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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
写真家 南雲暁彦が、様々なレンズを通して光と時間を見つめるフォトエッセイ
「僕にとって写真はそのままを記録するという事ではない。そこには個性的なレンズが介在し、自らの想いとともに目の前の事象を表現に変えていく。ここではそんなレンズ達を通して感じた表現の話をして行きたいと思う」
公開日:2023/07/24

Vol.17 Leica APO-SUMMICRON-M 35mm f2 ASPH「机上の正論」

南雲暁彦

Leica APO-SUMMICRON-M 35mm f2 ASPH

高画質を謳うアポズミクロンシリーズ最後発のレンズで(2023年7月現在)30cmまでの近接撮影を可能とするギミックを搭載した一歩進んだレンズである。簡単に言ってしまうと超高画質で寄れる35ミリのズミクロンだが、発売当初からの人気と生産量の少なさで1年待ちとも2年待ちとも言われている。1,144,000円(*1)もするので沢山売れたらライカも嬉しいだろうに、そういうものでは無いらしい。簡単に沢山作れるものではないという事だ。
*1 ライカストアジャパンでの税込販売価格(2023年7月時点)

真面目なレンズ
どんなに高くて偉くても35mm F2というカジュアルなスペックは変わらないので、まずは近くにある物や風景にアポズミクロンを向けてみた。部屋の隅の転がっている10cmほどのオウムガイの殻をファインダーで捉えヘリコイドを回していると途中でレンジファインダーで合わせられる範囲を超えてしまった。軽いクリックを乗り越えるとレンズはまだ回るのでライブビューに切り替えてフォーカスを行う。こういう場合は最初からこうするのが正解なわけだ。


Leica M10-P + APO-SUMMICRON-M 35mm f2 ASPH (以下同)
1/60秒 F4  ISO800


M型ライカの悲願であった「もうちょい寄りたい」がここに成就する。非常に条件の悪い光での撮影だが流石にピントピークはしっかりと立つ。貝殻のひびや繊維のような表情もよく写っている。
繊細なトーンを捉えるのが得意のようなので、繊細な光にもレンズを向けてみた。この天使の梯子と雲の再現はさすがだ。無理やり時間を作って出掛けた先での美しい一瞬だったのだが、こういう写真が残るといい時間を過ごせたなと思える。寄れることが特徴の一つではあるがその前にレンズの基本性能がかなり高い。こんなに小さいのに、偉い。


1/1500秒 F2.8  ISO200

デスクトップの撮影を色々とやっていくつもりなのだが、それだけではもったいないので少しだけ単純に僕の目になってもらおう。


1/500秒 F2 ISO200

このレンズの開発責任者は、開放から最高の画質を持っているので被写界深度が深く欲しい時以外は絞る必要がない。と言っている。しっかりと立体感が欲しかったので絞り気味で撮影した。うん、このレンズは普通ではない。この椅子、よく撮影するのだがこんなに立派だったか。肖像写真として彼に差し上げたい気持ちになった。


1/90秒 F8  ISO1250



1/60秒 F2  ISO200

開放でも絞っても立体感がすごい。35ミリにして人の目を超えている感がある。肌理がしっかり写るレンズがプライムレンズの役目だと思うので、その際たるものだ。


掌の上の騎士
さて、僕のデスクトップの世界を撮っていこう。今までこれをやるM型のレンズがなかったので、それだけでも嬉しい。


Leica SL2-S Reporter + APO-SUMMICRON-M 35mm f2 ASPH(以下同)
1/6秒 F4  ISO200



1/60秒 F2.8  ISO10000

30cmギリギリまで寄って撮影する時はかなり被写界深度が浅くなり、しかもピントピークの鋭さから外してしまうとそれがはっきりとわかる、オールドレンズのような寛容さはない。



しっかり画質を追い込むときはカメラをSL-2Sに変えて使うのがベストだ。このファインダーは本当にいい。ノクチルックスなどを使うときもそうだが、その為に出来ているんじゃないかと思うほどよく見える。そしてレンズのキレの良さも存分にファインダーで味わうことができる。装着した姿はあんまりかっこ良くはないが、こういうレンズが出てくるとこのシステムは必須だと感じる。そしてSL2-S Reporterはどんなときもカッコよい。最近出たSL2のシルバーもなかなかいい。



コーヒー豆にも顔があって表情がある。いろいろな国から集まってきてその豊かな個性で日本にいる僕をも楽しませてくれるのだ。飲まない日は1日もないかもしれない。今まで地球を5.6周してきたが、世界中どこに行ってもコーヒーだけは大抵飲むことができた、単一の飲み物としてはもっとも世界に広まったものだ。これは写真にも通じるところがあって、世界中どこに言っても写真がない国はない、とても大きな文化だ。多くの人が嗜好し、作り上げ、独自に進化させていき、生活を豊かにする要素を多く含んでいる。そこにも僕がコーヒーに肩入れして好んでいる理由がある。
一杯のコーヒーを淹れるのも、一枚の写真を撮るのも同じような感覚でやっているのはそういうことだったりする。

