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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
写真家 南雲暁彦が、様々なレンズを通して光と時間を見つめるフォトエッセイ
「僕にとって写真はそのままを記録するという事ではない。そこには個性的なレンズが介在し、自らの想いとともに目の前の事象を表現に変えていく。ここではそんなレンズ達を通して感じた表現の話をして行きたいと思う」
公開日:2023/06/21

Vol.16 RICOH GR 28mm F2.8「波紋」

南雲暁彦

RICOH GR 28mm F2.8

フィルムカメラ全盛期、一眼レフに負けない高画質なレンズを搭載し、粋なデザインを纏った高級コンパクトカメラというのが流行ったことがある。コンタックスT2、コニカヘキサー、ミノルタTC-1、ニコン28Tiなど、記憶にも強く残っているが、リコーGRはその中でも「写り」ということで定評のあったカメラだったと思う。ボディそのものはそこまでデザインコンシャスでも高級感のあるものでもなかったが、「GR」というと、「あれよく写るよね、」っていう言葉が交わされたものだ。そのGR1に搭載されていた28mm f2.8をライカスクリューマウント(Lマウント)互換のレンズとして独立させ、限定3000本で1997年に販売されたのがこのGR 28mm F2.8である。もう時代はデジタルに差し掛かっていたのだが、Lマウントにはそんなことは関係なかったのだ。

冷たい描写
LマウントをMマウントに変換しM10-Pに装着した。GR28mmの艶消しのシルバーボディが黒いM型ライカと品のあるコントラストを作り出し、さっと違和感を消していく。まあ、ライカ用に作られたようなものだからそういうものだろう。クールなその様相はこちらの気持ちにも伝染していくように感じた。


Leica M10P +GR 28mm/ F2.8 (以下同)
1/60秒 F2.8  ISO10000


28mmの画角、それはまあこんなもんである。相棒の顔と自分の脚をちょうど良い感じで切り取る。歪みが少なく、コントラストが高い。絞っていなくても線の細い繊細な描写をする。


1/60秒 F2.8  ISO640

F2.8開放では空気感も出せるが、そこにも冷たい空気感を感じる。シャドーはスパッと落ちる。


1/60秒 F3.4  ISO1000

隙間からの鈍い光がシャドーの中でしっかりとコントラストをつくり相棒の輪郭を絵描いていく、自分の目もGRにしているとこういうアングルを作りたくなるのか、レンズの気持ちが伝染しているようだ。曇り空の薄く青い光はそのまま撮るべきで、ホワイトバランスをオートにして折角の雰囲気を崩してしまうのはつまらない行為だと思う。


1/90秒 F4  ISO400

クーペに乗り込む前に4Fのパーキングから下を覗き込んでみると人生の帰路が眼下にあった。
あっちの道に進んでやりたいことがあるのだが、やることが待っている家への帰り道はこっちだ、行ったらどうなるかわからない道もあり。
まあ、やりたいことは残しておこう、道はなくならないし時間は無限だ。と無理やり自分を納得させて、口を歪ませてクーペのドアをしめた。理想に片思いをして進むのが人生なのだ。


今となっては四隅までカリカリにシャープ、という訳ではないが素材感がよく表現されるレンズだ。周辺減光はご覧の通りそこそこにあって、これはもちろん絞りによって変わってくるがF4程度だと結構気持ちよく落ちる。
またフィルム時代のレンズということもあって周辺はほんのわずかにマゼンダ被りがでる。白い被写体で画面を埋め尽くし眼を皿のようにして確認するなり、RGB値を神経質に調べないと分からない程度なのでそのまま使用したが、ライカ M10-Pのボディはそういう光にもなるべく対応するようにセンサーがチューニングされているのでこの程度で済んでいるのだろう。まあ、気にしてはいけないレベルだ、どちらにせよそんなことで写真の良し悪しなどきまらない。


1/90秒 F6.8  ISO5000


1/2000秒 F4.8  ISO200

よく晴れた日に使って見ても、アンダー気味の露出のなかで気持ちの良いコントラストが生まれる。ここでもGR 28mmはクールに世界を表現する。レンズのせいなのか、そういう気持ちになった自分のせいなのかは知らない。

風格の正体
どのカメラメーカーもフィルムというイーブンな素材を媒体に写真を作っていた時代、レンズこそはそのメーカーの絵作りにおける命だったはずだ。だからコンパクトカメラにすら最高のレンズを奢り画質を引き上げるモデルが登場し、名玉と言われたそのレンズは独立して販売されるまでに至った。コニカのヘキサー然りである。この時代は本当に名ばかりのブランドを語るレンズなど意味がなかった。だからそういう本物が今になってまた再燃している。
2023年の僕の手の中にあるGR 28mmが伝えてくる力、これはなんだ。雨の中、この途切れない想いの根源はなんだ。


