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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
公開日:2022/10/24

【前編】Vol.10 Leitz Wetzlar SUMMICRON 1:2 / 35 mm (第一世代) GERMANY 「明日は晴れる」

南雲暁彦


Leitz Wetzler SUMMICRON 35mm F2.0 第一世代。
1958年から生産された高性能な6群8枚構成の35mmレンズ、いわゆる8枚玉というやつである。連載10回記念の一本としては申し分のない名玉だろう。
だが今回も忖度なしで撮影に付き合ってもらうことにしよう。ストーリー仕立てにしてなるべく多くのThe Lensgraphyをお見せしたいと思う。



「雨がくれたイメージ」

しかし、ここのところ天気が悪い。
僕のビリンガムにはずっとこの8枚玉をつけたM10-Pが入りっぱなしだ。ずっと出番を待っているのだが、どうにもこの天気の中で振り回す気になれずにいる。
講師をしている大学で講義を終え、雨の中クーペを停めている場所まで小走りで向かう。もう外は真っ暗だ。今日も鞄からカメラを出せないまま車に乗り込みドアを閉めた。
雨で塞がれた視界に目をやる。
昨日フロントガラスを念入りに磨いたからか、きれいに水玉が出来ていて、校舎の窓ガラスからの光でキラキラと光っていた。刹那、写真家の気持ちに火が入る。ほんの数センチの角度の視界だがこれを見逃す訳にはいかない。さて、8枚玉の初陣だ。絞りはもちろん開放で手前に大きくアウトフォーカスをとりシャッターを切った。


Leica M10-P + SUMMICRON F2.0 / 35(以下、同)
1/30秒 F2.8 ISO1600

「重い空の下で」

相変わらず天候のすぐれない日が続く。でもまあ、雨がくれた一枚のイメージでこのレンズでの写欲は盛り上がっている。9Fのオフィスから外に出て次の目的地に向かう、いや目的は外に出ること自体だったのかもしれない。僕は写真を撮りたいのだ。
重い曇り空の下で視線を巡らせる。雲の隙間が見せる一瞬の煌めきやグラデーションにカメラアイが反応しシャッターに導いていく。
こんな曇り空のグレーで薄ぼんやりした世界の中でも、どこかしらに何かしらの写真的な光景があり、それにも反応できる眼がカメラアイである。メタリックなビルの一面がギラっと光っていて、そこに細かいテクスチャーが印象的に張り付いている。
頭の中をローキーに切り替えて、ブロックの塊のようなビル群の中心を立体的に浮かび上がらせて撮った。


1/500秒 F8 ISO200
しかし、ここまで自然な解像感が出るのは素晴らしい。ライカのレンズに合わせてチューニングされたセンサーも本当に偉いと思う。

信号待ちの交差点で、ビル一面が空になっているのが見えた。すごく興味深い、と思ったのは僕だけで、誰もそんなものは見ておらず。まあ、そんなものだろうと青になった途端に動き出す人の波の中、ノーファインダーでその空に向けてシャッターを切った。

1/500秒 F2.8 ISO200
写真家には見えている誰も見ていない空


35mmという焦点距離はやはりあまりにも普通で、僕はそのままただ何気なく撮ってしまうので苦手だ。
写真家がレンズを通して見る世界は、肉眼で見ているよりはるかにたくさんのアングルや光を視界にもたらし、写真を撮ることはその中から心に残るシーンを記憶に刻んでいく行為だ。だから必死になってそういう写真になる時空を探して歩くのだ。
カメラを持っている時と持っていない時では時間の流れ方が全く違う。肉眼でしっかりと見ておきたいという風景もあるが、こういう何気ない時間はレンズを通して自分だけの時間、光を捉えることで人生に充実感をもたらしてくれる。また、そんな事はお構いなしに時間がすぎていく大事な仕事をしている人達に、こういう世界をお見せするのも僕の仕事なのではないかと感じる。まあそれはエクスキューズかもしれないが。


1/350秒 F2.8 ISO200
オフィスから駅への壮大な旅路の中で、僕は宇宙船にも出会う。


1/2000秒 F4 ISO200
地球人は宇宙へ信号を送る。よく見れば弊社の看板だ(笑)

