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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
写真家 南雲暁彦が、様々なレンズを通して光と時間を見つめるフォトエッセイ
「僕にとって写真はそのままを記録するという事ではない。そこには個性的なレンズが介在し、自らの想いとともに目の前の事象を表現に変えていく。ここではそんなレンズ達を通して感じた表現の話をして行きたいと思う」
公開日:2024/04/30

Vol.25 Leitz Summaron 3.5cm F3.5 (Mマウント)「華」

南雲暁彦

Leitz Summaron 3.5cm F3.5


Leitz Summaron 3.5cm F3.5 1946年から1960年まで制作された中口径の標準的な35mmレンズである。この個体はMマウントの後期型で、M10-Pに付けることが前提の僕としてはとてもありがたい仕様だ。一目でオールドとわかるこの時代のデザインは機能的にも視覚的にも素晴らしいものだと思う。正直、写りがどうだこうだの前にこの時代のレンズをつけて撮影するスタイルを楽しむということの方が刺激として強い。ほぼ同じ時代のマセラティTipo61のミニチュアを一緒に置いて撮ってみた、うーむ、残るデザインはかくあるべし。

さて、ちゃんとやれと怒られる前にしっかり撮っていこう。




聖地巡礼

早朝からの撮影の後、アシスタントをしてくれたFと一緒にうどんをすすりながら銀座の数寄屋橋交差点を覗き込んだ。へー、こんなふうに見える場所があるんだ、東京は本当に複雑だわ。などと言いながら腹を満たす。Fが取り出した最新型のiPhone 15 pro Maxに対抗すべく、iPhoneでは勝てないのでズマロンのついたM10-Pを取り出した。ガッチリと絞ってその視野の全てを捉えるようにシャッターをきる。スマホが難なくこなすこともこっちは必死だったりするのだが。こっちには撮影の美学が云々、と頭の中で負け惜しみをこぼす。

でもまあ、写真っぽい写真が気持ち良い。線の太い描写はカラーネガの同時プリントのような感じがしなくもない。


Leica M10-P + Summaron 3.5cm f3.5 (以下同)
1/45秒 F11  ISO1000


「明日は写真のワークショップの日なんだよね、夕方から。」

「どこに行くんですか」

「レインボーブリッジの遊歩道、あの撮影の聖地巡礼」

「もはや懐かしいですね」

2020年にライカSL2-Sのローンチに合わせて制作した「Lens of Tokyo東京恋図」という作品のメイン舞台になった場所で、それ以来僕の中ではレインボーブリッジの遊歩道は聖地となっている。その作品制作の時もFは手伝ってくれていたのだった。
あれは華のある仕事だった。

プライベートでやっているワークショップのロケ地には必ず使う場所で、もう何度行ったのかわからないが全然飽きないのでワークショップをやりながらも自分の作品も撮っているのだ。

次の日の夕方、橋のたもとの駐車場で待ち合わせしていた受講生と合流し、アンカレッジのエレベーターを登って遊歩道に出た。


1/45秒 F6.8  ISO250

一対一なので丁寧に写真の話や、趣味の話などもしながら車がすっ飛ばしていく道の脇を歩いていく。僕はノースルートから見える風景が好きで、基本そっち側しか歩かないし、そっちの風景を見せたいのである。
金網の隙間からどんどん進化していく東京を望む、来るたびに微妙に景色が違う。
僕はズマロン一本なので撮影方法をちょいちょい変えながら自分も楽しみつつ、撮ったものを見せたりアドバイスしたりする。まあしかし、今回の受講生はかなりレベルが高い、レンズを取っ替え引っ替えしながら勝手にこの空間を前にどんどん吸収していく感じだ。
僕はM10-Pをモノクロにして、見慣れた風景とズマロンをシンクロさせていくことにした。


1/45秒 F4.0  ISO640


1/60秒 F4.0  ISO640

このレンズは少し絞るとかなり骨太な描写をするのでちょっと大胆な画面作りがはまる。
なんかこの暑苦しいモノクロの描写が気持ち良い。


1/45秒 F9.5  ISO320


1/250秒 F3.5  ISO200

絞り開放での周辺減光なかなかのものだ、そして真ん中はビシッと骨太な解像をするが周辺は甘々である。つまり普通である。どう使うかはお好みでどうぞ、これがオールドならではの楽しみだ。デジタルレンズ補正などしては勿体無いということだ。
そして、やはりこの場所が好きなことを再確認する。僕が表現したい東京を最も体現できる場所だ。


1/45秒 F4.0  ISO10000

周辺の光量が落ちて描写が甘くなるレンズはこう撮ればバシッとハマる。真ん中が浮き出てきて、何を表現したいのかが明確な写真となって撮り手に帰ってくるのだ。さて、彼もたくさんシャッターを切っていたし、そろそろ頭の中に色を取り戻して帰る準備をしよう。


