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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
フォトグラファー 南雲暁彦が、様々なレンズを通して光と時間を見つめるフォトエッセイ
「僕にとって写真はそのままを記録するという事ではない。そこには個性的なレンズが介在し、自らの想いとともに目の前の事象を表現に変えていく。ここではそんなレンズ達を通して感じた表現の話をして行きたいと思う」

公開日:2025/10/30

第二章 Vol.32「瑤光」Leitz Summilux 50mm F1.4 第一世代(貴婦人)

南雲暁彦

Leica SL2-S + LUMIX S 100mm F2.8 MACRO
0.4秒 F5.6  ISO200



「無限軌道」

2年半に及んだThe Lensgraphyの第一章がおわり、 少しホッとしながらお借りしていた貴重なレンズをそのオーナーに返却していたときのことだ。

 「本当にありがとうございました、とても素晴らしいレンズでした」という僕の言葉に間髪入れず、 「第二章、始まるかも知れないっていってましたよね」と、返すレンズと交換するように手渡されたのがこれだった。 Leitz Summilux 50mm F1.4 第一世代。
貴婦人という愛称さえついているその美しいクロームのボディは受け取った赤坂の薄暗いブラッセリーの中で優雅にスポットライトを反射していた。 

こうして第二章は貴婦人に促されるように、人知れずそのスタートを切っていたのであった。撮影に入るまでにはちょっと間が空いたが、なんだか許嫁ができたような気持ちで過ごしていた。
このLeitz Summilux 50mm F1.4は、1958年にズマリット5cm F1.5の後継として生まれた。5群7枚の構成は同じ、シュナイダーの社のクセノンから技術提供を受けて作られたズマリットをそのまま進化させたようなレンズだ。写りがどうの、というより貴婦人という愛称が示すようにその外観が大きな特徴だとも言える。

しかしまあ、貴婦人と言われてもそもそもそのような高貴な方とは面識もなければ知識もない。
逆にこのレンズから貴婦人を想像するような感じがないわけでも無いのが悲しいところだが、やはりこれもレンズであるのだから、いつも通りこっちが手綱を握らせてもらうとしよう。
50mm F1.4の標準レンズ、基本的にはそういうことでしかない。愛機M10-Pにつけてビリンガムの定位置に収めると、いつものズミクロンよりグッと重い真鍮ボディの存在を感じた。
カバンにカメラが入っていても、首からぶら下げていても体が反応するようなシーンを目がとらえない限りシャッターを切ることはない。今回最初にそのきっかけをもたらしたのは西武線から降りた瞬間ホームに差し込んできた強く眩しき西陽だった。夕日を黄金に錬金するM10-Pの大好物!このコンビネーションが作り出す一瞬の煌めきだ。


Leica M10-P + Summilux 50mm F1.4
1/60秒 F16  ISO640

この一枚が撮れて、まずはほっとして気が楽になった。体が受けた感動をしっかりと写真にできるレンズだと思えたし、Lensgraphy再始動のスイッチがちゃんと入ったように感じる一枚だった。
電車から降りて撮った写真だが、美しい貴婦人に導かれてまたレンズ鉄道に乗ったようである。Lensgraphyはやはり無限軌道なのだろう。


Leica SL2-S + LUMIX S 100mm F2.8 MACRO
1/4秒 F3.2  ISO200



「生命線」

ふっとできた時間を使って、たまたま出会った公園に光を感じ少し撮影をした。レンズとの関係がうまく進んでいくと些細なことでも絵にする敏感さが出てきて、なんでもないものにも反応できるようになっていく。浅い被写界深度と強い周辺減光が自分の視点を浮き彫りにする、その空間が写真になっていく。

この時、実は鎮静剤を使った検査の後でまだ頭がはっきりしていなかったのだが、カメラを構えて一枚の葉にフォーカスを合わせていると、さらに無心になり、もはや何をしているのか分からない中で、ああ、俺はフォトグラファーだからこんなことをしているんだなと、それだけが認識され、シャッターを切ってやっと現世に戻ってきた、そんなような感じだった。
つまりこれが生命線なわけだ、


