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カメラアーカイブ

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カメラアーカイブ
巷に溢れる新製品情報。そんな情報の波に埋もれてしまっている魅力的なカメラたちがある。メーカー開発者たちが、心血を注いで創りだした名機の魅力を蓄積していく。
公開日:2012/04/27

パノラマカメラ特集 第1回

photo & text 中村文夫
パノラマカメラ特集として、第1回、第2回に分けてご紹介します。


パノラマとは広大な風景の意味。写真の世界では、画面の上下に対し左右の画角が極端に広いフォーマットの総称として使われることが多い。最近ではパノラマ撮影機能を搭載したデジカメが増え、誰でも簡単にパノラマ写真が楽しめるようになったが、フィルムカメラで撮るパノラマ写真は別格。一度その迫力に魅了されると、もう後戻りできなくなる。フィルムカメラでパノラマ写真を撮るには専用カメラが必要で、その構造から大きく2つに分けることができる。 
 

首振り式パノラマカメラ

首振り式は、撮影用レンズが主点(光学的な中心)を軸として水平方向に回転する仕組みで、レンズ後部に設けられたスリットを介し、円弧状に配置したフィルムにスキャンするように像を焼き付ける。撮影中、レンズが首を振るように動くことから、この名が付いた。
 

上下カット式パノラマカメラ

もう一つの方式は、単純にカメラの画面サイズを横長に変更したものだ。レンズは固定式でフィルムもふつうのカメラと同じように平面状にセット。通常の画面の上下をカットしたものと同じなので上下カット式と呼ばれるほか、画面を横に引き伸ばしたとも解釈できることから、ストレッチ式という別名もある。

両方式とも横長の写真が撮れることに変わりはないが、決定的に違うのは臨場感だ。首振り式は、被写体と撮影用レンズが正対した状態が常に保たれるので、被写体までの距離遠いと像が小さく写る。たとえば間口が極端に広い建物の真正面にカメラを据えて撮影すると、画面両端の部分は距離が遠いので小さく写り、本来長方形であるはずの建物が葉巻型になる。単純に考えると不自然な写り方だが、このカメラで自然風景を撮ると、ふつうなら、ぐるっと首を回さなければ見えない世界が1枚のプリントに収まり、まるで自分が風景の中に入ったような感覚になる。これに対し上下カット式は建物は変形しないので、第一印象は自然だが、水平画角は意外と狭く首振り式ほど高い臨場感が得られない。すでに説明したようにふつのう写真の上下をカットしたのものと同じだからだ。いわば上下カット式はプリントサイズを横長にすることでパノラマ的な印象を与えているだけ。そのため首振り式と区別する意味で、疑似パノラマと呼ばれることもある。今回紹介するカメラは、パノラマカメラの王道とも言える首振り式カメラ。ちょっとマニアックな世界だが、パノラマ写真道を極めるなら、このカメラしかない。

 

ホライゾン202


 
最初に紹介するカメラは、ロシア製のホライゾン202だ。現在でも後継機が製造されていて値段も手頃。パノラマカメラ入門に最適だ。レンズはMCArsat28ミリF2.8で水平写角は130度。画面サイズは24×58ミリで、135フィルムを使う首振り式カメラとしては、やや横幅が狭い。シャッタースピードの範囲は1/2〜1/250秒と広く、さまざまなシチュエーションに対応できる。レンズの回転スピードは2段階。スリットの幅は可変式で、回転スピードとスリット幅の組み合わせでシャッタースピードを設定する。絞りは虹彩式でボディ側のレバーで変更。フィルム巻き上げはレバー式で、1回の操作で巻き上げとシャッターチャージが完了。36枚撮りフィルムで21カットの撮影ができる。
ピントはパンフォーカス式。パノラマカメラの場合、風景撮影を基本に設計されているが、絞りを絞り込めば近距離もシャープに写る。露出計は内蔵していないので、正確な露出のためには、露出計が必要である。
このクラスにしては珍しくファインダー内で水準器が確認できるので使いやすい。ただ外装がプラスチック製なので高級感に欠けるのが残念。また今回使用した202は、作動音が大きいことで有名だ。動画を視れば分かる通り、露光中、ゼンマイの作動音が賑やかに響き渡る。なお現行品のホライゾンパーフェクトでは静音化が図られている。
中央の2つのレバーでシャッタースピードと絞りをセット。巻き戻しクランクの下にあるレバーでレンズの回転スピードを選ぶと指標と同じ色で表示されたシャッタースピードが切れる。ファインダーの真上に水準器を内蔵、ファインダー内で確認できる。
指の写り込みを避けるため、底部に専用グリップが取り付けられる。
レンズ前側から専用フィルターが取り付け可能
 

