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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
公開日:2023/05/25

Vol.15 The LensGraphy Leitz Elmar 35mm F3.5「頬にかかる風」

南雲暁彦

Leitz Elmar 35mm F3.5

ライカの広角レンズとして最初に作られたものだという。1930年から1950年ごろまでの間製造され、3群4枚というシンプルなレンズ構成がもたらす非常にコンパクトで味のある外観はバルナックライカ時代のものだと言われれば納得がいく。フィルター径19mm、絞り羽根は6枚、重さは112gしかない。

復活のエルマー
これもまた、M型ライカを使っていると何度も出会いのある35mmのレンズだ。
一目でオールドと分かるフォルムと経てきた時間に磨かれた佇まいがあり、M10-Pに装着したときの凝縮された美しさはライカのアイコンのようですらある。
以前登場したヘクトール28mm f6.3もそうだったが、精密で質感が強く、薄くて格好がよい。また僕が気に入ったのはまず沈胴式ではなく、固定式なこと。これで安心して沈胴式非対応のM10-Pに装着できる。そしてなにより驚くほどよく写るということだ。

「絞ればシャープ」はオールドレンズの定型文のように唱えられているが、これはその最右翼かもしれない。ただし現代のリファレンスレンズのようにヒステリックなまでに周辺解像度を追い込んだものではなく、中心部はコントラストの強い光の中でかなりの表現力を発揮するが、周辺はそれなりに流れたり甘かったりするし、周辺減光も強い。まあだがそれがいいのだ。逆に人の視界に近い奥行きや立体感を出す事が出来る。

お約束だが、夜の街に連れ出した。f3.5はナイトスナップにはギリギリの明るさだがコンパクトさとフォトグラファーの工夫で断然楽しく使える。


Leica M10P + Elmar 3.5cm/ F3.5 (以下同)
1/60秒 F3.5  ISO5000



1/60秒 F3.5  ISO6400




1/90秒 F5.6  ISO6400

周辺減光の中で浮き彫りになる被写体の存在をつかみとり、適度であり湿度のあるアウトフォーカスがその場の空気を取り込む。このレンズ、いい。


1/60秒 F3.5  ISO6400

レンズがどれだけ暗かろうが、ライカのレンジファインダーは関係なくフレーミングとフォーカシングをおこなえるのだから、やはり優れていると思う。ましてやデジタル化により高感度化をはたした撮像素子は、今になってこういったレンズの使いこなし幅を広げてくれているのだから本当にありがたい。
超高感度ISO1600などと言っていたフィルムの時代にはこの画質で撮れなかった写真だ。
こうして80年も前に作られたレンズが夜の街に復活を果たす。

技術の進化はありがたいと思う。同時にフォトグラファーはその新しいフォーマットに収める表現力の進化を求められているのだろう。
でも面倒臭いことは言わずに、まずは楽しむというのが大事なことかな。人のための文化だ。



オールドレンズは写りもスタイルも楽しめるのがいい。今のレンズが逆立ちしてもこのレンズに勝てないもの、それは風格である。これを被写体にする写欲すら湧き上がってくる。


呼吸

人生は色々な事がおこる。
一つの命と同時に始まった時代は、その命とともに時代を終える。
自分も含めてそんな時の流れの中で生きている。

一つの時代を見送った足で、富山に向かった。気を衒わずに、行ったことの無い場所で新しい空気が吸いたいとおもった。
そんな旅に、優しくカバンに収まるこのレンズはちょうど良かったと思う。



10秒 F4 ISO1600

一瞬のトワイライトに車を止め、カメラを出す。橋の欄干にカメラを固定して撮ったが僅かにブレが生じた。欄干に伝わる川の鼓動が写真に僅かな滲みを生み出し、それがこの場の雰囲気として残る。それでいいと僕も思う。僕が見た景色もけしてピタッと止まってはいないのだ。
次の朝、僕をのせた相棒の車は海へと向かって走る。天候の安定しない北陸が僕らを歓迎しているということにして、太陽に照らされた道を進む。