Leica M10-P + Summilux 50mm F1.4(以下同)
1/350秒 F1.4  ISO200

やはり写真を撮ることが好きで、そこに理由はない。いや理由を言語化できなくもないが、あえてそんなことはしなくても良い。素直にシャッターを切って、いいなと思える写真が撮れれば生きていけるのだから、それでいい。今日はそんな気分なのだ。

公園をゆっくりと歩き回り、何かもっと撮れないかとファインダーを覗く。だいぶ覚醒してきたようだ。なだらかなに波打った芝生に小舟のようなベンチがあって、ただそれだけなのに何かが琴線に触った。


1/1500秒 F1.4  ISO200

そこで数枚シャッターをきり、踵を返すとその横を親子が通り過ぎていく、さっき僕が見ていた方に元気よく歩いていった。つられるように振り返りながら歩みを止め、数歩戻りながらゆっくりとその方向にカメラを向けると西陽がファインダーを横切る。ちょっと逆光で見にくかったのでM10-Pをライブビューにすると、「お!」ズマリット譲りの虹フレアがダブルレインボーになって出ていた。さっきの何かはこれの予感だったのか、と都合の良い解釈で思考をポジティブに持っていく、いやこの写真が自分をポジティブにしてくれたのだ。やはり写真には救われている。


1/3000秒 F1.4  ISO200

もう少し撮れそうな気がしてそのままカメラをぶら下げながら夜まで街をフラフラと歩いた。開放が明るいレンズをつけているとついそうしたくなるものだ。しかしちょっと気負いすぎてかあまり収穫もなく、だんだん自分のテンションも落ちてきたのでいったんカメラをしまうことにした。


1/90秒 F1.4  ISO400

こうして残った写真は、つまらない日記みたいなものだがすごくリアルにこの日の自分が写ったように感じる。ライカのレンズはそういう思い込みを含めて人を充実させる魅力を持っているのだろう。これも今回は言語化を避けよう。今日はそういう日だ、無責任に写真やカメラが与えてくれる生命力を感じていたいのだ。


1/60秒 F1.4  ISO200
 


「貴婦人」

貴婦人とは身分の高い女性という意味だ。品格があり、洗練された美しさをもつと解釈していいだろう。そういう魅力を持ったものの例えに使われる言葉でもあり、大型練習帆船「海王丸」は海の貴婦人と呼ばれ、超豪華客船「クイーン・エリザベス」は洋上の貴婦人の愛称を持つ。陸上では国鉄C57型蒸気機関車がやはり貴婦人の愛称で紹介されているようだ。
そして我らがレンズの中の貴婦人がこの「Leitz Summilux 50mm F1.4 1st」というわけだ。

ではその貴婦人のポートレートを、襟を正して撮影してみようと思う。写す側の貴婦人ではあるが、その容姿もまた魅力的なのだから。


Leica SL2-S + LUMIX S 100mm F2.8 MACRO (以下同)
5秒 F16  ISO400

絞り羽の曲線がなんとも優雅だ。コーティングも瞳を上品に纏っている。道具の美しさはたとえ機能美という必然から生まれたものだとしても、使い手の感性を刺激し作品制作において良い作用をもたらすという価値も持っている。


0.8秒 F8  ISO400

この美しいクローム仕上げの鏡筒と、そこに施された繊細なローレットの組み合わせがこのレンズを貴婦人と言わしめた。
中でもこの真ん中のフォーカスリングなのだが、初期型のみこのように凸の部分にローレットが施されていて非常に希少性が高い。後期型はそれが凹の部分に変更されていて、そちらの方は流通量が多いので、初期型は「逆ローレット」と呼ばれている。今回のレンズはそれにあたり、貴婦人の中でも滅多にお目にかかれないお方なのである。

 


