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旅するオールドレンズ

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旅するオールドレンズ
澄んだ鏡面を見ているだけで、オールドレンズは旅愁を誘う。
見知らぬ街を、このレンズはどう写すだろう。あの空、あの建物、そしてこの空気感を、どう表現してくれるだろう。4名の写真家がお気に入りのオールドレンズを携え、それぞれの旅に出た。
公開日:2013/07/16

うさぎと毒ガス 澤村 徹×大久野島

photo & text 澤村 徹
大久野島はうさぎの楽園だ。
外周4キロの小さな島に、野生のうさぎが300羽ほど棲んでいる。
そのためうさぎ島と呼ばれることもしばしばだ。
しかし、大久野島にはもうひとつの顔がある。
毒ガス島、それがこの島の別称だ。



山道の突き当たりに、監視所跡が待ち構えている。サーチライトで海峡を照らすための設備だ。この先に探照灯が格納されていた。
OLYMPUS PEN E-P3 + Speed Anastigmat 25mmF1.5 絞り優先AE f2.8 1/125秒 −1.7EV ISO200 AWB RAW

汚染された土地ー。その行く末を知りたくて、広島県大久野島を訪れた。周囲わずか4キロほどの大久野島は、瀬戸内海国立公園のなかにあり、島全体が国民休暇村になっている。野生のうさぎが300羽ほどたわむれ、うさぎ島の愛称で親しまれている島だ。

のどかなレジャーアイランド、現在の大久野島は観光地以外の何ものでもない。ただし、それは見方を変えると、観光客と国民休暇村の従業員しかいないということだ。立ち入ることはできるが、誰も住まない島。それが大久野島の姿である。
第二次世界大戦中、大久野島は地図からその名が消えた。ジュネーブ条約で禁止されていた毒ガスを、旧陸軍がこの島で製造していたからだ。毒ガス製造はそれこそ国家最高機密である。

大久野島の毒ガス工場では、びらん性のイペリットガスをはじめ、ルイサイトや青酸が製造され、それらは主にアジア圏の戦地で使用されたという。戦地での大量殺戮はいうまでもないが、毒ガスの猛威は製造工場の工員、そして島の自然体系にも及ぶ。毒素が深く染み込んだこの土地は、終戦後も国民休暇村がオープンする1963年まで、およそ二十年にわたって一般人の立ち入りが禁じられていた。そして現在でも、島には立ち入り禁止の場所がある。その理由は、いまさら問うまでもないだろう。
戦後、大久野島は長きにわたって封印されていた土地だ。そのため至る所に戦争遺跡が点在する。毒ガス工場、貯蔵庫、砲台、発電所など、海岸や山を散策していると、前触れもなく暗い建物が立ちはだかる。それらは過去の亡霊か、それとも未来の墓標なのか。倫理を忘れたテクノロジーは、無慈悲な神よりも残忍だ。爪痕はどこまでも深く、けっして癒えることはない。
遺跡のまわりをうさぎが駆ける。崩れたコンクリートを樹木が覆う。自然の寛容さにわたしたちは、いつまで甘えられるだろう。


海岸線にそびえる毒ガス貯蔵庫。イペリットとルイサイトが貯蔵されていた。内壁が煤けているのは、戦後、毒ガスを処分する際に火炎放射器で焼却したためだ。
OLYMPUS PEN E-P3 + Speed Anastigmat 25mmF1.5 絞り優先AE f5.6 1/160秒 −1.3EV ISO200 AWB RAW



山側から俯瞰すると、北部砲台の司令塔が見つかった。ここにアクセスする山道はなく、深い森に覆われている。
PENTAX Q + P.Angenieux Paris 35mmF1.8 Type Y32 絞り優先AE f2.8 1/640秒 −1EV ISO125 AWB RAW



島内の毒ガス資料館に、毒ガス製造器具が展示してある。
野ウサギのかっこうの遊び場になっていた。
OLYMPUS PEN E-P3 + Speed Anastigmat 25mmF1.5
絞り優先AE f2.8 1/60秒 −1EV ISO200 AWB RAW



戦時中に使われていた古い桟橋が、エメラルドグリーンの海に沈む。美しい自然をもってしても、暗い歴史は洗い流せない。
OLYMPUS PEN E-P3 + Speed Anastigmat 25mmF1.5
絞り優先AE f4 1/640秒 +1EV ISO200 AWB RAW


毒ガス島の遺跡群をあえて軟調レンズで


E-P3は標準画角担当、ペンタックスQは望遠域を担当させた。ミラーレス機の登場により、こうした2台体制も軽量なスタイルで構成できる。つくづくいい時代になったと思う。
撮影旅行は電車か飛行機を使うことが多い。BRIEFINGのカメラバッグに機材一式とノートパソコンを詰め、目的地まで移動する。スーツケースには着替えと三脚を収納している。
目的地に着いたらDOMKEのF-3xBBに必要な機材だけを詰める。たいていボディ2台、レンズ2〜3本で撮りに出かける。F-3xBBはクッションが薄いものの、見た目よりも収納力がある。

【使用機材リスト】
カメラ:OLYMPUS PEN E-P3
レンズ:Dallmeyer Speed Anastigmat 25mmF1.5
マウントアダプター:RJ Camera muk C-MFT RJ(muk select)
セットアップ02
カメラ:PENTAX Q
レンズ:Angenieux P.Angenieux Paris 35mmF1.8 Type Y32
マウントアダプター:Rayqual D-PTX/Q(Rayqual)

戦争遺跡という被写体は、一般的にはコントラストの強いレンズが適しているだろう。刺すような日射しの下、ややアンダー目に撮れば、戦争遺跡の迫力や不気味さをうまく表現できる。しかし今回は、あえて軟調レンズを2本選んでみた。現在の遺跡をストレートにとらえるのではなく、時間の積層を重ね合わせ、過去が現在を照射するような画を撮りたかったからだ。
スピードアナスティグマットの浮遊感のある周辺描写、アンジェニューのやわらかいトーン。こうした朧気な表現が、リアリティ・プラスアルファの画を生み出す。被写体に何らかの思いを託したいとき、オールドレンズは撮影者の気持ちに寄り添い、その目的を果たしてくれる。
大久野島滞在中、残念なことに曇天つづきだった。軟調レンズはただでさえコントラストが低いので、光量の乏しい曇天は、あまり期待できない撮影条件だ。しかし写真を見返すと、曇天下のフラットな画はどこか絵画的で、被写体の本質を抽象化できたように思える。個性派ぞろいのオールドレンズは、よくもわるくも予想外の化学反応を生む。うまくハンドリングできたときの快感も、オールドレンズならではの楽しみといえるだろう。


旅先:広島県大久野島


大久野島は、対岸の忠海からフェリーもしくは客船で渡ることができる。所要時間は15分程度で、1時間に1〜2本の便がある。外周約4キロの小さな島で、散策するだけなら1時間もあれば島を1周できるだろう。

<プロフィール>


澤村 徹(さわむら てつ)
1968年生まれ。法政大学経済学部卒業。オールドレンズ撮影、デジカメドレスアップ、デジタル赤外線写真など、こだわり派向けのカメラホビーを得意とする。2008年より写真家活動を開始し、デジタル赤外線写真、オールドレンズ撮影にて作品を制作。近著は玄光社「アジアンMFレンズ・ベストセレクション」「オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド」、ホビージャパン「デジタル赤外線写真マスターブック」他多数。

 

<著書>


アジアンMFレンズ・ベストセレクション



オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド



ソニーα7 シリーズではじめるオールドレンズライフ