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ミラーレス機で紡ぐオールドレンズ・ストーリー

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ミラーレス機で紡ぐオールドレンズ・ストーリー
なぜ、オールドレンズに惹かれるのだろう。
描写性能を求めるのであれば、先進技術を駆使した現行レンズに勝るものはない。そうとわかっていても、オールドレンズに魅せられてしまう。レトロに撮れるから。古今東西の名レンズがそろっているから。
どれだけ理由を並べても、その魅力の核心にはたどり着けない。
なぜならオールドレンズは、主観抜きに語れないからだ。
ファーストショットの感動、フィルムカメラへの思い、傑作をものにした感触。
そのレンズと時間をともにした者だけが抱く、思い入れの数々。
それこそが、いまあえてオールドレンズを使う真の理由を物語る。
写真家5名が紡ぐ、オールドレンズ・ストーリーをご覧あれ。
公開日:2012/10/11

光を集める一枚の紙 Sony NEX-5 + Super-Takumar 50mmF1.4 Model I

photo & text 澤村 徹

通称シェルと呼ばれるオブジェで、一枚の紙を巧みに折り曲げて制作している。優雅な曲線が美しく、「紙のフォルム」のなかでも特に目を奪われる作品だ。オブジェ制作:尾川 宏

光を集める一枚の紙

そのとき、ダイニングテーブルにフルーツを並べていた。半逆光になる位置に三脚をひろげ、カメラをすえる。この本で使う解説カットの撮影だ。純正レンズを付け、絞りをかえながら三枚。オールドレンズに付け替え、同じく絞りをかえながら三枚撮る。構図を改めようと三脚を持ち上げたとき、めまいがした。床が動いていると気付くのに数秒、そしてそれが経験のない揺れだと気付くのに、さらに数秒必要だった。
妻の名を叫び、ふたりでダイニングテーブルの下にもぐる。テーブルに置いていたフルーツがひとつ、またひとつ、床に転がる。三脚が兵隊のように足踏みをする。プラズマディスプレイはまるで団扇だ。テーブル脇のストレージボックスが、引き出しをすべてぶちまけ床に崩れる。ライトスタンドが倒れ、電球の砕ける音が鼓膜を突く。ガリバーにマンションごと弄ばれるような揺れのなかで、小さくくちびるを噛んだ。果たしてこの地震をしのげるのか。生き抜けるのか。時計はもうすぐ三時を指そうとしていた。



正五角形と正六角形のピースを組み合わせ、球体に仕上げている。サッカーボールを思い浮かべると把握しやすいオブジェだ。
ピースの組み合わせ次第で、無限の広がりを見せる。
オブジェ制作:尾川 宏
Sony NEX-5+Super-Takumar 50mmF1.4 Model I 絞り優先AE f2 1/160秒 +0.7EV ISO200 AWB RAW

忽然と消えた日常
明日が思い描けない


2011年3月11日、東日本大震災は、被災地から離れたぼくが住む地域でも、震度5強を記録した。被災地と比べれば軽微なものだが、家具が倒れ、床はもので埋め尽くされた。あの日から数日たっても小さからぬ余震が続き、また倒れるかもしれないと、部屋を片付ける気力が起きない。それどころか、ちょっとした揺れにも過剰に怯え、その息苦しさと自分の無力さに、心が折れそうになる。生死の問題を鼻先に突き付けられ、日々を積み上げる生活がすべて無価値に思えてきた。仕事、趣味、日常のささやかな楽しみ。あたりまえの日常が、目の前から消えた。週明けの撮影ロケ、春休みの家族旅行、原稿の納品日。カレンダーに赤ペンで記した文字が、すべて色褪せて見える。また地震がきたら、もっと大きな地震がきたら……。明日が思い描けない。それがこんなにも苦しいものだと、はじめて思い知った。

