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ミラーレス機で紡ぐオールドレンズ・ストーリー

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ミラーレス機で紡ぐオールドレンズ・ストーリー
なぜ、オールドレンズに惹かれるのだろう。
描写性能を求めるのであれば、先進技術を駆使した現行レンズに勝るものはない。そうとわかっていても、オールドレンズに魅せられてしまう。レトロに撮れるから。古今東西の名レンズがそろっているから。
どれだけ理由を並べても、その魅力の核心にはたどり着けない。
なぜならオールドレンズは、主観抜きに語れないからだ。
ファーストショットの感動、フィルムカメラへの思い、傑作をものにした感触。
そのレンズと時間をともにした者だけが抱く、思い入れの数々。
それこそが、いまあえてオールドレンズを使う真の理由を物語る。
写真家5名が紡ぐ、オールドレンズ・ストーリーをご覧あれ。
公開日:2012/09/25

銀の3本のニッコール Olympus PEN E-P1+Nikkorレンズ

photo & text 飯田 鉄

古いタイプの大口径望遠レンズだが、色彩に立体的な厚みを感じさせる撮影結果が得られる。
Olympus PEN E-P1+Nikkor-P・C 8.5cmF2 絞り優先AE f8 ISO100 JPEG

レンズの精密さを感じさせる
白くまばゆいニッコールレンズ

最近、オールドニッコールという言い方がよくされる。文字通り、古い時代のニッコールレンズを指す言葉だろうが、いささかその範囲は漠然としていてつかみ難い。これまで眼にする限りでは、おおよそFマウントニッコールオートの頃の一眼レフ用レンズを称している場合が多いようだが、私のように古いニコンファンにとっては、オールドニッコールというと、もうひとつ時代をさかのぼって欲しい気がしないでもない。それは距離計連動式ニコンS系カメラの時代に作られていたニッコールレンズ群だ。さらに個人的な好みを付け加えれば、真鍮に銀色のクロームメッキが施された、ずしりと重い1950年代中頃までのニッコールが好きだ。なんとも白くまばゆい鏡胴の印象は、レンズの精密感を一段と増しているような気にさせてくれる。それ以降に作られている黒塗りの軽合金鏡胴ニッコールレンズは、確かに軽くて便利ではあるけれど、光学製品の緻密な質量を象徴するにはどこか物足りない。


このレンズの絞り開放のふんわりしたフレアーのある描写は、個人的にはとても好ましい。
Olympus PEN E-P1+Nikkor-S・C 5cmF1.4 絞り優先AE f1.4 ISO400 JPEG

ニッコールというブランド名は古く、すでに第二次世界大戦前の1931年ごろから使われ、1932年には商標登録もされているという。したがってもう80年近くの歴史を持つブランドである。戦前の日本光学(現ニコン)製の民生用写真レンズで有名なのはハンザキヤノンのために作られた50ミリのニッコールレンズだが、この時代はまだ日本の光学産業のレベルはドイツに到底追いつかず、いわば揺籃期といってもよいような時期である。この時代、日本光学では砂山角野という設計者がドイツ人ハインリッヒ・アハトの指導を受けて、ようやくひとり立ちのレンズ設計を始めている。ハンザキヤノン用のニッコールもその成果の一つであった。第一次世界大戦後にヨーロッパの一流の技術者たちが多数来日し、その技術を日本の技術者たちが精進して学び取っていったその一例ともいえるものだ。そしてその技術の継承が第二次世界大戦後の日本の工業発展の要因ともなっている。

1950年に始まった朝鮮戦争は、日本の光学産業にある意味で大きな影響を与えている。戦争の寒さと泥の中で使われたニコンカメラとニッコールレンズが一気に日本製光学機器の評価を高めたからだ。その頃大きな影響力を持っていたグラフジャーナリズムの代表ともいうべき「ライフ」誌のダンカンなど、第一線の写真家たちがたまたま手にし、朝鮮で使った日本製のレンズについて、ドイツ製のレンズに勝るとも劣らない撮影結果をもたらしたことを正当に評価、またその年暮れのニューヨーク・タイムズにはドイツ製のレンズより性能が高いという記事が掲載されている。これまで隠れていた優等生が、突然世界中に注目されたようなものである。今ではほとんど世界を制覇した感のある日本の写真レンズが、揺籃期からようやくその実力を発揮しだす時期でもあった。当時の日本光学が、決して十分とはいえない硝材や工作機械、そして検査器具で、ツアイスやライツに対抗できる製品を作り出していたことは記憶しておいてもよいことだろう。



