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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
写真家 南雲暁彦が、様々なレンズを通して光と時間を見つめるフォトエッセイ
「僕にとって写真はそのままを記録するという事ではない。そこには個性的なレンズが介在し、自らの想いとともに目の前の事象を表現に変えていく。ここではそんなレンズ達を通して感じた表現の話をして行きたいと思う」
公開日:2022/09/22

Vol.9 Leitz CANADA TELE-ELMARIT 90mm f2.8 (第一世代) 「名前のある存在」

南雲暁彦


Leitz CANADA TELE-ELMARIT 90mm f2.8
これは1964年から1974年の間に作られた第一世代と言われるレンズだ。
テレフォトタイプを採用しているために焦点距離よりもレンズ全長が短く、そのズングリしたフォルムからF A Tという愛称を持っている。性能最優先で作られたと言われており、軽量化やコストダウンを考慮せずに作られている立派な佇まいは今僕の掌にも伝わってくる。第二世代は色々と簡素化したライトなモデルになっているが、まあ良し悪しだろう。


僕は90mmという焦点距離が大好きで、国産90mm切っての銘玉Zuiko 90mm F2 Macroを30年愛用していてポートレートもスチルライフもスナップもこのレンズがマスターレンズだったし、他にもTS-E 90mm F2.8も僕の仕事を支えて来た大事なスタッフだった。最近ではズミルックス 90mm F1.5という逸品をお借りして作品制作なども行なったが、自分の作品作りとの相性は一番良い焦点距離かもしれない。
たくさんのレンズを使って来たが90mmに関しては特に目が肥えていると思っている。

このTELE-ELMARIT は90mmのF2.8と考えると、歪みの少ない中望遠で無理のない開放値なわけだからまあよく写って当然だろうと少し辛口に捉えた。
なので、ライカだからとかオールドだからとかはあまり考えず、冷静にこのレンズを見極めて今回もレンズグラフィーをやっていこうと思う。


90mmレンズ、なぜそれが好きなのか。それは被写体と一対一の関係が築ける、あるいは一対一の関係を持った被写体を周りに邪魔されずに撮れる画角だから、だと感じる。

名前を持ち、一つの個性として僕の前にある。そういう存在をフォトグラファーとして気持ちを込めて撮影していく、今回はそういう撮影にしよう。90mmを手にしてやはりそう思った。


午後の海に反射した強い光が逆光のフレアを作り、その中で純粋な瞳が未来を見つめる。
Leica M10-P + TELE ELMARIT F2.8 / 90 1/1000秒 F11  ISO200



My name is Ur
Leica M10-P + TELE ELMARIT F2.8 / 90 1/4000秒 F4  ISO200


命に対して多くは語るまい、
この気持ちはすべて僕のシャッターでテレエルマリートがM10-Pに飲み込んだ、そしてこの写真がここにある。存在にはいろいろな立ち位置があって、無数であり、自分の近くにあるものは少ない。だからそれは大事な時間なのだとあらためて思う。




愛車の助手席にM10-Pを乗せてエンジンに火を入れる。そう、ここにも僕の大事にしている存在があるのだ。


Leica SL2-S + Leitz CANADA TELE-ELMARIT 90mm f2.8(以下同) 1/30秒 F2.8  ISO6400


Leica SL2-S 1/50秒 F4  ISO6400

ほぼ四半世紀を一緒に過ごして来たこいつはもはやただの車ではない。出会った風景を描き出すキャンパスであり、友であり、自分の分身のようでもある。そしてお互い健康管理が大変になって来た(笑)


Leica SL2-S 1/80秒 F2.8 ISO6400


My name is Coupé
Leica SL2-S  1/160秒 F2.8  ISO6400


やはり、このレンズにも90mmの良さがしっかりとある。逆光ではオールドレンズらしく美しいフレアを纏い、その中で被写体を浮き彫りにして滑らかに描き出す。F2.8という控えめな開放値は開けても絞っても安定した画質を保ち、絞りで写りが豹変するレンズ達とは全く違う性格を持っている。これは標準レンズとして常に付けていてもいいような安定っぷりだ。
「寄れない」というMレンズの宿命はこの高画質とバーターであるとも言える、また他のメーカーのレンズではなし得ない高品位な操作性、耐久性はさすがで、この個体もフォーカスリングの滑らかさ、絞りリングの節度あるクリック感、ガタ付きのない筐体は半世紀前のレンズとは思えないライカクオリティを持った素晴らしい物だ。



このメタルフードもよくできていて、8本もの爪がシルバーのボタンと連動して動き、レンズの溝にフードを固定するように出来ている、これは完全に採算度外視した物だ。

ライカにズミクロンの50mmをつけていると自分の生き様を突きつけられるような感じがすると以前の回で言ったが、90mmは「しっかりと目の前の存在と対峙しているか」「フォーカスを合わせて存在と向き合っているか」と問いかけてくる。それは自分自身が見えているかという事と同義なのだ。

そんなふうに思い、自分の足元を見るとそこにも大事な存在があった。

もう何足あるのかわからないぐらいアディダスのスニーカーが好きで、しかもメンテナンスしながらかなり長い間履くことが多い、このカンガルーレザーのイタリアはもう15年は履いているだろうか、だいぶいい味が出て来た。



70年代からスニーカといえばアディダスのことだった。
Leica M10-P + TELE-ELMARIT 90mm f2.8(以下同) 1/250秒 F2.8  ISO200



My name is Italia
Leica M10-P  1/125秒 F8  ISO1600


この白いスニーカーは有名なカントリーの珍しいハイカットモデル。
20年前の新品デッドストックを手に入れて、スニーカー職人の手で加水分解した合成皮革を本革に張り替えるなどフルレストアしていただいたものだ。
このレンズは最短撮影距離が1mと長いが、このぐらいの大きさの物を浮き立たせ、質感を表現するにはちょうど良い。



My name is Country High
Leica M10-P  1/180秒 F2  ISO200

こうやって近い存在にフォーカスすると自分が見えてくる。新しい命の尊さを感じ、時間を共にして来たものに自分を振り返り、未来を想像し、足元を支えて来た物に感謝を新たにする。
気をてらったり加飾したりせずに、素直にその名前のある存在にフォーカスするにはTELE-ELMARIT 90mm F2.8は打ってつけだったと感じた。

美しい風景やスナップを撮って人に自分の感動や表現を伝えていく事も大事だが、今回のように名前を持った被写体を個として尊重しながら自分を見つめていく撮り方もまた写真表現の魅力なのである。

もちろん、僕がその個性にフォーカスして撮るものはまだまだあってこれはほんの一部に過ぎない、もしかしたら公に発表しない作品の方が多いかもしれない。そのぐらい自分の外にも自分があって、それは余りにも私的なことであり、自分やその被写体だけの為に撮影されたものだからだろう。そうやって様々な関係や想いを認識しながら自らの人生に深さを感じて生きていきたいのだ。

自分の目の前にある名前を持った存在。それが証人となってくれるはずだ。





エピローグ

もう少しこのレンズの特徴が分かりやすいカットを載せておこう。


開放のボケはごく素直に被写体を浮き立たせる。逆光では虹色のフレアが発生することがある。


順光では繊細かつ柔らかい描写をし、夕暮れのトーンは東京都下をヨーロッパに変える(笑)

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<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


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note

 

<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
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