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さようなら東京

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さようなら東京
2度目の五輪を控え、東京は変革のときを迎えている。とりわけ大きく姿を変えつつあるのが、いわゆる下町といわれる23区の東側だ。懐かしさと新しさが交差するエリアを、写真家・鹿野貴司が記録する。
公開日:2018/09/11

【其の二】賑わいの裏の寂しさへ「台東区浅草」〜

photo & text 鹿野貴司
 

放課後はチャリンコ飛ばして浅草へ


多くの日本人は、東京の観光地といえばまず浅草を思い浮かべるのではないだろうか。川向こうに東京スカイツリーが立ち、時を同じくして訪日外国人観光客が急増。今の浅草は活気に満ち溢れている。

かれこれ四半世紀以上前、高校1年生の秋から卒業するまでの2年半、僕は浅草六区の吉野家でアルバイトに精を出していた。要はまぁ、かまけていたという方が正しく、授業中はほとんど寝ていたのだが。授業中、目が覚めると教室に誰もおらず、次の授業が始まっていてクラスメイトは別の教室へ移動していたこともあった。

アルバイトに精を出していた理由は他でもなく、カメラやレンズ、さらにフィルムや印画紙を買うためだ。かろうじてバブルの頃だったので時給も高校生で1000円をゆうに超えていた。吉野家さま、その節はたいへんお世話になりました。

 

ソニーα7III + Vario-Tessar T* FE 24-70mmF4 ZA OSS
F4.5 1/100 ISO100 WB:オート

六区の浅草演芸ホール。僕が高校生の頃はひっそりとしていたが、近年は落語ブームの影響もあってか活気がある。僕も今年の正月、知り合いの寄席芸人さんが大勢出るので初席に行ってみた。立錐の余地もない雰囲気は、六区が栄華を極めていた頃を彷彿とさせた。
 

ソニーα7III + Vario-Tessar T* FE 24-70mm F4 ZA OSS
F8 1/100 ISO100 WB:オート

かの有名な鬼海弘雄さんのモノクロポートレートで背景になっている浅草寺宝蔵門。レンタルの浴衣を着た中華系のお嬢さんたちも、やはりここを背景に選んでいた。モノクロじゃなくて彩度エフェクトはマシマシだと思うけど。
 

浅草がかろうじて浅草らしかった頃

東京でも外国人観光客がまだ珍しかった時代。浅草寺周辺こそ修学旅行生や地方からの観光客でそれなりに賑わっていたものの、明治から昭和30年代にかけて歓楽街として栄華を誇った六区は、寂れた映画館やボーリング場、そして今もある場外馬券場などの娯楽施設が並んでいた。

通りには平日の明るいうちから酒臭いおっさんや、怖いおにいさんがウロついていた。そして僕のアルバイト先もそういう客でいっぱいだった。血の気の多そうなアルバイト仲間が、カウンター越しに客の胸ぐらを掴み……なんてことも今は昔。それでも店長から「気をつけろよ」と一言で済む大らかな時代だった。

今もときどきその吉野家へ食べに行ってみるのだが、店の雰囲気は日本全国どこにでもある店舗と変わらず、もちろん酔客の姿もない。町の雰囲気が明るくきれいになるのは、一般的には歓迎されることだろう。しかしあの猥雑でアンダーグラウンドな雰囲気こそが、自分の青春時代とも重なって、ひとつの文化であり風土だったように思う。

 

富士フイルム X100F
F2 1/1000 ISO200 WB:オート

全身キャラものでキメているおじいさん。褒めたら「照れるじゃねえかよぉ」。浅草にはよく写真の神様が現れる。
 

ソニーα7III + Vario-Tessar T* FE 24-70mmF4 ZA OSS
F8 1/125 ISO3200 WB:オート

浅草にはいくつもの商店街があり、軒を連ねる店舗の業種もさまざま。なかには祭用品とか、はたまた大衆演劇用品の専門店もある。いろいろな人が集まる町には、いろいろな店があるのだ。
 

ソニーα7III + Vario-Tessar T* FE 24-70mmF4 ZA OSS
F5.6 1/160 ISO100 WB:オート

浅草寺の境内で被写体を探していたら、お散歩中のミーアキャットが。僕が気になったのは、ミーアキャットをガラケーで熱心に撮っていたおじさんなのだけど。
 

三社祭を通して町の変化を感じる


富士フイルム X100F
F4 1/320 ISO200 WB:オート

浅草だとコインパーキングに神輿が停まっていることも。神割引もあるとかないとか。

文化や風土といえば、僕は高校2年生から浅草の三社祭を撮り続けている。29年間も同じ町の同じ祭りを撮っていると、おのずと定点観測のようになってくる。最初の頃、担ぎ手が持つのはタバコが定番だった。そこにポケベル、やがて携帯電話が加わり、今はスマホ。一方でタバコは激減し、肩身狭そうに電子タバコの水蒸気が立ちのぼる。あるいは撮り始めた頃はちっちゃな女の子が、やがて大人の女になり、今はその子供が撮り始めた頃のママにそっくりだったりもする。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ50mmF1.4 DG HSM | Art
F1.8 1/3200 ISO100 WB:太陽光

