ISO100)



追記:
中村文夫さんが、FT-2で撮影された作品がフジフイルムスクエア・ミニギャラリーにて展示されます。
「第4回クラカメ雑談会」写真展
開催期間:2012年5月25日〜6月7日
場所:フジフイルムスクエア・ミニギャラリー
関連サイト:フジフイルムスクエア



ムービーギャラリー

NOBLEX 135 ProSport、FT-2  撮影時の動作


パノラックスZ1-A


製造元は日本特殊光機。ワイドラックスを製造したパノンカメラ商工をルーツにする会社で、航空エンジン技術者が設計したという。
水平写角は350度。あらゆるパノラマファンが理想とする360度に迫る写角が最大の特徴だ。構造も非常に独創的で乳剤面を内側に向けてフィルムを円筒形状に配置。その中心に真上を向いた撮影用レンズがあり、その前後に置いた2つのミラーで光路を折り曲げ、光学系全体が回転しながら露光する。駆動はゼンマイ式で底部のレバー操作でフィルム巻き上げとシャッターチャージを同時に行う方式。巻き上げを途中で止めるとレンズの回転角が減り、350度以下の撮影もできる。レンズの回転スピードは3段階で、スリット幅も3段階変化。この組み合わせを変えることでシャッタースピードを調節する。絞りは虹彩絞りで、ピントは目測式。今回紹介したなかで唯一ピント調節機能を備えている。

このカメラのフィルム装填はとても複雑だ。円筒型のガイドレールに巻き付けるようにフィルムをセットすることに加え、スプロケット部分の構造が複雑なので装填が難しい。さらに装填時にリーダー部分が20センチ以上露光してしまうのでフィルムの無駄も多い。
このカメラは写角可変式なので1本のフィルムに横幅の異なるコマが混在することになる。そのためフィルムカウンターにコマ数表示ができず、カウンターには通常の35ミリサイズのコマ数を表示。この数字からあと何カット撮れるかを知るのは至難の技で、実際にはフィルムが巻けなくなったことでフィルムの終わりに気付くことが多い。

特筆すべきはレンズ上面に取り付けるミラーを交換すると、真横だけでなく俯瞰や仰角撮影ができること。たとえば山の頂上から下界を見下ろしたり、高層ビルの谷間から上を見上げたようなアングルで撮影できる。
さらにユニークなのは潜望鏡のようなスタイルのファインダー。頂部にドーム状のミラーを内蔵し、アイピースを覗くと360度の範囲が見える。さらにパノラマ撮影に欠かせない水準器も視野内で確認可能。カメラのセッティングも容易にできる。ただし三脚の下にしゃがみ込んで潜望鏡を覗く撮影中の姿は、かなり異様。人混みで撮影するには勇気が要る。

いずれにしても、このカメラは数あるパノラマカメラ中でも特殊な部類に入る製品である。一説によると、数台しか生産されていないとも言われ、中古市場に出回ることはほとんどない。使い方も難しく、決して一般向けではないが、かつて日本にはこんなにユニークなパノラマカメラが存在したという、日本のカメラ工業史に残る貴重な製品と言えるだろう。



構図を決めるときは写真のようにファインダーを上に伸ばし、撮影時は下げる。

ミラーとファインダーを外した状態
撮影用レンズは真上を向いている。1st〜4thと刻印されたノブは、スリット幅の調整用。

フィルム装填時は、3方向のカバーを取り外す。
  ファインダー頂部に水準器を内蔵。半球状のミラーで360度の範囲が見える。
  左から仰角、標準、俯瞰(ふかん)用ミラー
  このカメラを設計した水戸宏取締役社長の名前と印が入った検査票と保証書

パノラックスZ1-A 作例


最大写角の350度で撮影。大きなサイズにプリントして輪のように曲げ、内側から見ると、完璧にパノラマになる。数十年もメンテナンスされていなかったため、フィルムにカブリが生じてしまったのが残念。
1/125秒 F16 カラーネガフィルム(ISO400)


上の写真のパーフォレーションなしバージョン


狭い写角で撮影することもできる。
1/125秒 F16 カラーネガフィルム(ISO400)

首振り式パノラマカメラの使い方


パノラマ撮影は、水平にカメラをセットすることが基本。カメラが少しでも傾くと、本来、直線であるはずの水平線や地平線が曲がって写る。わざとカメラを傾けて、この曲がりを作画に生かす方法もあるが、最初は通常の撮り方から始めると良いだろう。また撮影中にカメラが動くと、水平ラインがグニャリと曲がるので三脚使用が望ましい。慣れれば手持ち撮影もできるが、このときカメラを構えた自分の指が写り込みやすいので、持ち方に注意が必要だ。これを避けるため、専用グリップが用意されたホライズンのような製品もある。



画面中央を通る直線は真っ直ぐに写るが、上下にある直線は樽型に湾曲してしまう。そのため建築物などを撮ると不自然な形になりやすい。いずれにしても、パノラマ写真にふさわしい被写体を選ぶのが、パノラマ写真を上手く撮るコツだ。また慣れてきたら、タテ位置撮影に挑戦するのも良いだろう。

一部の高級機を除き、シャッタースピードやF値の調節範囲が狭いので、被写体の条件に合わせて適切なISO感度のフィルムを選ぶことが大切だ。また写角が広いので画面の左右で明るさの差が大きくなり、画面上で露出差が生じることがある。これを防ぐには順光がベター。プリント時に救済できるという意味では、ラチチュードが広いネガカラーフィルムが使いやすい。

ムービーギャラリー

パノラックスZ1-A 撮影時の動作


パノラックスZ1-A シャッター速度別の動作




中村 文夫(なかむら ふみお)

1959年生まれ。学習院大学法学部卒業。カメラメーカー勤務を経て1996年にフォトグラファーとして独立。カメラ専門誌のハウツーやメカニズム記事の執筆を中心に、写真教室など、幅広い分野で活躍中。クラシックカメラに関する造詣も深く、所有するカメラは300台を超える。日本カメラ博物館、日本の歴史的カメラ審査委員。