「ワルツ」

貴婦人の持つ美しいモノトーンのコントラストを見て、モノクロで撮ってみたい場所ができたので、行ってみることにした。もはやホームグラウンドといっても過言ではない、アートアクアリウム美術館GINZAだ。光と色彩に溢れたとても魅力的な空間なのだが、今回は色を削ぎ落として撮っていこうと思う。


Leica M10-P +Summilux 50mm F1.4 (以下同)
1/60秒 F1.4  ISO2000

この秋から新しい装飾になったアートアクアリウム美術館、一番広く空間を陣取っている作品が以前のラウンドを多用した水槽から多面体のものに変わっていて嬉しくなった。また新しく自分のアングルを探す楽しみができた。暗闇の中で光る水槽のオブジェ、透過と反射、その中を泳ぐ金魚たち、ここはカメラの性能を試すのにも、自分の腕を試すのにももってこいの場所、つまり上手く撮るのが難しい場所ということだ。

頭の中をシルバートーンに切り替えて、ファインダーを除く。貴婦人のようなクロームとシャドーのコントラストでフレームを作り上げ、切り取るタイミングを待つ。撮る写真だって貴婦人のように仕上げたいのだ。


1/60秒 F1.4  ISO800

時間を忘れ光と遊ぶ。そんな感覚がここでは味わえる。心地よい暗がりの中で、逆ローレットが繊細なフォーカシングのために生まれたことを指先に伝えてきた。つまり、私はその気になってきたらしい、心は熱く、所作は紳士的に、M10-Pを間に挟み淑女と創造的な時を過ごすのだ。


1/60秒 F1.4  ISO500


1/90秒 F1.4  ISO320
 


「美しい刻」

非常勤講師をしている多摩美大で、2年前に写真を教えた学生から連絡があった。卒業制作で写真を使おうかと思っているので、相談に乗って欲しいとのこと、もちろん話を聞くことにした。


1/90秒 F1.4  ISO200

写真の授業ではセルフポートレートを撮っていた学生で、とても自分の中の美意識が高く、いやそういう一言では言えないような深く本気なコンセプトがあり、危うさも秘めていた。それを表現するに当たっての指導はこちらも真剣勝負だったのを覚えている。

とても潔く美しい作品だった。

この連載では時々こういう印象的な教え子が登場するのだが、今回もピンときてレンズの前に立って見ないかと話をしたところ、とても興味があるという。

さて、Summilux 50mm F1.4 1stの本領を発揮させるとしよう。もうこの後に無粋な写真の解説はなしだ。


1/90秒 F1.4  ISO200


1/90秒 F1.4  ISO320

自分が美しくあること、そう生きること、それが最も大事にしていること、求めている人生だという。そういう存在の放つ光を貴婦人が受け入れていく。

「自分の名前には宝石を意味する漢字が入っていて、だから、」

人の想いは文字に託され、存在を示し、磨かれていく。そんなふうに思った。
この貴婦人と宝石のコラボレーションは必然だったと僕には感じる。純粋に目の前にある美しさを撮った、それだけだが、それが全てだ。



1/60秒 F1.4  ISO2500


1/60秒 F1.4  ISO3200

授業終わりの、ほんの20分程度のセッションだったろうか、今日はここまでにしておこう。
美しい刻とはそういうものだ。必然であればこの学生はまた僕のレンズの前に立つだろう。ほんの少しの時間であっても、それに磨かれてまた違った表情を見せてくれるに違いない。


出演 松井瑶子
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<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


公式サイト
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<著書>

【新刊】ライカで紡ぐ一七の物語

フォトグラファー 南雲暁彦によるライカと銘玉レンズのフォトエッセイ

ライカで紡ぐ一七の物語
カメラファンの人気WEB連載「南雲暁彦のThe Lensgraphy」を再構成して書籍化。1950年代の伝説のオールドレンズから最新型のレンズまで17本の銘玉で捉えた珠玉の写真作品と共に、レンズが導くストーリーを綴る。
ライカで紡ぐ一七の物語」2025年10月16日発売



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