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さようなら東京

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さようなら東京
2度目の五輪を控え、東京は変革のときを迎えている。とりわけ大きく姿を変えつつあるのが、いわゆる下町といわれる23区の東側だ。懐かしさと新しさが交差するエリアを、写真家・鹿野貴司が記録する。
公開日:2019/02/20

【其の四】ここは只今昭和93年「北千住あたり」

photo & text 鹿野貴司
 

変貌著しい東京のメソポタミア

広い足立区の南端には北を荒川、南を区境である隅田川に挟まれた細い土地が続く。こういう土地を何というのかなと考えていたら、ギリシャ語で「川の間の土地」を指すのがメソポタミアだと、中学か高校で習ったのを思い出した。つまりここは東京のメソポタミア。その中心といえるのが北千住だ。あまり知られていないが、北千住駅は世界第6位の乗降者数を誇る。まあ1位から5位も日本なのだが、ともあれ凄い数字である。

前回(【其の三】「江東区森下あたり」)も少し書いたが、僕は北千住からみて隅田川を挟んだ対岸に10年ほど住んでいた。しかし都心と反対の方向は気分的に遠く感じるもので、便利な町なのに足を向けることが少なかった。それでも何かの拍子に自転車でうろうろすることがあり、僕がガキンチョだった昭和50年代の空気をそこかしこに感じていた。いつかじっくり撮ってみたいという気持ちもあり、今回は北千住とその周辺を歩いてみた。

落語の寄席では「北は北千住から南は南千住まで」というギャグを時折耳にするが(これで笑うのはシロウトらしい)、たしかに北千住といえばヤンキーや酔っぱらいが多いとか、今話題の駅名になぞらえれば北関東ゲートウェイだとか、垢抜けないイメージが強かった。それが最近は「住んでみたい町ランキング」の上位常連なのだ。大学のキャンパスがいくつも新設されたせいか、駅に降り立つと、記憶にある北千住と雰囲気が明らかに違うのを感じた。東京のメソポタミアには大きな変革の波が訪れているようだ。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F5.6 1/100 ISO400 WB:オート

西口ロータリーから有名な「天七」と「千住の永見」を抜けると、おしゃれな飲み屋から熟女パブまでひたすら飲み屋が連なる。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F8 1/320 ISO100 WB:日陰

その先にはJR常磐線と東武伊勢崎線のダブルパンチによる開かずの踏切が。地上には地下鉄日比谷線とつくばエクスプレス、地下には地下鉄千代田線が通るため、たぶん半永久的に開かずのままと思われる。
 

かつての千住宿に商店街の栄枯盛衰をみる

旧日光街道である宿場町通り商店街を歩いていると、一軒だけ時代に取り残されたような、昔ながらの商家が目についた。店先には少しばかりの婦人服とバッグが並んでいる。中を覗くと、土間に昔ながらの西洋風な顔立ちのマネキンが立っていた。脇にいた主人と目が合ったので、中へ入って挨拶をした。このファーストコンタクトが写真家には大切だ。

創業は元治元年(1864)、新撰組が池田屋を襲撃した年。そこから数えて主人で4代目だそうだ。建物は今年でちょうど築100年。材木屋へ奉公した経験のある先代が、かなりこだわって建てたという。「総工費が1万円だよ。1万円」と主人は誇らしげだった。現在の貨幣価値で5000万円くらいらしいが、今これだけの木造建築を建てようとしたら億は下らないだろう。

店内は天井がひときわ高く、棚に大量の毛糸が几帳面に収められていた。今は毛糸と婦人服を売っているが、昔は足立区内に工場を持ち、反物や布団で相当な商いがあったそうだ。そんな話の後、4代目は向かいのコンビニを指し、「ああいう店ができたからタバコ屋も酒屋もみんななくなっちまって、今じゃ飲み屋ばっかり。買い物に来る人がいねえんだから、こんなとこで店をやってたって誰も来やしないよ」。その言葉の奥には、他がぜんぶ店じまいしたって俺は商いはやめないよ、という意地も垣間見えた。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F1.4 1/125 ISO100 WB:太陽光

顔のあるマネキンを久しぶりに見た気がする。4代目にいつのものか尋ねると「40年か50年前かなぁ」。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F8 1/640 ISO100 WB:オート

駅を離れたところにもいくつか商店街があるが、空き店舗が多い。住みたい町へと変わっていくことは、寂しさと引き換えなのかもしれない。
 
朝からメソポタミアな北千住を歩き、昼飯どきになった。ここは北千住らしい店に入りたい。そう考えていたら、千住大門商店街の双子鮨に行きあたった。外観は何度も撮ったが、中に入ったことはない。入口を見るとお品書きは目新しく、中から賑やかな話し声も聞こえる。意を決して戸を開けると、中は案外小奇麗だった。カウンターに座り、600円のネギトロ丼を頼む。常連客としゃべっているのは主人と女将、板場にいるのはその息子さんだろうか。ネギトロ丼はボリューム満点、そして魚の出汁が効いた味噌汁も付いてきた。

居合わせた常連客は、50年前茨城からこのあたりへ越してきたというお母さんと、当時2歳だったという娘さんの常連さん母娘。今は茨城に戻ったが、時々ここへ来るという。営業を続けているお店が多い千住大門商店街だが「昔はもう人混みがすごくて、まっすぐ歩けなかったのよ」とお母さん。そして商店街の名が示す通り、それ以前は商店街の北側に遊郭が広がっていた。整然とした区割りこそ当時のままだが、もはやその名残りを見つけることは難しかった。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F5.6 1/60 ISO100 WB:オート