ホライゾン作例

 有名なビューポイント、ツインピークスから見下ろすサンフランシスコ市街。左手奥にゴールデンゲートブリッジが見える。パノラマカメラなら、こんなに広い範囲が1枚の写真に収ってしまう。
1/250秒 F11 リバーサルフィルム
 
ヨセミテ国立公園グレーシャーポイントから望むハーフドーム
1/250秒 F11  
 

ワイドラックスF7


パノンカメラ商工は日本を代表するパノラマカメラ専門メーカー。57年に第1号機のワイドラックスFVが登場して以来、改良を重ねながらワイドラックスFシリーズを発売してきたが、88年に発売したF8を最後に廃業した。
ホライゾンと同じく、機械式のゼンマイ駆動だが、首振り時のレンズの動きはスムーズで作動音も静か。やはりロシア製との差は歴然だ。レンズはLUX26ミリF2.8で、写角は140度。画面サイズも24×59ミリで、ホライゾンより広い範囲が写る。スリット幅は一定で、レンズの回転スピードが変化してシャッタースピードを調節する方式なので、シャッタースピードは、1/250、1/125、1/8秒の3速だけ。最高速が1/250秒なので、通常の撮影にはISO100以下のフィルムがお薦めだ。またレンズ前面の隙間から、取り付ける専用フィルターも用意されている。絞りは虹彩式でボディ上面のダイヤルで変更。フィルム巻き上げはノブ式で、巻き上げとシャッターチャージが同時にできる。36枚撮りフィルムで21カットの撮影が可能。
長年製造されたカメラなので、中古市場で見かけることが多いが、旧い機種だとスローガバナーが油切れを起こしていることがあるので注意したい。

 
シャッタースピードは1/15、1/125、1/250秒の3段階。絞りは中央のダイヤルでセットする。上面に水準器を内蔵しているがファインダー内では確認できない。
フィルムは円弧状にカーブした状態でセット
レンズ後部にスリットがあり、レンズごと回転して露光する。
専用フィルター
 

ワイドラックス作例

ケニア・マサイマラ国立公園
これだけ広大な風景は、日本ではなかなかお目に掛かれない。まさにパノラマカメラ向けの風景だ。露出オーバーを防ぐためISO50のフィルムを使用。
1/125秒 F11 リバーサルフィルム
 
カメラを下に傾けると水平線がこのよう曲がって写る。
1/125秒 F11 リバーサルフィルム

ムービーギャラリー
HORIZON&ワイドラックス 撮影時の動作
 
ワイドラックス F7 フィルムの入れ方
CAMERA fanでこのカメラを探してみる!

第2回へつづく
次回は、博物館級の珍しいパノラマカメラをご紹介します。



中村 文夫(なかむら ふみお)

1959年生まれ。学習院大学法学部卒業。カメラメーカー勤務を経て1996年にフォトグラファーとして独立。カメラ専門誌のハウツーやメカニズム記事の執筆を中心に、写真教室など、幅広い分野で活躍中。クラシックカメラに関する造詣も深く、所有するカメラは300台を超える。日本カメラ博物館、日本の歴史的カメラ審査委員。