普通に歩けば10分ほどの道のりを1時間ほどかけて撮り歩いた。10枚シャッターを切っても気に入らない場所もあれば1枚で決まる瞬間もある。まあ、旅だの人生だのはそんなもんだろう、などと思いながらM10-Pのレンジファインダーを覗き続ける。
高速道路のカーブは実は宇宙船の一部で、飛び立つ機会を狙っていることを知ってしまい、インディゴの空に信号を送る企業の密かな行動を捉えた。さすが伝説の8枚玉だ。いや僕の腕もまあまあだ、何にせよこれは公表せねばなるまい。
そんな僕の空想を終わらせるように、空は一瞬の光と青さを見せつけて、勿体ぶるようにまた閉じていった。



1/750秒 F2 ISO200





Leitz Wetzler SUMMICRON 35mm F2.0
触れなくてもそれは金属だとわかり、見ただけで冷たさや重さまで伝わってくる。フォーカスリングは粘土をこねるような快感を指先に与え、微かな力で作動する絞りリングはそれが繊細な行為だと主張する。



「明日の天気は、」

曇りのち、雨。
雨が降る前に撮ろうと思い、この日の空のように不機嫌な被写体を載せてクーペを森に向けて走らせた。無言のドライブ、しばらくしたら寝息が聞こえてきたが着くまで放っておいた。
そして、目的地につくと同時にフロントガラスに水滴が散らばる...
あーあ、おこしづらいなあと思って横を見たら目が開いていて、雨で滲んだフロントウインドーを見ている。

「ふってきちゃった」
「どうするの」
「ちょっと見てくる」

そう言って僕は一人車から降り、雨の中小走りに森に向かった。


1/60秒 F2.8 ISO3200

結構強く降っている。濡れたベンチはしっとりと木の質感を伝え...いやいやちょっと待て、撮りたいのは人物だ。何とかならないものかと大きな木が作る森の中に入ると、ちょっと信じられないくらい雨が落ちてこない。
しばらくそこに立ち、見上げる。本当に全くと言っていいほど大丈夫だ。これなら撮れる。確信して車に戻り、「いこう、大丈夫だ」と声をかけた。


1/30秒 F2 ISO3200

1/30秒 F4 ISO8000

森の中は暗く、そこに露出を合わせると背景が明るく滲んでいい空気感が出る。光はあくまで柔らかく写真でしか作れない世界が現れた。天気も被写体も不機嫌だが、それもこんなふうに残しておけばきっと熟成され大事な出来事、特別な日になるだろう。

撮ることに理由などいらない。撮っている時に余計な言葉もいらない、今はそもそも特別な時間なのだから、その雰囲気を大事に撮る、それでいい。



1/30秒 F2 ISO3200

シャッターを切りながら頭の中でシーンに色がついていく。特に人の表情というのは色になって見える時がある。
目を閉じて表情が消えるとそれは大地の色と一体化していった。



1/30秒 F2 ISO1600

帰りの車の中ではだいぶ機嫌もなおっていて、みょうに大人びたことを言い出したりした。時間は流れている、という訳だ。



このレンズにはフォーカスリングを無限遠に回すとカチッと止まるロックが付いていて、その精緻な動きと音は快感に値するほどだ。デザインも良いのだが、僕にはこれがちょっと煩わしかった。スナップではフォーカスポイントは目まぐるしく変わる、それに呼吸をするように対応するのが撮り方なのだが、このロックのおかげで一瞬息が止まる。
まあ、それを差し引いても今のところ描写は僕のイデアとシンクロしてくれていて、撮っていて楽しい。


【後編】はこちら
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<プロフィール>


南雲 暁彦(なぐも あきひこ)
1970年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。日本大学芸術学部写真学科卒業。凸版印刷株式会社、ビジュアルクリエイティブ部所属 チーフフォトグラファー。世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。近著「Still Life Imaging スタジオ撮影の極意(玄光社刊)」。APA会員。長岡造形大学、多摩美術大学非常勤講師。コマーシャル・フォト「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」を連載中
 

<著書>


Still Life Imaging スタジオ撮影の極意