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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
公開日:2024/05/30

Vol.26 Leitz Hektor 7.3cm F1.9 「踊らない空」

南雲暁彦
Leitz Hektor 7.3cm F1.9 は、1931年から7225本だけが製造されたと言われる大口径中望遠レンズだ。2枚貼り合わせのレンズを3群とする3群6枚のレンズ構成で、F1.9の大口径レンズとしてはコンパクトなサイズながらその重量は460gにもなる。フィルム時代のオリンパスOM-1ボディ(初期型)が490gなので、それとほぼ同じ。似たような見た目のELMAR 90mm F4トリプレットが300g、第3世代など270gしかないので、そのつもりで手に取るとちょっと驚く。


 
このぐらいの焦点距離はじっと空間を見つめた時の、少し狭まった視野に近い。自分の視点がそのまま写真になるような感じだ、その感覚でストリートスナップをしてみようと思う。




最初の気持ち

毎年楽しみにしているとある写真塾の写真展に出向き、解説を聴きながら館内を回った。バリエーションに富んでいて、自由で、真剣に楽しんでいる作品が並んでいる。写真を楽しんでいる人がたくさんいると思うとなんだか嬉しくなってきて、自分もまたぐっとカメラを握りしめた。


Leica M10-P +Hektor 7.3cm f1.9(以下同)
1/500秒 F5.6  ISO200



1/120秒 F11  ISO200

このレンズは絞りリングにクリックがないので、どのぐらい絞ったかが非常にわかりづらい。また焦点距離73mmの画角もレンジファインダーだと正確にはわからないので、どちらも「まあこのぐらい」で撮っていく。画角はライブビューで見ればしっかりわかるが、やはり撮影スタイルがあまりよろしくないので「街中でかっこよくライカでスナップする構え」の時には痩せ我慢をしながらカッコつけてレンジファインダーを覗いて撮るのである。

晴れたコントラストの高い光の中を順光で撮っている時には、その描写に大きな特徴は感じない。こんな時はレンズのこともカメラのことも考えず、シンプルに自分の歩いていく先にある世界に目を向け、シャッターを切る。写真を撮ること以外にはなんの意味もない行為、写真を撮ることの意味は先ほどの写真展で今一度確認した。気の赴くままに、光を、時間を、切り取っていく。これが「街中でかっこよくライカでスナップする構え」にもつながっていく。


1/900秒 F6.8  ISO640

単純に移動するために歩いていることに文化的な意味はない、だがそこで立ち止まりシャッターをきるという心の動きがほんの一瞬でも生まれるならば、それはほんの少しだけ人生を楽しんだという事なのだと思う。ただ移動するだけよりも、それは人間らしい行為なのだと思う。


1/125秒 F4.8  ISO200


1/90秒 F4.0  ISO200




風の通り道

5月初旬、急に暑くなった日の午後。湿度の高い空気と踊らない光がカメラに重い、また夏が来る。

パリッとしたワイシャツを脱ぎ捨て、さらっとした麻のシャツに袖を通すようにちょっとラフに撮るスタイルに切り替えて、踊らない光の代わりにこちらがカメラに風を送り込み動きを誘発する。目とファインダーを切り離し、レンズと脳を感覚で繋いだ。
フォーカスというネクタイを緩め、構図という折り目を周辺視野のようにぼかしていく。


1/3000秒 F2.8  ISO25000

自由になったシャッター音が静かに、そして連続的に風に乗って伝わってくる。


1/750秒 F1.9  ISO200


1/3000秒 F1.9  ISO1250

飯田橋駅のホームから目の前を通り過ぎていく中央線快速の窓越しに撮る。こうなるだろ、と、こんなんなったか、が混ざった写真が生まれてきて面白い、偶然性がとても写真的である。電車が通り過ぎた後には答え合わせのようにCANAL CAFEが現れる。


1/1500秒 F1.9  ISO200


1/350秒 F1.9  ISO200

最短撮影距離は約1.5m (指標は1.5mまで)なので大きなボケを作ることはできないが、芯のある不思議な描写を楽しむことはできる。そしてハイライトはかなり滲む。
Leitz Hektor 7.3cm F1.9は個体差が大きいらしいので、この写真も「こういう傾向」ぐらいに思っていた方が良いかもしれない。


1/500秒 F6.8  ISO200

晴れた空とコントラスの強い光があってもこの個体は立体的な描写はしない。トリプレットエルマーとは対照的だと感じた。

空を仰ぐ僕の頭上を風が吹き抜けていく。やはりこの写真には意味などない、だが撮ることには何かがある、そう思えばいい。


1/500秒 F6.8  ISO200



Leitz Hektor 7.3cm F1.9 を、今回の撮影では望遠系や広角系ではよく登場するライカ SL2-Sに装着して使うことがなかった。理由としては75mmまではレンジファインダーで撮れる画角だと思っているし、フォーカスもフレーミングもかっちり決めて使うようなレンズに感じなかったからだ。おかげ少し自分の殻を壊すことができたような気もする。
もう一つの理由としてはポートレートに使わなかったからだ、これは正直ちょっとやり残した感がなくもない。機会があったらこのレンズで人物を撮ってみたいと思う。



