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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
写真家 南雲暁彦が、様々なレンズを通して光と時間を見つめるフォトエッセイ
「僕にとって写真はそのままを記録するという事ではない。そこには個性的なレンズが介在し、自らの想いとともに目の前の事象を表現に変えていく。ここではそんなレンズ達を通して感じた表現の話をして行きたいと思う」
公開日:2023/08/30

Vol.18 Leica SUMMILUX-M 21mm f1.4 ASPH.「轍」

南雲暁彦
超広角21mmにして開放値f1.4。ライカが誇る大口径レンズの一本だ。今でこそ他社に追従されてきたが2008年の発売当時このスペックは世界初として話題になったもので、超広角レンズに新たな風を吹かせたレンズだった。SUPER-ELMAR -M18mm f3.8 ASPH.と同様に当時APS-HサイズのセンサーだったM8.2に対する広角レンズの補完的な意味合いもあったと思うが、もちろんフルサイズに対応し、ズミルックスらしい繊細な描写と超広角のダイナミズムを併せ持つ逸品である。ただし、ごくまれに周辺にマゼンダ被りを起こすことも記載しておこう。

Leica SUMMILUX-M 21mm f1.4 ASPH.



贅沢な大皿
このレンズが登場するまでは21mmとしては、世界最大口径として存在していたオリンパスのZUIKO AUTO-W 21mm F2をずっと愛用してきたので、今回のズミルックスはそういう延長線上にあるレンズだろうというイメージはあった。大口径で被写界深度を浅くできる超広角レンズ、とりわけ歪みの少ないレンズは極ナチュラルにその場の空気をごっそりと視界に導き、温度や音まで拾ってくるような光画を作り上げる。そしてまさに、SUMMILUX-M 21mm f1.4 ASPH.はそういう僕の感覚をさらに満足させてくれるレンズだった。フレームの中すべてがご馳走で溢れている。

そんなレンズを携えて、今回は少し旅に出てみようと思う。

道を間違えたついで、と立ち寄った諏訪湖の湖畔にてまずはカメラを持って外に出た。桟橋が写欲を煽るように伸びている。条件反射のように這いつくばり、ローポジションからその先を見つめた。こういう時間を旅の始まりと言う。



Leica SL2-S Reporter + SUMMILUX-M 21mm f1.4 ASPH. (以下同)
1/2000秒 F3.8  ISO100



1/250秒 F4.8  ISO100


1/40秒 F3.8  ISO100


21mm f1.4はすんなりと僕の中に入り込み、もう覗かなくてもその空間は感覚として持つことができていた。この旅はこのレンズ一本と決めているのだから、まあどの靴を履いて旅に出るかみたいなものかもしれない、歩いていれば馴染んでいくし、歩む速度も決まってくる。
旅にはそういう覚悟のようなものがあって、そこに一本の芯が通っていく。失敗とか、成功とかそう言うものではなく、何処にいって何をしても旅にすると言う気持ちがその時間の価値を決めるのだと思う。


SUPER-ELMAR -M18mm f3.8 ASPH.と同じ様にフードを外すと赤いリングが出てくる。フィルターはフードで挟み込んで装着するタイプを使用する。


かなり大柄なレンズなのでSL2-Sに装着した方が重量バランスはいいし、高画質ファインダーの恩恵は大きい。デザイン的にも申し分ない。


諏訪湖を後にし、郡上八幡に向かったのだがここで大きな勘違いに気が付く。台風一過での快晴と勝手に思い込みほぼ徹夜明けで友人の車に乗り込んだのだが、行く先はいまだとんでもない暴風雨の真ん中だったのだ。天気予報も見る暇もない状態で出かけてしまったという、旅の鉄則を無視した軽率な行為だったと思う。それでもやりようはあろう、と前向きに考えて最初の目的地に到着した。

町の真ん中に清流を称え、橋の上から川に飛び込む子供達、というお約束のシーンなどもちろんなく、荒々しい濁流が時に丸太をも流しながらうねっていた。携帯はけたたましく避難警報を鳴らしている。もう笑うしかない。