仕事部屋は本が雪崩れを起こし、床が見えなかった。余震の合間をぬい、少しずつ片付けていく。そのとき、一冊の本に目がとまった。尾川宏氏の『紙のフォルム』というアート写真集だ。紙だけで作ったオブジェの数々が、ページをめくるたびに目に飛び込んでくる。たった一枚の紙が、どうすればこうも美しいフォルムに変貌するのか。曲げる、折る、切る、そして組み上げるという作業をへて、平面だった紙が立体をなす。その理屈はわかるのだが、作業前の一枚の紙と、完成後の立体、そのかけ離れた姿に圧倒される。「紙のフォルム」が出版されたのは1967年のことだ。当然3DCADソフトなどはなく、尾川宏氏の感性と緻密な計算、そしてゼロからものを創り上げる根気の賜物だ。本を閉じたとき、大きな手で背中を押されたような気がした。たとえポジティブな未来が思い描けなくても、積み上がることをあきらめてはいけない。カメラを持つ気力が湧いた。この人の作品を撮りたい、と。



スーパータクマー50mmF1.4は、太めの線でかっちりとシャープに写る。発色は渋めだが、その褪せた風合いが昭和レトロ調でオールドレンズらしさを実感できる。オブジェ制作:尾川 宏
Sony NEX-5+Super-Takumar 50mmF1.4 Model I
絞り優先AE f2.8 1/20秒 +0.7EV ISO200 AWB RAW

高度経済成長期の勢いをまとうレンズ

レンズセレクトはすぐに決まった。旭光学のスーパータクマー50ミリF1.4。ペンタックスSP向けの標準レンズとして、1964年に登場した。近代史と照らし合わせると、高度経済成長期の最中だ。右肩上がりの時代を象徴するかのように、やや太めの線で勢いのあるラインを描く。発色は本質を突くような落ち着きがあり、経年変化のせいか黄色に傾く。そのアンバーな色調が、失われた時のノスタルジーのように思えた。生死の問題を突き付けられることなく、大好きなカメラや写真に没頭できた日々。いま望むことはひとつ、昨日と同じ明日だ。
撮影中、液晶ごしに紙のオブジェを見つめ、あることに気付いた。これは光を集める装置だ、と。紙を撮っているのではない。光だ。窓際の自然光がオブジェをつつむ。鋭いエッジも穏やかな曲面も、質量を失い、光のコントラストだけが浮かび上がる。ぼくたちは果たして、光を集められるだろうか。いや、弱気はいけない。集めてみせる。



2体のシェルを並べ、スーパータクマー50mmF1.4で寄ってみる。開放撮影ではほのかにやわらかく、霧散する大きなボケ味が美しい。光と影の舞踏会のようだ。オブジェ制作:尾川 宏
Sony NEX-5+Super-Takumar 50mmF1.4 Model I 絞り優先AE f1.4 1/125秒 +0.7EV ISO200 AWB RAW



Sony NEX-5
Super-Takumar 50mmF1.4 Model I

ペンタックスSPと同時発売になった標準レンズだ。M42マウントを採用し、マウントアダプターを介して様々なデジタルカメラで転用できる。8枚玉のモデルIと7枚玉のモデルIIがある。

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オブジェ制作者 尾川 宏(おがわ・ひろし)
彫刻家。一九三二年、広島生まれ。一九六七年に作品集「紙のフォルム」を出版し、一九六八年度毎日出版文化賞を受賞する。金属、石、木などを用いた彫刻も得意とし、モニュメントやパブリックアートを積極的に制作している。

<プロフィール>


澤村 徹(さわむら てつ)
1968年生まれ。法政大学経済学部卒業。オールドレンズ撮影、デジカメドレスアップ、デジタル赤外線写真など、こだわり派向けのカメラホビーを得意とする。2008年より写真家活動を開始し、デジタル赤外線写真、オールドレンズ撮影にて作品を制作。近著は玄光社「アジアンMFレンズ・ベストセレクション」「オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド」、ホビージャパン「デジタル赤外線写真マスターブック」他多数。

 

<著書>


アジアンMFレンズ・ベストセレクション



オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド



ソニーα7 シリーズではじめるオールドレンズライフ