双子鮨の外観はかなり年季が入っている。店を出て写真を撮っていると、居合わせた常連のお母さんが「繁盛してるんだし、建て替えたら?ってみんな言うんだけど、大将はこの建物に愛着があるみたいなのよ」と教えてくれた。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F1.6 1/800 ISO100 WB:オート

都内では野良猫がだいぶ減り、猫の町といわれた谷中でも目に見えて数が減っている。しかし北千住界隈はとにかく多い。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F8 1/60 ISO200 WB:オート

その結果がこれである(笑)。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F3.5 1/60 ISO100 WB:太陽光

元商店らしき家屋の軒先で、犬と猫が仲良く日向ぼっこ。お母さんに聞くと、鶏肉屋をちょっと前まで営んでいたという。猫はもともと店の裏に居着いた野良で、すでに10年以上経つそうだ。
 

人知れず創作に打ち込む北千住の巨匠

北千住といえば、何度か前を通った謎だらけのタバコ屋がある。角に面したその店は、なぜか前に赤いカラーコーンがびっしりと並んでいるのだ。久しぶりのその姿を確かめに行くと、やはりそこは異空間のままだった。外に大きな鳥カゴが置かれ、中には珍しそうな鳥がいた。カメラを持って近付くと、箒を持った仙人のような男性と目が合う。タバコ屋の主人だった。鳥はペットショップで30万円で購入したが、ワシントン条約で新たに飼うことはできないそうだ。「鳥はいいぞ。散歩はいらないし、エサは安い」と熱く語っていたが、この鳥の種類を聞くと「忘れた」。主人は僕が写真家だと知ると「写真家なら猫を撮れ。そして写真集を出して名前を世に知らしめろ」。そこは鳥じゃないの?とツッコミたかったが、とりあえず北千住の猫はいっぱい撮った。写真集は僕も3冊出しているけれど、出すのも大変だし、なかなか売れないんですよ(笑)。

それから数日後。僕は鳥の写真をプリントして、再びタバコ屋を訪ねた。主人は礼を述べてプリントを受け取ると、店の中へと僕を手招きした。これを見ろといわれた写真には、雪が積もる荒川土手を上半身裸でランニングする若き日の主人が写っていた。過去に何人かの写真家が主人を追いかけていたそうで、そのひとりが撮影したという。ランニングは今でも毎日欠かさないそうだ。たしかにこの強烈なキャラ、密着撮影してみたい気はする。まとめるのが難しそうだけど。

それより驚いたのは無造作に飾られた数々のアート作品だ。絵画、彫刻、人形、模型、すべて主人の作品だという。本格的に美術を学んだ経験はないというものの、いずれの作品もクオリティーが高い。聞けば春日部に大きなアトリエを持っており、弟子も何人かいるらしい。一方で作品を発表したり売るつもりもないという。そう聞いて、数年前に日本でも話題になった謎のアマチュア写真家、ヴィヴィアン・マイヤーを思い出した。この主人、写真より動画で追いかけたらおもしろいのかも。

創作活動の一方で主人が力を入れていたのは交通安全運動だ。店の前は細い路地と路地が交差しているのだが、近くに町工場が多いせいかトラックやバンが行き交う。そこで夕方には角に立ち、ボディランゲージで下校する小学生を車から守っている……ということが、飾ってある写真と地元警察署からの表彰状でわかった。これで大量のカラーコーンの謎が解けた。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F2 1/100 ISO800 WB:オート

自分の写真をいっぱい飾っている主人だが、僕がカメラを向けるとまさかの撮影NG。しかし飾ってある写真はどんどん撮れというので、一番本人らしいものを撮った。高野山で3年間修行したときの写真だという。手前にあるカエルの石像も主人の作品だ。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F2 1/640 ISO100 WB:オート

主人の愛鳥。住所と電話番号をしゃべるので、逃げても大丈夫だそうだ。

毛糸屋の4代目は商店街からタバコ屋がなくなったと嘆いていたが、実際のところ北千住界隈の路地を歩いていると、目に入るのはタバコ屋である。カラーコーンの主人は「客は減ったよ。今は吸う人間も少ないし、吸うならコンビニで買うだろ」というが、しぶとくタバコ屋は存在している。北千住の喫煙率も高そうだし、そういう点も含めてメソポタミアなこの町にはまだ昭和が残っているのだと思う。しかし駅周辺では再開発が進み、飲み屋が並ぶ通りの横ではタワーマンションの建設が進む。このあたりはようやく昭和が終わり、平成を飛び越えて一気に次の時代が来るのかもしれない。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F8 1/125 ISO100 WB:オート

タバコ屋のある風景、その1。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F4 1/160 ISO100 WB:オート

タバコ屋のある風景、その2。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F8 1/125 ISO100 WB:オート

再開発の進んだ東口をさらに進むと、弧を描く道に囲まれた柳原の町が。道の正体は古隅田川の名残り。弧の中には迷路のような路地と小さな商店街、そして柳原千草園という公園がある。
 

キヤノンEOS 5D MarkIV + シグマ40mmF1.4 DG HSM | Art
F2.8 1/400 ISO100 WB:オート

柳原をさらに東へ進むと、荒川の土手に出る。「3年B組金八先生」のオープニングに登場するあの土手だ。あいにくこの日はジョギングする金髪女性はいなかった。
 

今回の町「北千住」




 
鹿野貴司(しかの たかし)

1974年東京都生まれ。多摩美術大学映像コース卒業。さまざまな職業を経て、フリーの写真家に。広告や雑誌の撮影を手掛けるほか、ドキュメンタリー作品を制作している。日本大学芸術学部写真学科や埼玉県立芸術総合高等学校で非常勤講師も務める。
写真集『日本一小さな町の写真館 山梨県早川町』(平凡社)ほか。

ウェブサイト:http://www.tokyo-03.jp/
Twitter:@ShikanoTakashi