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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
公開日:2023/01/24

Vol.12 Voigtlander HELIAR classic 50mm F1.5 「写真じゃない時間」

南雲暁彦
さて撮るぞと気合を入れているばかりではなく、どんなに写真人でも他のことに没頭したりゆるっとしたりする時間がある。まあそんな時間も含めて結局は写真と付き合うのだが、今回はあえて写真の為に作った時間ではない、「写真じゃない時間」の流れの中でLensgraphyしていこうと思う。



Voigtlander HELIAR classic 50mm F1.5
このclassicという意匠の理由はどこから来るのかと思ったら、へリアタイプをベースにした3群6枚のレンズ構成であえて収差を表出させ、ボケやフレアなどでクラシカルな写りを表現、しかもわざわざシングルコーティングにして色調もそのようにしているという。
そんなことまでしてクラシカルな雰囲気を欲する時代になったんだなあ、へぇ〜。

とは言え、このレンズ尖ったところが全く感じられない。そんなに強い癖もなく、すごく素直にシンプルな50mm F1.5のレンズらしさを出してくる。この辺は本当にクラシックで癖だらけのズマリット5cm F1.5とは随分違った大人しさがある。

このレンズで僕が一番いいなと思った点は50cmまで寄れるという事、これも一眼レフのレンズと比べたら全く普通でさらにマクロ域には程遠いものなのだがそれでもM型ライカのレンズにはなかなか無い大きな利点だ。
デスクトップとか目の前のちょっとしたシーンを撮りたい時に、70cmまでしか寄れないライカのレンズでは、むむっと背中をそらせて距離を稼がないとならず、その動作のおかげでどうしても写真の為の時間になってしまうのだが、こいつならその必要がない。これは「写真じゃない時間」にぴったりだ。


つまり喫茶店の机に乗った知り合いのバルナックライカをのけぞらずに、この大きさで撮れるわけだ。
Leica M10-P +HELIAR classic 50mm F1.5 (以下同)
1/45秒 F2.0  ISO1000


さて、この利点だけ頭に入れ力を抜いて持ち歩く。目的は撮影ではなく、友達と会う事であり、夜景を楽しむ事であり、餡子を作る事だ。そういう「写真じゃない時間」の中で素直に使ってゆく。このレンズの為にあえて何もしないというのが今回の企画という事だが、どうやっても気になったら結局シャッターを切ってしまうのだから、まあそれは仕方のない事だ。そうやってこの企画はバランスをとって成り立っていく。



寄るだけ寄って、
1/90秒 F2.0  ISO200


ものを作り、それを介して人とコミュニケーションをとるのが好きで、拘ってコーヒーを入れたり、ビスコッティを焼いたり、餡子を作って食べてもらったりする。それは僕の中では写真を撮って見てもらう事と同じ事で、一杯のコーヒーも一枚の写真も同じように大切に作っている。
これらの共通点は、簡単に作ろうと思えばできてしまうが奥が深いという事。文化的に深い、と思う。だから楽しさも、哀しさも深いのだろう。うまく楽しい時間が作れる時もあれば、そうならない時もあり。それでも好きだからやり続ける。


ふっと長女が「また餡子作らないの、」と言った。朝起きた時にパンに塗って食べたいのだそうだ。



AM2:00
1/30秒 F2.0  ISO1000


出来立ての餡子の容器に「食べて良い」と付箋をはり、とりあえず俺は寝る。写真を撮ることは目的にはない。ただこのレンズはその手元のちょうどいい距離にピントがある。


AM 7:00
1/30秒 F3.4  ISO320




こうやって写真じゃ無い時間がコミュニケーションを作り、その一片が写真として残るだけだ。だがそれはそれで純粋な写真のあり方でもあると思う。


次女は後ろに目がついている
1/45秒 F2.8  ISO1250



この距離は家族の距離で、あと20cm離れるともっと普通のスナップになるような気がする。この距離に娘たちがいたので、そのまま撮った。僕は撮影の為に一歩も動いていない(笑)

自分の距離感でそのまま、というのは大事なことなんだなと思う。


久々につなぎ変えた真空管アンプに音を通す。好きな音で音楽を聴くために、まあこれも飲みたい味のコーヒーを淹れたり、ちょうどいい甘さの餡子を食べたかったりするのと同じことだな、と思う。


1/30秒 F2.0  ISO2000

当たり前だが写真というのは被写体がないと成り立たない、そしてそれはあまりにも全てであり、あまりにも何もない事だとも感じる。コーヒーを淹れるには豆やお湯が必要であり、音を出すには音源が必要だがそういう具体的な「写真を撮るのに必要なもの」は何かというと、「光」という事になる。そしてそれが照らす全てのものが被写体となり得るわけだから、これはもう全てであり、なんと無形なことに対してカメラは立ち向かっていくものか、と途方にくれたりもする。

