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ミラーレス機で紡ぐオールドレンズ・ストーリー

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ミラーレス機で紡ぐオールドレンズ・ストーリー
なぜ、オールドレンズに惹かれるのだろう。
描写性能を求めるのであれば、先進技術を駆使した現行レンズに勝るものはない。そうとわかっていても、オールドレンズに魅せられてしまう。レトロに撮れるから。古今東西の名レンズがそろっているから。
どれだけ理由を並べても、その魅力の核心にはたどり着けない。
なぜならオールドレンズは、主観抜きに語れないからだ。
ファーストショットの感動、フィルムカメラへの思い、傑作をものにした感触。
そのレンズと時間をともにした者だけが抱く、思い入れの数々。
それこそが、いまあえてオールドレンズを使う真の理由を物語る。
写真家5名が紡ぐ、オールドレンズ・ストーリーをご覧あれ。
公開日:2012/09/10

雪のたそがれ時 Sony NEX-5 + Summar 5cmF2

photo & text 飯塚達央
自宅の庭から夕焼け空を撮っていると、背後に視線を感じて振り返る。娘たちも空に見とれていたのかなと思ったら、窓にはハートマークの落書きが。
Sony NEX-5+Summar 5cmF2 絞り優先AE f2 −1EV ISO200 RAW

北海道の撮影に明け暮れ
ついに住民となった


北海道に移り住んで14年が経った。学生時代に大型バイクに寝袋とカメラを積んで走ったときの乾いた風が就職してからも忘れられず、ついには会社を辞め北海道に渡ってきた。当初は退職金がなくなるまでの予定だった。その間に北海道中を存分に廻って、広大な風景や色鮮やかな自然を撮りまくろうという考えだった。
中古のワンボックスカーを改造して、寝泊まりできるようにし、機材一式とたくさんのフィルムを詰め込んだ。解き放たれた矢のように自由を謳歌し、北海道を満喫した。
しかしそんな車中生活が何ヵ月も続くと、寂しくなってくる。日のあるうちは撮影に意気揚々と夢中になっているが、日が暮れ簡素な夕食をとると、懐中電灯の下で本を読むくらいしかすることがなくなってしまう。ポータブルテレビも映らないことが多い。
そんな夕暮れ時に見える住宅からの明かり。リビングの窓から漏れるオレンジ色の暖かそうな明かりが、うらやましく見えてくるのだった。
一人が身にしみた。
その年の冬が始まる頃、富良野の写真館に求人を見つけ移住することになった。以来、撮ることが仕事になった。
アパートを借り、北海道での暮らしが始まった。旅行者ではなく、放浪中でもなく、憧れの地の住民となったのだ。


日没後のマジックアワー。ブルーの色調の中、雪に埋もれた道がどこまでも続いていくかのように見える。
Sony NEX-5+Summar 5cmF2 絞り優先AE f2 −1/3EV ISO200 RAW

初めてのオールドレンズは逆光に極端に弱かった


観光や撮影のためでなく、日常の買い物や、用足しや、通勤で車を走らせる。そして夕暮れにはやはり家々にともるオレンジ色の明かりを目にする。独り身なれど、自分にも帰る住まいがあるという実感。写真を生業とし、いつかこの北の地で家族を築き、人に認められる存在になるぞと心に決めた。
フリーランスの写真家として独立して家族を持ったころ、知人がエプソンR-D1sを手放すということを知り、譲ってもらうことにした。しかし、ライカマウントのレンズを一本も持っていなくて、レンズはまた別の知人たちから借りて撮りだした。
借り受けたレンズのなかにズマール5センチF2があった。それがボクにとっての初めてのオールドレンズだった。ぽわんと紗のかかった写りに最初は戸惑った。周辺は像が乱れ、逆光には極端に弱く、すぐにハレーションが起こる。
しかし沈胴式のレンズの姿、形の愛らしさ、撮影時に引き出して左に回しセットする操作感にすっかりやられ、譲ってもらうことにした。
戦前に作られたという年代物のレンズ、ボクが何代目のオーナーになるのか見当もつかないけど、何人もの人が撮影時にこのレンズに手を添え、同じ儀式をやってきたことを思うと、にやけてしまう。


早い夕暮れの時間がやってきた。何事もなく、平和で静かに一日が終わりを告げる時間がとても心地よい。
Sony NEX-5+Summar 5cmF2 絞り優先AE f2 −1/3EV ISO200 RAW

ズマールのレンズ描写はどこか懐かしい気分にさせる

それからすぐにライカM6とM3を手に入れた。白黒フィルムでズマールで撮ってみると階調のつながりがとても滑らかで、クラシカルで上質な白黒プリントを手にすることができた。さすがにズマールと白黒フィルムとの相性は抜群だ。特に人物写真には最適で、この組み合わせでまだ幼い娘たちをかなり撮り込んだ。
相性の良さを知ってから、ズマールで撮る時は白黒フィルムと決め込んでいたが、マウントアダプター経由でソニーのNEX-5に付けて撮る機会を得た。するとM型ライカやR-D1sのファインダーで覗くのと違い、背面の液晶に映る画像は、すでにズマール特有の世界になって見える。ソフトフォーカスがかかったような柔らかさで、ハイライトはわずかににじみ、今、目の前に実在しているもののひとつひとつを優しい存在に変えていくのだ。
変化する絞りの効果も一目瞭然。3段ほど絞ればかなりしっかりとした描写になるのが見て取れる。それでも決して堅くはならない。しかしズマールの良さを引き出すのはやはり開放に近い絞りだろう。
絞りをf2にし、夕暮れの情景を撮ってみた。あのとき憧れの目で見ていたオレンジ色の窓明かりがにじんで見え、より愛おしいものとして見えた。
写真はくっきりはっきり写ればいいというものではない。撮った写真がどこか自分や第三者の気持ちの琴線に触れたり、淡い記憶にアクセスできたりするならば、十分素敵なことだと思う。
ズマールで撮った写真は、つい今し方撮ったばかりなのに、懐かしい気分にさせてくれる。
何もかもが定かでなく明確に見えているものなど何もなかった時代。
ズマールでシャッターを重ねるたび、あの時の感覚が呼び起こされる。


カムイミンタラ。神々が遊ぶ庭とも呼ばれる大雪山。その庭先をお借りして暮らしている我々。北海道のスケール感を感じてシャッターを押す。
Sony NEX-5+Summar 5cmF2 絞り優先AE f2 −1/3EV ISO200 RAW


カーブの途中にある仮設のような駅。板張りのホームに一瞬だけ停まり、乗降もないまま、さっと走り去っていった。再び長い静寂があたりを包む。
Sony NEX-5+Summar 5cmF2 絞り優先AE f2 −1/3EV ISO200 RAW


SONY NEX-5 + Summar 5cm F2
金属鏡胴のずしっと手に伝わる重み、撮影時に引き出す沈胴式のスタイルもいいズマール。小ぶりなNEX-5とのマッチングは悪くない。


「ライカ ズマール(Summar)」をCAMERA fan内で探してみる!



飯塚達央(イイヅカ・タツオ)

1968年大阪出身。北海道好き、写真好きが高じて1996年に北海道に移住する。フリーランスのカメラマンを経て2011年旭川市に「フォトシーズン北彩都スタジオ」を構える。フォトウェディングや家族写真をメインの仕事とする一方、北海道の空気感、北海道に暮らす人々の営みをテーマに撮影している。
ウェブサイト http://tatsuoiizuka.com