ひと昔前、三社祭といえば写真学校の1年生が課題として撮影に来ていた。しかも50mm一本勝負。慣れない単焦点レンズに戸惑っている様子を見て、邪魔臭いなぁと思いつつ、内心頑張れと応援していた。でも最近は学生が減ったのか、単に課題が出ていないのか、ほとんど彼らの姿を見かけない。50mmっておもしろいんだぜ、って教えてあげたいけどな。
 

ソニーα7III + カールツァイスLoxia 2/35
F2 1/250 ISO125 WB:オート

タイトル「シンメトリー」、とか。最近フォトコンテストの審査をすることも多いのだが、タイトルを付けるのって大変そうだなぁ。


街並みもまた然り。浅草寺の裏の花柳街は、今は奥浅草などと呼ばれてちょっと通な観光地になっているが、20年以上前は木造の家屋や店舗も多く、今よりずっと下町風情が溢れていた。とりわけ絵になった木造の商家が、一角にある「徳太樓」というきんつばの名店だ。三社祭のときは半纏姿の女性が前を通りかかると、アマチュアカメラマンのおじさんたちが呼び止め、即席撮影会が始まるのがお約束だった。僕もおじさんたちの隙間にカメラをねじこんで相当撮った。

しかしある年の三社祭で、その徳太樓の主人が「この建物を明日壊します! カメラマンの方はどんどん撮ってください!」と呼びかけていた。翌年の「徳太樓」は少しだけ面影を残す近代的なビルに建て替わっていた。店の前にアマチュアカメラマンの姿はなかった。

 

マミヤ6MF + G50mmF4L
フジクロームPROVIA100

ポジフィルムの束をひっくり返して見つけた、1994年の「徳太樓」の姿。ここまで原型をとどめている木造商家は、僕が知る限り浅草界隈ではもう見られない。
 

ソニーα7III + カールツァイスLoxia 2/35
F2.8 1/200 ISO125 WB:太陽光

浅草ではアジア系の人たちが元気なのに比べ、欧米系の人たちは疲れているように見えることが多い。やはり浅草の人混みは辛いのだろうか。まあ日本人でもちょっと辛いけど。
 

ソニーα7III + Vario-Tessar T* FE 24-70mmF4 ZA OSS
F4 1/200 ISO100 WB:オート

浅草寺では線香を香炉に入れず、中国式に両手で掲げる観光客の姿を見かける。元はといえば仏教は中国から来たんだから、彼らには敬意を払わないと。
 

多発する“うんち事件”の謎

ここ最近の浅草を見回しても、花やしきのBeeタワーは2016年に取り壊されてしまったし、その直前にはすぐそばの“元祖スーパー銭湯”浅草観音温泉がボイラー故障で廃業。甲子園球場並みにツタのからまった建物は、いつの間にかあっけなく壊されていた。営業中は好奇心で入ってみたいと思いつつ、開店休業中のような雰囲気にビビって結局入れずじまい。何より晩年は入口に「人力車 当店の説明は一切不要」「写メを撮る人は脳指数の低い人」、「うんち事件が多発のため」乳児はお断りといった張り紙があり、それはまるで結界を囲う幣束のようだった。

結界の中はうんち事件が多発するほど乳児連れの客が多かったのか、特定の客が乳児を連れてきていたのかは定かではないが、ともあれ解決できなかった好奇心は、失われた姿と引き換えに後悔として残ってしまった。

 

富士フイルム 100F
F4 1/60 ISO400 WB:オート

浅草でもっとも昭和の面影を残すのが、大衆演劇の劇場「木馬館」のあたり。昭和のままな大衆酒場や洋服店が並び、さらに進むとホッピー通りに至る。
 

ソニーα7III + Vario-Tessar T* FE 24-70mmF4 ZA OSS
F4 1/160 ISO200 WB:オート

浅草寺の境内は地面が石や砂利、コンクリートなどで、結果としてレフ板のような効果がある。浅草寺はそんなこと考慮していないと思うけど、女性の皆さん、記念撮影に最適ですよ。
   

ソニーα7III + Vario-Tessar T* FE 24-70mmF4 ZA OSS
F8 1/640 ISO100 WB:太陽光

観光客で賑わう表通りから、ちょっと裏へ入り込む。そこにある光と影、さらには寂しさや侘しさに自然とレンズが向く。
 

 

今回の町「浅草」





 
鹿野貴司(しかの たかし)

1974年東京都生まれ。多摩美術大学映像コース卒業。さまざまな職業を経て、フリーの写真家に。広告や雑誌の撮影を手掛けるほか、ドキュメンタリー作品を制作している。日本大学芸術学部写真学科や埼玉県立芸術総合高等学校で非常勤講師も務める。
写真集『日本一小さな町の写真館 山梨県早川町』(平凡社)ほか。

ウェブサイト:http://www.tokyo-03.jp/
Twitter:@ShikanoTakashi