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SHUTTER GIRL WORLD

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SHUTTER GIRL WORLD
シャッターガールこと大村祐里子が、光と闇を描いていきます。
公開日:2018/09/25

曇ったレンズのフィルムカメラで撮ってみた〜 OLYMPUS-ACE(オリンパスエース)

photo & text 大村祐里子

OLYMPUS-ACE(オリンパス エース)中古カメラ店で3,000円で購入したコンディションの悪い個体。


カメラ店のショーウィンドウ。数万円するカメラがずらりと並ぶ中、ひとつだけ「三千円」と書かれたカメラが置かれていたら、気になりますよね? 

目の前にあるOLYMPUS-ACE(オリンパスエース)は、パッと見る限りボディがやや錆びていましたが、完動品ならば三千円というのはだいぶお安い、と思いました。店主さんに理由を尋ねてみると「レンズが曇っているのです」とご返答いただきました。


※オリンパスエースのレンズが常に曇っているというわけではありません。当機についているレンズがたまたま曇っていただけです。

わたしは無類の機材好きですが、実は、曇っていたり、カビていたり、キズがついていたり、といった、いわゆる「難あり」品のレンズはあえて使わないようにしてきました。なぜかというと、2008年、クラシックカメラ店で働いていたとき、常連のプロカメラマンの方に言われた台詞がずっと心に残っていたからです。

「最初からコンディションの悪いレンズは使わない方がいい。コンディションの良いレンズできちんと撮れるようになってこそ一人前。」

難あり品のレンズは、クセのある面白い写りをすることがあります。ゆえに、当時のわたしは、難あり品のレンズが気になって仕方がありませんでした。(ここで言うクセとは、レンズの個性ではなくて、レンズのコンディションが悪いがために、本来のレンズの性能とは違った写りをするという意味です)

でも、時が経つにつれ、だんだんその台詞の意味がわかるようになってきました。

コンディションの悪いレンズで撮影をすると、たしかに「なんかいい感じ」に撮れます。正直、そういったレンズで撮影された写真を見ると「すごくいいなあ」とは思います。しかし、それと同じくらい「怖い」と感じてしまう自分もいます。機材に撮らされているような感覚、とでもいうのでしょうか。レンズの効果をなくしたとき、果たしてこの写真を良いと言えるのだろうか……?

誰に強制されたわけでもないのですが、気がつけばわたしは「まずはコンディションの良いレンズできちんと撮れるようになろう」と心に誓っていました。

その誓いから、10年。この日は、自分でも信じられないくらい自然に「いまなら、曇ったレンズ使っても良いのではないか」と思えたので、わたしはこのカメラを購入することに決めました。まるで、お酒が解禁となったハタチの若者のような気分でした。




F11 1/500 Kodak PORTRA 400(フィルムはすべて同じ)

現像からあがってきた一本目のフィルムを確認してからというもの、曇ったレンズのオリンパスエースの虜になってしまいました。薄い布越しにシャッターを切ったかのような、ハイライトがぼんやりとにじむ優しい写り。曇ったレンズが、ありふれた日常を、ずっと愛でたくなるような存在に変えてくれるように思いました。

ちょうどそのタイミングで、ロケ中に左手の薬指をブヨに刺されるというアクシデントがありました。刺された箇所は。まるでヒペリカムの赤い実がなっているかのように腫れてしまいました。虫に刺されてこんなことになるのは人生初の体験だったので、とても驚きました(ちなみに二ヶ月近く経ったいまも完治していません)。

痛痒い薬指を眺めながら、ふと「オリンパスエースで撮ったこの指は、愛せるかもしれない」と思いました。携帯で写した指の写真はただ気持ちが悪いだけでしたが、この曇ったレンズを通せば、グロテスクな指でさえも、これはこれでいいかも、と思えるようになる気がしたのです。