コーティングは、ノンコートなので明るいところでレンズを覗き込んでも白く反射してなかなか絞りを見ることができないが、12枚でこういう形をしている。綺麗な円形だが、ボケ味で勝負するレンズだとは思わなかった。最大の特徴はハイライトの滲みだというのは共通の認識だろう。僕としては芯の残るアウトフォーカスでの絵作りも面白いと思った。


 





再会

相変わらず踊らない光の中でカラスが二羽踊っていた。ぼーっとしていても何かしら兆しのようなものが現れて、写真を撮れと言ってくる。


1/1500秒 F2.4  ISO1000


1/1500秒 F2.4  ISO12500

いつも帰りで使う長岡造形大学のバス停にて、そんなふうにシャッターを切りながら待つ。やっと来たバスに乗り込もうとしたら

「あの、南雲先生ですか!」と声をかけられた。

5年前に講義をした学生だった。印象深い質問をしてきた学生だったので直ぐに思い出す。

「おー、久しぶり、おぼえてるよ。モノクロ写真について話をしたよね」

「はい、お久しぶりです」

いまは大学院生とのこと、立ち振る舞いが随分大人っぽくなったなあと思う。

「あの時の君の、この作品はなんでモノクロ写真なんですかっていう質問から僕なりに定義をまとめてnoteにアップしたんだよ、先週同じ質問が学生から出たのでそれを見せたとこなんだ。」

「なんと、奇遇ですね」

同じバスに乗って駅まで、いろんな事を話しながら帰った。

毎回毎回遠いなあ、と思いながらなんとかここまでやって来るが、こういう再会が待っていると来て良かったとおもう。いまは就活中とのこと、来年は東京の現場で会えるのかもしれない。楽しみがまた一つ増えた。


1/2000秒 F1.9  ISO10000




揺らぐ光


1/90秒 F2.8  ISO200

打ち合わせで来ていた京橋から日本橋まで歩く、たまにあの麒麟が見たくなるのだ。もうだいぶ暗くなっていたがせっかくの明るいレンズだし、とカメラを鞄から出してファインダーをのぞいた。


1/90秒 F1.9  ISO1250


1/90秒 F4.8  ISO1250


1/90秒 F2.8  ISO640

全然シャープでも無いし、開放での描写は滲みがすごい。それでもf1.9は大きな武器で、こんな暗い時間帯に黒い被写体を撮ってみようという気にさせるものだ。
オールドレンズの面白さはこういうデジタルっぽさを覆い尽くす揺らぎの部分が大きい。デジタル処理でやれることでもあるが、そんな面倒なことをするよりオートマチックにそのレンズの個性として時が磨いたフィルターをかけられるのだからありがたい話だ。


1/60秒 F2.4  ISO1000

ただしそれは撮影技術や知識の不足から生まれた露出ミスやブレぼけとは違って、しっかりと使ってちゃんと撮った上で出てくる味だ。フィルムもそうだ、めちゃくちゃに写ったフィルムを持ってこられて、フィルムって面白いですねとか言われるとちょっと悲しくなる。
まあそういう時代に入ったのだろう。


1/60秒 F1.9  ISO4000


1/60秒 F3.4  ISO12500


1/90秒 F1.9  ISO32000

夜のお散歩にこのレンズを持って出かけ、自分の見つめた空間を切り取っていくのもいいだろう。現行アポズミクロンM 75mmと比べて「揺らぎ量73%増し」といった感じだ。雰囲気が欲しければこっちを選ぶといい。




車窓から

1週間が飛ぶように過ぎていく。気がつくとまた長岡に来ていた。
講義終わりに、ひょこっと懐かしい顔がスタジオを覗く。一昨年の教え子だった。

「お久しぶりです」

「おー、久しぶり!元気か」

「やっぱり、、写真が1番たのしくて」

近況報告、質問、課題の相談。校舎の片隅で二年ぶりの講義。真剣に話して、真剣に受け取る。

「先生、バスの時間大丈夫ですか」

「うん、そろそろ行くよ」

「こっちがバス停までの近道です、ちょっとですけど」

「へー、ありがとう。」

教えられた出口から校舎を出て、バス停に向かった。


1/1350秒 F4.8  ISO250

東京へ向かう新幹線の車窓から外を見ながら、今日も来て良かったなと思う。ヘクトールが柔らかく、そんな僕の心情を滲ませた。


1/350秒 F1.9  ISO1000


1/750秒 F5.6  ISO200



課題、頑張れよ。
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<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


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note

 

<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
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