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東京ものがたり1970年代

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東京ものがたり1970年代
公開日:2019/10/04

町角 1975

photo & text 丹野清志
なんとなく家を出て、なんとなく電車に乗り、なんとなくその町を歩いている。
「傑作」をねらうなら気合を入れてカメラを構えなくてはいけないんでしょうが、私の町歩きは特に何を撮るという目的がなくいつだってひょいとシャッターきってるチョロスナだから、どうだッと説得力ある写真にはならない。だいたい「傑作」なんてものにはハナっから興味がない。だからロクロク判カメラで撮ることにも、特別なこだわりを持ってたわけじゃない。なぜロクロク判なのですかと聞かれたら、
「町歩きのリズムをちょいと変えてみたくってね」


そんなふうだから行先も定まらない。ま、ばくぜんとまだ歩いたことがない町を歩くということにはしていたのだけれど、電車に乗っていてふいと変わったりすることもしばしばあり、ついこないだ歩いた町なのにまた同じところを歩いていたり歩く範囲を町の周縁にひろげて数日通ったりもする。いま歩いている場所、が私の写真の町。

9月19日、旧東海道品川宿。東海道五十三次の江戸から最初の宿駅で、落語の「居残り佐平次」「品川心中」の舞台となった町。吉原に対抗した遊郭だったとなればちょいと色っぽいミセなんかがありそうだけどまったくなく、ふつうの家並があり、ふつうの商店街がある。そしてふつうの人々がいる。


品川区南品川


南品川


北品川

9月21日、上野池之端から不忍通りを歩き根津へ行くと祭りの日だった。


文京区根津


根津


根津

10月20日、都電荒川線大塚駅前から町屋駅前へ。荒川七丁目、四丁目辺りを歩く。
22日、再び都電。終点三ノ輪橋下車で南千住界隈ぶらり。竹細工をしている人と会う。
「こんにちは」「おや、写真うつしてんのぉ」「あ、1枚撮らせてください」「あらやだ、あたしおけしょうしてないのよ」ちいさな対話を撮る。今日では「市民」と呼ぶのでしょうが、まだかろうじて「庶民」のにおいが息づいていた時代でした。



荒川区荒川


荒川区南千住


都電荒川区7丁目


【使用カメラ】
ゼンザブロニカEC
ニッコール50ミリF2.8
オートコードlllミノルタ
ロッコール75ミリF3.5

丹野 清志(たんの・きよし)

1944年生まれ。東京写真短期大学卒。写真家。エッセイスト。1960年代より日本列島各地へ旅を続け、雑誌、単行本、写真集で発表している。写真展「死に絶える都市」「炭鉱(ヤマ)へのまなざし常磐炭鉱と美術」展参加「地方都市」「1963炭鉱住宅」「東京1969-1990」「1963年夏小野田炭鉱」「1983余目の四季」。

<主な写真集、著書>
「村の記憶」「ササニシキヤング」「カラシの木」「日本列島ひと紀行」(技術と人間)
「おれたちのカントリーライフ」(草風館)
「路地の向こうに」「1969-1993東京・日本」(ナツメ社)
「農村から」(創森社)
「日本列島写真旅」(ラトルズ)
「1963炭鉱住宅」「1978庄内平野」(グラフィカ)
「五感で味わう野菜」「伝統野菜で旬を食べる」(毎日新聞社)
「海風が良い野菜を育てる」(彩流社)
「海の記憶 70年代、日本の海」(緑風出版)
「リンゴを食べる教科書」(ナツメ社)など。

写真関係書
「シャッターチャンスはほろ酔い気分」「散歩写真入門」(ナツメ社)など多数。

著書(玄光社)
「町撮りアート写真ブック」
「ニッポンぶらりカメラ旅」
「お気に入りカメラで楽しむ自分流町歩き写真の方法」
「写真集のつくり方」
「写真教室では教えない“新スナップ写真”の方法」
「誰も教えなかった “自分流写真”の方法」
「[四季を味わう]ニッポンの野菜」
 
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