このレンズはある程度絞り込んだほうが良い結果が得られる。f8では十分な鮮鋭度となる。
Olympus PEN E-P1+W-Nikkor 2.5cmF4 絞り優先AE f8 ISOオート JPEG

ニッコール青春期を支えた
独特の描写をする3本

ここで今回使用したオールドSマウントニッコールの印象を記してみよう。この時代のニッコールは撮影をして面白く感じるレンズが多い。代表的なのがニッコールS.C5センチF1.4のレンズだろう。最初、5センチF1.5とツアイスのゾナーと同じスペックだったレンズを、F1.4ときりの良いF値のものに改良して1950年に発売している。この明るさについては、実際はF1.5に近いという批評があり、物議をかもしたと言う。個人的に何本かのレンズを使ってきたが、個体ごとに微妙に差があるようにも感じられる。現在所有しているシルバー鏡胴のレンズは、いわゆる線の細かな描写でわたくし的に好みのレンズだ。絞り開放ではフレアーが全体にかかるけれど、解像感にゆるい印象が見られないのが気に入っている。これは今回のようにオリンパスのマイクロフォーサーズのセンサーに対しても同じように感じられてよかった。もうひとつ代表的なのがニッコールP.C8.5センチF2のレンズだろう。ツアイスの同スペックのゾナー8.5センチF2をお手本にしたといわれているレンズである。このレンズはダンカンが最初に触れたニッコールだが、稲村隆正さんなどが愛用したポートレートレンズでもある。当時のレンズとしては絞り開放時からコントラストの高い描写をするとの定評があったレンズである。逆にやや線が太い写りをするといわれることもあるが、絞り開放から十分に鮮鋭な写真が撮れる実用的なレンズだ。



E-P1ではフルサイズ換算50mmの標準レンズとなり、スナップなどに使いやすい画角だ。
Olympus PEN E-P1+W-Nikkor 2.5cmF4 絞り優先AE f8 ISOオート JPEG

もう一本は出現当時最大画角のニッコールレンズ、Wニッコール2.5センチF4だ。これもやはり、ツアイスの広角、トポゴン2.5センチF4をお手本にしている。シンプルな4群4枚、対称形のレンズ構成で、周辺光量はかなり低下するが、ペンE-P1で使う場合は周辺減光の影響をオミットして使うことになる。鏡胴の厚みが薄いため、パンケーキスタイルの標準レンズといった感じで、組み合わせとしてはかなり楽しめる。この時代、ニッコール達は、まだツアイスなどの影響を残しながらも、その性能は同じ次元に到達し、コストやスペックの多様性ではすでに乗り越えつつあるという、やがて先生を乗り越える青春期ともいえる時代のレンズだ。そしてこれから、日本の光学産業は大きく開花してゆくわけである。この時期、ニコンSマウントだけでなく、ライカL、コンタックス、エキザクタなど、他社製品に対応するマウントでもニッコールは製造されている。ちなみにニッコールを有名にしたデビット・ダグラス・ダンカンが最初に朝鮮で使ったレンズは、ライカマウントの5センチF1.5と135センチF3.5のライカLマウントニッコールといわれている。銀色の時代のニッコールである。


Olympus PEN E-P1
Nikkor-S・C 5cmF1.4
Nikkor-P・C 8.5cmF2
W-Nikkor 2.5cmF4

白のペンE-P1と銀色のニッコールの組み合わせはなかなか美しい組み合わせだ。無骨なスタイルのオールドニッコールレンズも優しく見えてくる。


「ニコン Lマウント マニュアルフォーカスレンズをCAMERA fan内で探してみる!


「ニコン S.C マニュアルフォーカスレンズをCAMERA fan内で探してみる!」




飯田 鉄(イイダ・テツ)

足立区北千住生まれ。変化する都市の景観や庶民の生活事象を継続的に撮影中。カメラ、レンズなどに関する著作活動も行う。1987年度日本写真協会新人賞受賞。現在武蔵野美術大学非常勤講師。