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さようなら東京

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さようなら東京
2度目の五輪を控え、東京は変革のときを迎えている。とりわけ大きく姿を変えつつあるのが、いわゆる下町といわれる23区の東側だ。懐かしさと新しさが交差するエリアを、写真家・鹿野貴司が記録する。
公開日:2018/08/08

【其の一】酒が町を潤す〜酒都「葛飾区立石」〜

photo & text 鹿野貴司
 

誰も生まれる町は選べないが…

僕は生まれてから29歳まで、東京都葛飾区立石という町で過ごした。
商店街は薄暗く、男たちは昼間から酒を呷り、その先には平成の初頭まで血液を買ってくれる製薬工場があった。ときどき庭付きの立派な一戸建てもあるものの、住宅事情も決してよくなく、風呂のない家庭も多かった(鹿野家も風呂のあるマンションへ引っ越したのは、僕が20歳を過ぎてからだった)。
そんな町を住んでいた頃は忌み嫌ってもいたが、アクの強さゆえ、離れれば離れるほど郷愁を誘う。とりわけここ数年は昭和がそのまま残った生きるテーマパークとして、酒場好きや町好きの観光スポットにもなっている。不思議。

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ14-24mmF2.8 DG HSM | Art
F4 1/60 ISO800 WB:オート

立石には2本の商店街が伸びている。賑わっているのは駅の南北を貫き、チェーン店や各種店舗が並ぶ立石駅通り商店会だが、被写体として惹かれるのは細いアーケードに、昔ながらの商店が連なる立石仲見世。空き店舗が目立つが、若い人がそこで新しい店を始めるムーブメントもある。
   

ソニーα7III + カールツァイスLoxia 2/35
F2 1/400 ISO125 WB:オート

住宅街を抜けるように走っていた京成押上線も、すでに京成立石駅以外は高架化が終わっている。残されたこの駅も2023年3月には工事が完了。高架化でどのような光景に生まれ変わるのだろうか。
 

ソニーα7III + カールツァイスLoxia 2/35
F2 1/160 ISO400 WB:オート

僕が子供の頃、よくおもちゃを買ってもらった商店街のおもちゃ屋さんは今も健在。看板娘ならぬ看板猫が行き交う人たちを和ませる。
 

赤ちょうちんが夜道を照らす「酒都」

今ではアルコールが含まれているものは何でも飲むが、20代の頃は周囲に下戸や車好きが多かったせいもあって、酒を嗜むようになったのは30歳を過ぎてからだ。よって立石に住んでいた頃は立石で飲んだことがなかった。今思えば実にもったいない。
したがって立石を代表する名店、もつ焼きの宇ち多"(うちだ)にはいまだに“宇ち入り”したことがないし、駅の北東にある呑んべ横丁も、子供心に「近寄ってはいけない場所」と感じていて、そのアングラなイメージは大人になっても変わらず。初めて足を踏み入れたのは7〜8年ほど前、ある雑誌でインタビューを受けた際、ポートレートを撮ってもらうためだった。

 
 
ソニーα7III + Sonnar T* FE 55mmF1.8 ZA
F2.5 1/125 ISO1000 WB:オート

日本の“酒都”立石を代表する、もつ焼きの名店・宇ち多"(うちだ)。午後の早い時間、開店が早まる土曜にいたっては朝から長蛇の列ができ、1〜2時間待つのは当たり前。そこに並ぶのを「宇ち入り」、酔いつぶれることを「宇ち死に」と言うとか言わないとか。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ24-70mmF2.8 DG HSM | Art
F5.6 1/100 ISO800 WB:オート

呑んべ横丁の元は昭和28年にできた商店街。やがて居酒屋やスナックが増え、昭和30年代の空気が漂う東京の貴重な遺産になった。南半分はすでに取り壊しの予定日を過ぎており、明日突然なくなっても不思議ではない状況。北半分も再開発の対象で、新しい葛飾区役所が立つ予定だ。
 