1/30秒 F11 ISO800



このGR 28mm F2.8はメタル感が凄まじい。
ピントリングも絞りリングも精度の高い動きをするし高級感もしっかりとある。フードなどここまでやるのかというほどの厚さがあり、そのおかげでボディとの一体感が完璧だ。この剛性感は後付けのフードというよりボディの延長と言って良い、指先で弾いてみてもチーンという安っぽい響き音などせず逆に指が痛くなるほどだ。まあ、フードとしての性能は問題なさそうだが、絞りリングに近いところから外側にぐわっと広がっているので絞りが動かしづらいという欠点も持っている。まあこれは慣れの問題かもしれない。

そしてこのレンズのこだわりが最も強く現れているのはその組み立て方法だ。なんと使用するレンズユニットに合わせて数種類の鏡枠を用意し個々に合わせて最適なものを使って調整、組み立てをしていたという。これはもはや工業製品というより工芸品だ。
設計値の性能が実際に発揮できればどのレンズもかなりの描写をするという話だが、それだけ普通の製品は製造の過程でばらつきや追い込みきれない問題が生じているわけで、この GR28mmのように今では考えられないほど組み立てを丁寧に行う事は、とても困難かつ性能を引き出すには大事なことなのだ。フルメタルで出来ているのもそういう精度を追い求めてのことだろう。総じて風格を持っていると感じた。
限定3000本という少なさとリコーのプライドがそれを実現した、というロマンがこのレンズにはある。「GR」とは「Great RICOH」という意味を持っているという話も、そう聞くとうなずける。あの時代、GRレンズが業界に一つの波紋を生んだプロダクトだったのは間違いない。
そして今なおその波紋は消えず、僕のもとにも届いたという事だ。


1/100秒 F11  ISO3200

しばらく使っていると、このレンズにかなりの信頼感を感じ始めた。僕は良い道具は使っているときにその存在感を消すと思っているのだが、このレンズはその存在感が強すぎて消えることはがない、代わりにこいつならしっかり仕事をしてくれるという安心感がこの体躯に宿っているのを感じた。


1/200秒 F2.8  ISO100

いつもの誰も気がつかない美しいレンズ越しの風景を相手に、きっちりと28mmの仕事をこなす。ひんやりとエッジの立った触り心地は指先にGRが装着されていることを伝え、僕は安心して撮影に集中する。


1/40秒 F2.8  ISO800

ちなみにM10-Pは28mmのブライトフレームに対応しているが、このレンズを装着しても自動で切り替わることはない。
付属のビューファインダーを覗く、ファインダーを見てカンで撮る、レバーを操作して28mmのブライトフレームを出して確認する、ライブビューで見る、ビゾフレックスを使う、とやり方は豊富である。僕が出会った個体にはビューファインダーが付いていなかったので試せなかったが、ほとんどファインダーをのぞいてカンで撮影した。さすがに28mmの画角は体に染み付いているのでなんのストレスも感じない。


1/25秒 F2.8  ISO10000

オールドレンズと言ってしまうには新しく、今新品で売っていてもおかしくないデザインだしシャキッとした写りだ。コントラスは高く、シャドーの締まりが良い、おかげで発色も良い。F2.8の明るさは夜景スナップも行ける。この写真から濡れた路面の湿度や温度が世界観と共に伝わってくる、描写の持つリアリティーがすごいのだ。この空気の中に僕はいた。
やはりこいつはオールドレンズとは違う。今度はMマウントで作ってくれたらまた欲しくなってしまうかもしれない魅力がある。

1997年、この年代に設計されたプロダクトがうちには色々とあって、それこそ皆良い状態で現役を張っている。冒頭に登場したクーペ然り。鬼の2ストバイクCRM250AR然り、ラックスマンのプリメインアンプしかり、皆今見るとやり過ぎているぐらい凝った作りで性能も尖っており、魅力が衰えていない。逆に今こういうもの新品で探そうとするとなかなか見つからないのだ。そういう意味でも今回のGRは僕と相性が良かったのかもしれない。


1/125秒 F2.8  ISO200

ネオクラシックレンズ、GR28mm F2.8。少しだけ今の自分を若返らせてくれる、そんな猛々しさを持ったプロダクトだ。
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<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


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<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
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