結局、わたしはオリンパスエースで指を撮り、その写真をプリントして額に入れ、家の壁に飾りました。

普段だったら絶対に撮らないし、まして飾るなんてことはありえない被写体なのに、その写真の前を通るたびに、不思議と、虫に刺されたという不快な出来事が、温かい思い出のように感じられるようになりました。

オリンパスエースの曇ったレンズの話を他の方にすると、ときどき「分解清掃すれば、曇りやカビやキズも解消されるんじゃない?」と言われます。そんなとき、わたしは必ずこう答えます。

このままが、いいんです。


 

【OLYMPUS-ACE ギャラリー】



F16 1/500
いつも通っている事務所の近くの道で、空を見上げながらシャッターを切りました。なんの変哲も無い渋谷の街が、どこか懐かしいような雰囲気の街に見えます。


F5.6 1/30
古民家で扇風機にあたって涼んでいたときの一枚です。曇ったレンズを通すと、簾の向こうから差し込む光がより優しく感じられます。


F16 1/500
日没間際の浜辺です。思い出の中を散策しているような気分になる一枚です。


F2.8 1/15
夜、海岸で花火をしたときの一枚です。色も雰囲気も気にいっていて、何度も眺めてしまいます。


F8 1/60
湖の周りの遊歩道から、水面を望んで撮影しました。木々とゆらぐ水面がまるで絵みたい、と思ってシャッターを切ったのですが、曇ったレンズの効果で現実感がなくなり、より絵に近づいたように思います。


F8 1/15


F8 1/15


F5.6 1/30
 

<OLYMPUS-ACEについて>


オリンパスエースは、昭和33年(1958年)に発売された、レンズ交換が可能な国内初の35mmレンズシャッター機です。交換レンズは、標準45mm、広角35mm、望遠80mmの3種類です(当機は35mmを装着しています)。最短撮影距離は0.8m。電池なしで動きます。
 

<使い方>



裏蓋を開け、35mmフィルムを装填すれば、撮影可能となります。




レンジファインダーなので、ファインダーを覗きながらレンズのヘリコイドを回転させて、ファインダー内の二重像を合致させピント合わせをします。



撮影時、シャッタースピードと絞りは自分で決めます。

 

レンズの曇りなどのコンディションについて

レンズの曇り、というのは、その名の通りレンズが白っぽく曇ってしまうことを指します。曇りの主な原因は、レンズのガラスに含まれる物質が、経年で変質しまうことが挙げられます。


レンズのコンディションは、レンズを外せば確認できます。
オリンパスエースは、レンズの根元についているツメを押しながら、向かって左に回転させるとレンズを外せます。


レンズを明るい方に向けて、後玉の方向から覗くとコンディションを目視できます。絞りを開放にした方がより見やすくなります。


当レンズはだいぶ曇っています。さらにカビ、拭きキズも多数あります。薄い曇りやキズは写りに影響しないこともありますが、このくらいコンディションが悪くなると全体に靄がかかったような写りになります。

今回は、あえてレンズの状態を生かして撮影をしていますが、レンズの曇り、汚れなどは、分解・清掃によって取り除くこともできるので、気になる方は専門の修理業者にクリーニングに出すか、購入した中古カメラ店に相談しましょう。(回復の度合いは、程度にもよります)
 
カメラファンで「OLYMPUS-ACE」を検索する→こちらから
 
 著者プロフィール  
大村 祐里子(おおむら ゆりこ)

1983年東京都生まれ
ハーベストタイム所属。雑誌、書籍、俳優、タレント、アーティスト写真の撮影など、さまざまなジャンルで活動中。
著書「フィルムカメラ・スタートブック」、「身近なものの撮り方辞典100

ウェブサイト:http://omurayuriko.jp/
ブログ:http://shutter-girl.jp/
Instagram:@yurichayuricha
 
 

大村祐里子・著書


身近なものの撮り方辞典100


フィルムカメラ・スタートブック