ソニーα7III + Sonnar T* FE 55mmF1.8 ZA
F1.8 1/160 ISO400 WB:オート

立石では外から暖簾の奥を伺いしれない飲み屋が多いが、宇ち多”と並ぶもつ焼きの名店・江戸っ子は、賑わう店内が表通りからもよく見える。もつを焼く香ばしい匂いが、素通りをなかなか許してくれない。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ24-70mmF2.8 DG HSM | Art
F2.8 1/250 ISO1600 WB:オート

“酒都”とも称される立石だが、飲んだ後に食べたくなるのがラーメン。というわけで立石界隈はラーメン店の激戦区でもある。

   

故郷の最期を看取る気持ち

立石には僕がガキの頃から再開発の噂があったが、昨年だったか、Facebookで幼なじみの投稿を見て、いよいよ始まることを知った。20年以上前から行われていた京成線の高架化も、残すは立石駅のみとなっていた。その高架工事のため、呑んべ横丁の線路側半分が年内に取り壊される、と聞いたのが昨年暮れ。
それから半年近く経っても取り壊されてはいないのだが、次に行ったらもう更地かもしれない。そう思って時間があるたびに1時間ほどかけて東京を横断し、立石へ足を運んでいる。

 

ソニーα7III + カールツァイスLoxia 2/35
F2 1/100 ISO400 WB:オート

駅の出口に面した、肉と惣菜の店・愛知屋。夕飯のおかずを買う主婦に混じって、コロッケを買ってその場で0次会をする若者の姿もよく見かける。
 

ソニーα7III + カールツァイスLoxia 2/35
F2 1/200 ISO400 WB:4190K

ラーメン店が多いことと関係しているのかはわからないが、立石仲見世には手作りの麺を売るお店がある。子供の頃に見たり買ったりした記憶はないのだが、主人に聞いたら僕が生まれる前から営業していた。うどんを買って帰ったのだが、程よくコシがあってどこか懐かしい味がした。
   
 

変わりゆく、僕を育てた町「立石」

住んでいた頃は被写体として考えたこともなかった立石で、行くたびに飽きることなくシャッターを切り、新しい出会いや発見がある。他の多くの町が変わってしまったことで、変化の少ない立石の異界な部分が目立つのかもしれないし、町を見る自分自身の変化もあるのかもしれない。
折しも2020年のオリンピック・パラリンピックを控え、東京の町はあちこちで大きな変化を迎えている。新しい東京への期待感もないわけではないが、夕方になると銭湯の煙突から煙がたちのぼる東京を心のどこかで求めてしまう。そんな町をカメラを持って巡る、小さな小さな旅をこれから綴っていくつもりだ。

 

ソニーα7III + カールツァイスLoxia 2/35
F2 1/80 ISO1600 WB:オート

日が暮れ始めた頃、呑んべ横丁で一軒の店から出てきた爺さんと目があった。「社長!この店はいいよ。安いし」と半ば強引にその店へ連れ込まれたのだが…(だいいち社長じゃないし)。横丁の店はディープ過ぎて敷居が高く、今まで外から眺めるだけだったが、山形出身のおかみさんが営む「さくらんぼ」はたしかにいい店だった。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ14-24mmF2.8 DG HSM | Art
F4 1/40 ISO3200 WB:オート

懐かしい町も、好きな町も、多くの風景は時とともに変わっていく。好ましい変化ばかりではないが、写真家にはときにそれが撮影への原動力にもなる。
 

 

今回の町「立石」





 
鹿野貴司(しかの たかし)

1974年東京都生まれ。多摩美術大学映像コース卒業。さまざまな職業を経て、フリーの写真家に。広告や雑誌の撮影を手掛けるほか、ドキュメンタリー作品を制作している。日本大学芸術学部写真学科や埼玉県立芸術総合高等学校で非常勤講師も務める。
写真集『日本一小さな町の写真館 山梨県早川町』(平凡社)ほか。

ウェブサイト:http://www.tokyo-03.jp/
Twitter:@ShikanoTakashi