まあ、コーヒーはアマチュアなので無責任に楽しめて良いし、失敗しても飲んでしまえばその記憶を残して消えて無くなるのもいいな。

ともかく、鋭いサーベルが急所を一突きするような描写でコーヒー豆の表情を満足いくクオリティーで捉えたのがこの掌サイズの小さなレンズだというのが凄い。これでいい、いやこれがいい。値段以外は。。。


机上の正論
さて、デスクトップを小粋に小さなカメラでさくっと撮りたい。という願いはSLシステムでは叶わないので、またM10-Pにカメラを戻そう。

M10-Pの感度をオートにして手持ちでデスクトップの世界を写真に変えていくのが楽しい。高感度の少しざらっとした質感の中で、アポズミクロンの性能を使って引き出した鋭いピントピークがそこに視線を誘導する。ノイズなどに負けない描写の強さ、「舐めるなよ、俺はアポズミ35だぞ」そう聞こえてくる。


Leica M10-P + APO-SUMMICRON-M 35mm f2 ASPH(以下同)
1/90秒 F4  ISO6400



1/90秒 F2.8 ISO2500

開放から安心して使えるレンズ、すなわち使い手にそのテクニックを要求するレンズなり。

こんなシーンをでっかいカメラとぶっといレンズでふうふう言いながら撮るのはスマートではない。M型ライカを斜めにかまえ、さっとフォーカスをキメ、小さなシャッター音を奏でる。それが机上の正論だ。



1/60秒 F2 ISO320

美味しいコーヒーが入ったので、トーストにマスカルポーネをのせて蜂蜜をたっぷりとかけよう。いただきます。


1/60秒 F2.8 ISO2000



進化のゆく先

道具には、人を補い楽にするための進化と、鍛錬を積み技術を得た人の為の進化がある。写真機材でいうと、前者は自動露出、オートフォーカス、手振れ補正など、後者はチルトシフトレンズやラージフォーマット、高精度ファインダーやマニュアル操作性の向上などか、アマチュアからプロまで全てが写真・カメラ文化を支えているので両方大事だと思う。



このアポズミクロンは本当に小さな鏡胴に超高画質、そしてM型としては破格な最短撮影距離30cmという非常にシンプルな方向で研ぎ澄まされたレンズだ。アポクロマートもASPH(非球面レンズ)も超大口径の望遠レンズや広角レンズの色収差を抑える為に使われてきた技術で、そもそもこんな小さな35ミリのF2に必要か?というものだ。しかしライカはアポズミクロン50mmに続きこんな大口径でもなく標準的な焦点距離のレンズにまでこの技術を使ってきた。このとんでもないフォーカスの鋭さ、解像度の高さ、色滲みの少なさはこういうコンセプトから達成したものだ。アポズミクロンは他にも75mmと90mmがあるがこのちょっと古い二本とは毛色が違う。デジタル時代本番、1億画素を見据えてのスペックだ。
このレンズの性能、特徴をいいと思うかどうかは個人の嗜好にもよると思う。僕は連載第一回に登場した球面ズミクロン、現行の50mm F2が大好きで、今のセンサーとの愛称ではこれが一番自然な写真的表現になると思っている。が故に、アポズミクロンの超絶解像度が突出して感じられ、逆に今使うから個性的なんだろうなと思った。1億画素時代には普通に感じるかもしれないし、そのころ球面ズミクロンはちょっと甘い、、と感じるのかもしれない。

しかし、1億画素のピント合わせはゾッとする。M型ライカにはAFも手振れ補正も望まないし、本当は1億画素にも魅力は感じない。その前にもっと広大なダイナミックレンジが欲しいと思っているのは僕だけだろうか。

前述したが、このレンズの良さを引き出すにはやはり腕がいる。ピントも手ぶれも自分次第だ。やはりライカには撮影の聖域があって、鍛錬と道具の進化がそういうふうにシンクロしていると思う。

Leica APO-SUMMICRON-M 35mm f2 ASPHは間違いなくこの時代において最高画質を叩き出すレンズの一本だろう。その中では最も小さく、高価なレンズだ。そして何よりも鍛錬を積んできた使い手を自由にするレンズではないだろうか。
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中古
アポズミクロン SL35mm F2.0 ASPH.
Leica (ライカ)
レンズ
¥454,800
マップカメラ

<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


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note

 

<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
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