1/35秒 F3.5  ISO2500


Lensgraphyを通して色々なレンズを使ってきたが、このタイプのフォーカスロックが付いていて、絞りリングもちゃんとあるタイプのレンズがオールドの雰囲気と使いやすさのバランスに長けているなあと思う。また描写力という意味では8枚玉や手磨きズミルックスの方が圧倒的に優れていると感じるが、あまりカメラに興味がない人にでも「あ、かっこいい、」と言われるのはこっちのデザインだったりする。そういう意味では華のあるレンズはこっちかもしれない。



形、風格、描写力、伝説、希少価値など、さまざま存在感でレンズは写真人を魅了する。
沼に落っこちた人の気持ちも分からないではない。ズマロンはライカのレンズとしては安価で手に入れやすい部類に入る、なかなか良いキャラクターのレンズである。


花の咲く頃

大学の講師をやるようになってから特に春を意識するようになった。ただでさえ季節がはっきりしている日本においても、桜咲き乱れ新しい出会いが待っている春はなんとも言えない期待混じりの緊張が待っている。

東京駅を出発し長岡に向かう新幹線の車窓から、シャッターを切った。みんなどんな気持ちで春を迎えているのだろうか。


1/45秒 F9.5  ISO200


1/1500秒 F6.8 ISO200

東京から1時間45分も走ると空気の質感も空の透明度も随分と変わるものだ。この空に上がる有名な長岡の花火はさぞかし綺麗なのだろう。
長岡の駅からタクシーで大学に向かう、信濃川を越えるときに「はい今から春です、ちゃんとしてください」と言われているような気になる。布団の中から春をみていたところを引っ張り出されて否応なしに春の中に入っていく感じだ。


1/250秒 F5.6  ISO200

校舎の前には大きな桜の木が立っていて、それがシンボルになっている。最初の講義の日はいつもここにカメラを向けるのがルーチンになっている。


1/60秒 F4.0  ISO200

今年2度目の講義のときにもまだ少し桜が残っていて、吸い寄せられるように近づいてシャッターを切った。曇り空の中でもズマロンの骨太な描写はシンプルに僕の意志に応えて空間を表現する、明るく撮っても枝ぶりが濃い。

さて、授業に行くとしよう。


1/125秒 F4.0  ISO200


90分2本の講義を終え、ヘトヘトで帰る準備をしていると一昨年の教え子が講義をしていたスタジオにふわっと入ってきた。真っ白なワンピースと笑顔、その瞬間周りが見えなくなるぐらいその一点が明るくなって、こちらも明るい気持ちになる。
一昨年の授業が楽しくて写真に目覚め、フォトグラファー志望になった学生だ。いや学生ながらにしてもう撮影の仕事をこなしている。去年から僕が来る月曜日にはちょくちょく顔を見せにきてくれるのだ。それにしても見事に場の雰囲気を明るくしてくれた。これを「華がある」という。

あまりにも印象的だったので、帰りのバスの時間まで少し撮らせてもらうことになった。桜のところで、と言うので来たときに撮った桜の方に歩いていくと、

「そっちですか?」

「え、他に桜あったっけ」

「今綺麗なのはこっちですよ」

少し離れたところの牡丹桜が満開だった。いや失礼した、
すまんすまんと踵を返してそちらに向かう。


1/180秒 F4.8  ISO200

彼女は人を撮る仕事をしていて、撮ることもさることながら撮られることにも慣れている。自分からスッと立ち位置に入っていって、最初から決まっていたかのような完成された空間が出来上がった。さすがである。


1/90秒 F16 ISO1000


1/350秒 F3.5  ISO200

「今日はどんなレンズなんですか」

「今日はね、ズマロン 35mm。ライカのレンズは寄れないんだよね。」

「ズマロン?なんで寄れないんですか」
機材の話や光の話など、撮りながらもそんな会話が続く。これもなかなか面白いことだ。

正直この場でレンズを選べるとしたらズマロンは選ばなかったと思う。逆にいつも自分が作らないアングルが新鮮に感じたし、まあ、この際機材ではない。この時間は撮ることになっていた時間だ。今日はこれでいい。レンズなどなんでも使いこなせば良いのだ。
と頑張って撮影したが

「今度はポートレートレンズを持ってこようかな」と最後に本音が漏れた。

「じゃあ来週も可愛い服を着てきます」と、嬉しい返事。

撮影時間は10分ほどだったろうか、予期せぬセッションができて今回のLensgraphyに華ができた、ズマロンも本望だったろう。




1/350秒 F3.5  ISO200

さて、来週はもう春ではない。

 
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<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


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<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
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