それでも写真は目の前の素敵な出来事をこうして残すことができる。一杯のコーヒーのように人の心を温めることもあるだろう。

写真写真といきりたたずに「撮らない時間」を過ごしていると、逆にその本質に近づくような思考が湧いてくるから不思議だ。



このアンバーのコーティングがクラシックなシングルコートの色、と言っていいのだろう。

Voigtlander HELIAR classic 50mm F1.5はそのシンプルな佇まいと素直な描写、そして50cmまで寄れるという特技でこのような世界観をフォトグラファーと共に描いていく。70cmまではM10Pの距離計が連動し、そこから先の近接撮影はライブビューが担うことになる。

知り合いのジュエリーデザイナーの工房を見学させてもらった。少し前に彼の手でブラックパールをピアスに仕立て上げて頂き、そのクオリティの高さに感動したので是非その現場を見せて頂きたいとお願いしたのだ。


1/250秒 F2.0  ISO200


1/60秒 F2.0  ISO200


1/90秒 F2.0  ISO200


1/45秒 F4.0  ISO1000

完全に職人の手による一点物を作り上げる工房で、専用の道具や机が並ぶ。どれも初めて見るものばかりだがハンドメイドの現場には何かクラシックな雰囲気も漂い、ちょっとこのレンズとの相性の良さを感じた。きれいな曲線を描く机の上から漏れてくる光を柔らかくHELIAR classicが受け取る。絞り開放であざとく出したボケではなくて、F4.0でのこの描写を見た時にHELIAR classicのコンセプトが感じられた。悪く無い。

いやいや、写真は二の次にしてこの空間を楽しもう。


1/45秒 F2.8  ISO320

物づくりの現場が好きで、ガラスや織物、銀食器など世界中で色々な工房を見てきたがここにも同じような創造的空気感がある。それは様々なものを撮る写真のスタジオと違い、一つのマテリアルに集中した匂いというか、その微粒子が舞っているかのような一つの色彩を感じる空間だ。M10-Pの黄色っぽく転ぶホワイトバランスがその雰囲気をさらに盛り上げてくれる。



1/180秒 F2.0  ISO200


繊細な職人の手の動きにただ敬意を評して、そのままシャッターをきる。
1/60秒 F2.4  ISO200



1/45秒 F3.4  ISO200

もちろん写真を撮らせて下さいとお願いしているのだが、本当は自分が見たいから、その現場の空気に触れたいから。僕はここにいる。決して今回は写真を撮ることを目的にしてはいけないのだ。心から感謝をして、工房を後にした。



去年からすごく楽しみにしていた同窓会の帰り道、その時間の余韻を感じたかった
ので、乗り換えの駅で少し外に出てぼーっとしていた。
 

1/30秒 F2.0  ISO2000

周りはみんな楽しそうにしているが、自分はひとりぼっちなので自分の手や足を見つめて消えてしまいそうな存在感をカメラに押し込むことにした。おそらくそんなことに意味はないのだろうが、まあ見たままを撮るのが今回のLensgraphyだ。


1/30秒 F3.4  ISO1000


1/45秒 F5.6  ISO4000


1/250秒 F2.0  ISO200

帰宅して同窓会で友人達から頂いたお土産を開けながら楽しかったなあとまた思い返す。特にこのクッキーの容器が美しく魅かれたので自分の部屋に持ってきた。
「そう言えば月と太陽の話をしたよなあ、まあこれは偶然だろうけど。」
それでも嬉しかったので光がきれいに入った時にシャッターを切った。


1/500秒 F2.0  ISO200

写真を撮るよりも大事な時間、人生の一片の想いがこうして残っていく。
この容器そのものも、僕が撮った写真も、あの楽しかった時間が存在したことを思い出す鍵となるだろう。

本来なのか、僕が初めて使ったレンズが一眼レフ用の物だったからなのか、50mmというのはこういう親しみやすさと写真らしさが同居したレンズだったと思う。
Voigtlander HELIAR classic 50mm F1.5を手にして思った「尖っていない」感覚はそのまま写真に現れ、写真じゃない時間の大切さを優しく捉える気持ちにしっかり応えてくれたと思う。
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<プロフィール>


南雲 暁彦(なぐも あきひこ)
1970年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。日本大学芸術学部写真学科卒業。凸版印刷株式会社、ビジュアルクリエイティブ部所属 チーフフォトグラファー。世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。近著「Still Life Imaging スタジオ撮影の極意(玄光社刊)」。APA会員。長岡造形大学、多摩美術大学非常勤講師。コマーシャル・フォト「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」を連載中
 

<著書>


Still Life Imaging スタジオ撮影の極意