1/750秒 F8  ISO200


1/750秒 F9.5  ISO200
なんだかちょっと記憶の中にある地中海の島で出会った風景が視点と重なる。強い日差しが被写体に質感を与え、エルマーが気持ちよくそれを捉えていく。



海沿いには田んぼや畑がたくさんあって、そうやって北陸の風景は新鮮に僕の瞳に飛び込んでくる。麦畑に近づくと風が頬にかかる、この空気を吸いに来たんだ。視線にフォーカスを合わせて、呼吸とともにシャッターを切る。


1/2000秒 F4  ISO200


1/3000秒 F4  ISO200

風の中でしばらくカメラを持って立っていた。その中で一つの時代が終わったことを思い出し、そしてまだ自分には時間が動いていることを感じ取る。シャッターを切って時を刻んでも、また風や光が目の前を流れていく。僕は呼吸をしている。

だいぶ太陽が西に傾いてきた。ファインダーの中の麦畑がそれを伝える。M10-Pの優しいシャッター音とエルマーのフォーカスノブの感触が本当に心地よい。写った写真は涙が出るほどその時の情景をしっかりと残してくれた。


1/1500秒 F4  ISO200

3群4枚、35mm f3.5の小さなレンズ。1930年に設計されたこんなにシンプルな物がこんなに豊かな表現力を持っていることに感動すら覚える。「絞ればシャープ」は間違ってはいないがそれは本当に中心部だけで、しかもそこにコントラストの強い光を必要とする。だからそういう被写体に出会ったときは無類の個性を発揮する。

夕日が田んぼを照らし、僕はその風景を追いかけて走る。その時代の思い出を必死に記憶に留めるように、無心で写真を撮る。意味があろうがなかろうが、僕にはそれしかできないし、他のことをする気もない。


1/60秒 F19  ISO100

いい時代だったなと思えるような写真が撮れればいい、そのためにここに来た。M10-Pとエルマーはその為に僕の手の中にある。表現できることはその瞬間の一枚の写真がすればいい。


1/45秒 F3.5  ISO800


1/45秒 F4  ISO6400

人がカメラやレンズ、写真に求めてきた物が行きすぎてしまったような気がする。これはずっと感じてきた事なのだが、こういうエルマーのようなレンズを使ってシンプルに気持ちのままに撮影しているとだんだんそれが確信に変わってくる。
「光画」を意味するフォトグラフィーも、日本的解釈の「写真」という言葉も今のデジタルペインティング的な物からは感じづらいのだ。写真が大事にしてきた「光の粒子」よりも「デジタルデータ」が写真を作るファクターとして大きくなりすぎた、AIがフォトコンテストのグランプリをとってしまう時代になったのはその代償な気がしてならない。
あれは非常にアイロニックな出来事だった。

時代が新しい価値観を作っていくのだからそれでいいのかもしれないけれども、オールドレンズが作り出す光に若い世代が興味を持ち、そういう写真を撮ることに価値を感じている現状は僕にとっては嬉しいデジタルペインティングへのアンチテーゼだ。
人が自分たちの豊さを求めて行う行動としてしっかりと写真という文化を残していきたい、そんなことを北陸の地でエルマーを握りながら考えていた。


1/30秒 F2.8  ISO1600

美しければなんでもいいってもんじゃないだろ、自分が切ったシャッターに価値があるのだ。僕の目の前の風景や、語りかけてくる人に愛があるのだ。


1/60秒 F4.8 ISO4000
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<プロフィール>


南雲 暁彦(なぐも あきひこ)
1970年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。日本大学芸術学部写真学科卒業。凸版印刷株式会社、ビジュアルクリエイティブ部所属 チーフフォトグラファー。世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意(玄光社刊)」。APA会員。長岡造形大学、多摩美術大学非常勤講師。コマーシャル・フォト「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」を連載中
 

<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
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