TOP > コンテンツ一覧 >

アジアンMFレンズここだけの話

60
アジアンMFレンズここだけの話
中国、台湾、香港などのレンズブランドが、いま実にアグレッシブだ。値段がリーズナブルというのは当然として、大口径、正統派高画質、クセ玉、付加機能重視、はたまた懐かしの名レンズを復刻したものまで現れた。さながらおもちゃ箱をひっくり返したような賑やかさである。レンズマニアならこの新たなカテゴリー、アジアンMFレンズを見逃す手はあるまい。そんな百花繚乱のアジアンMFレンズを数多く使い倒した澤村徹が、撮影のエピソードとレンズのフィーリングを語る。
公開日:2024/05/27

第6回 IBERIT 35mm F2.4 被写体に近づいてはイケナイ

Photo & Text :澤村徹

貸出品はマットシルバーというめずらしいカラーリングだった。ドイツ企業で設計され、中国上海の工場で製造したレンズだ。ライカのズマリットシリーズのオマージュレンズと言える。
 
<スペック>
価格:68,800円
ブランド:KIPON
マウント:ソニーEマウント
フォーカス:MF
レンズ構成:6群6枚
フィルター径:49mm

白い岩肌を硫黄臭の煙が昇る。北海道函館の恵山は霊山だ。下北半島の恐山と姉妹山だと聞き、その姿を目の当たりにして納得した。霊感のない僕でもわかる。ここがただの山ではないことが。火口原に草木はなく、真っ白な岩肌がどこまでも続く。ここは人を寄せつけない霊山なのだ。

散策路をたくさんの観光客がキャッキャウフフと行き過ぎていく。

まいったな。霊山なのに賑やかでぜんぜん怖くない。本当に恐山の姉妹山なのだろうか。草津温泉のまちがいではなかろうか。快晴のうえの風は涼しく、最高の登山日和。作例撮りもはかどる。謎の物足りなさをおぼえつつ、白い岩肌の火口原に下りる。散策路から特に遮るものなく、そのまま火口原に歩いて行ける。遠くに白い煙が幾筋も見える。

さすがにあれは危ないよな。

しかし、立ち入り禁止の札もロープもない。要所要所で写真を撮りながら、奥へと進んでいく。火口にぐいぐい近づいていく。恵山は活火山。そんなことを思い出しつつも、それでも歩みが止められない。前進の歯止めが効かない。硫黄臭がきつくなり、さすがにわれに返る。この日のレンズはKIPONのIBERIT 35mm F2.4だ。開放からコントラストが良好で、恵山の白い岩肌を気持ちよく描いてくれる。それだけにうかつだった。

撮った写真は白い岩肌ばかり……。

被写体である恵山に近づきすぎた。山を登ったら山は撮れない。「アジアンMFレンズ・ベストセクション」の掲載カットが一枚だけとは言え、白い岩肌だけでは心許ない。もう少しバリエーションがほしい。

恵山岬灯台に向かう。恵山から国道を反時計回りにぐるりとまわる。刻々と日が傾く。現地に着くと、カメラを提げて早足で灯台に向かう。緑で覆われた岬に白亜の灯台が建つ。背後の山から西日が射し、ちょうどいいタイミングだ。ファインダーを覗いたままぐいぐい近づいていく。IBERIT 35mm F2.4でバシバシ撮っていく。でも、広角といっても所詮は35mm。写し込める領域には限界がある。

灯台に近づいたら灯台全身は撮れない。

気がつくと、太陽は山の向こうに隠れてしまった。灯台の根元に立ち尽くし、白い塔の先端を見上げる。恵山岬灯台は第3等大型フレネル式のレンズがはまっているという。マウントアダプターで……という荒唐無稽な妄想に乾杯。



α7 IV + IBERIT 35mm F2.4
絞り優先AE F4 1/2500秒 ISO100 AWB RAW
恵山の火口原に下り、白煙の近くまで歩いてきた。白い岩肌を撮りたいのか、白煙か、それとも噴出口のレモン色の岩か。近づきすぎて目的を見失う。


α7 IV + IBERIT 35mm F2.4
絞り優先AE F2.4 1/1600秒 +0.7EV ISO100 AWB RAW
単体で恵山岬灯台を撮ってもナンなんで、隣接する無線方位信号所越しに灯台を捉える。がんばって工夫してみました感が出過ぎた。


α7 IV + IBERIT 35mm F2.4
絞り優先AE F2.4 1/1600秒 +0.7EV ISO100 AWB RAW
傾く陽が番屋をオレンジに染めていた。被写体が何であれ、この熱っぽい光だけで白飯三杯いける。開放でこの明暗差はわるくない。


α7 IV + IBERIT 35mm F2.4
絞り優先AE F2.4 1/1000秒 ISO100 AWB RAW
年季の入った堤防に若者が佇む。シルエットと化したその姿が夕景に映える。若者のナルシズムはいい。われわれおっさんではこうはいかない。


<関連サイト>
新東京物産 KIPON
https://www.tokyotrading.jp/products/kipon-camera-lens/

 


<関連書籍>


アジアンMFレンズ・ベストセレクション

 
コンテンツ記事関連商品

<プロフィール>


澤村 徹(さわむら てつ)
1968年生まれ。法政大学経済学部卒業。オールドレンズ撮影、デジカメドレスアップ、デジタル赤外線写真など、こだわり派向けのカメラホビーを得意とする。2008年より写真家活動を開始し、デジタル赤外線写真、オールドレンズ撮影にて作品を制作。近著は玄光社「アジアンMFレンズ・ベストセレクション」「オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド」、ホビージャパン「デジタル赤外線写真マスターブック」他多数。

 

<著書>


アジアンMFレンズ・ベストセレクション



オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド



ソニーα7 シリーズではじめるオールドレンズライフ