1/1600秒 F5.6 ISO100


1/200秒 F8 ISO100

それでもときおり止む雨の間を縫って街を歩き、シャッターを切る。濡れた石畳はやはり綺麗で、苔むした神社は雰囲気がいい。写真とはそういうものでもある。


1/125秒 F5.6 ISO100

このレンズやはり被写界深度が浅い、f5.6程度だとフォーカスを合わせたところ以外は思ったよりピントがこない、また周辺光量落ちも普通にある。逆にそれがこの重たい雰囲気にあっていて、だからあえてあまり絞らずに撮る。解像度を見せるのではなく、写真を見せるのだからそれでいい。しかし21mmというのは旅のスナップで使うにはギリギリの短焦点だなと感じる。ここから先はちょっと気をてらった絵作りの焦点距離になってきて、それはそれで面白いのだが飛び道具的な位置づけになり、それ一本という訳には行かなくなる。


1/1250秒 F3.8  ISO100

そういう意味では結構今回は難しいレンズなのだが、もう覚悟はできているので淡々とこの眼で撮り続けるだけだ。丁寧に距離を感じ、光を見つめ、刻を刻む。21mmの画面いっぱいいっぱいに、それを盛る。


1/400秒 F3.8  ISO100


1/80秒 F3.8  ISO100

雨の日の緑は好きだ。しっとりとして深みがあり、低いコントラストの光がそれを全て見せてくれる。浅い被写界深度を使い、その場の雰囲気をごっそりといただく。開放よりちょっとだけ絞る、それがレシピだ。


1/1600秒 F3.8 ISO100

郡上八幡城から山に囲まれた町を見下ろす。次回は青々とした清流が見えるときにこよう。まあ、そういう時は混んでいて大変なんだろうが。


1/800秒 F3.8 ISO100


1/40秒 F16 ISO1000


写真の匂い
移動の途中で友人が「ここちょっと止まってみよう」と言って立ち寄った場所。小さな沢が流れていて、その奥に池があった。あんまり綺麗じゃないなとボーっとみていたら奥まで沢は続いていて、そっちの方から彼が「猪がいた」と声をかけてきた、瓜坊だったとのこと、かなり自然が濃いらしい。どれどれと一人でさらに奥まで歩いていくとちょっと予想外の風景が広がっていた。



1/40秒 F4.8 ISO800


1/40秒 F4 ISO800


1/40秒 F4 ISO800

え、これは、どこかでみた風景だぞ。と思いを巡らせていたらニュージーランドのレインフォレストだった。まさかこんなところでこの風景に会えると思っていなかったのでちょっとテンションが上がる。しかしこの友人、本当に写真的な鼻が利く。


1/40秒 F3.8 ISO400

歪曲の少なさ、繊細な描写、色乗りの良さ、もうすでに何のレンズを付けているかなど意識からなくなっているが、写真がそれを思い出させる。いいねえ、ズミルックス21mm。

と、ここで機材に意識が向いたところで一つ、このSL2-S Reporterとの組み合わせで毎回引っかかる部分に気がついた。重量バランスやファインダーでの高精度なフレーミング、フォーカシングなどバッチリだと思ってこのセットで使い始めたが、全て開放で使う場合はそれでいい、ただ絞って使う場合は一度絞りを開放にしてフォーカシングし、そのあと任意の絞りに換えるという操作が付き纏うのだ。ここでテンポが崩れる。絞ったままでのフォーカシングはやはり雑な行為だし精度もでない。

問題、というほどのことでもないのだが、そろそろM10-Pに付け替えて使ってみることにした。そうすればフォーカシングと絞りに関わりがなくなるし、広角におけるレンジファインダーのピント合わせの精度が高いのはご存知の通り。外付けの光学ファインダーは、まあ雰囲気である。今度はそこに難が出るが、ちょっとはテンポが変わるだろう。



森から出て旅を続ける。途中何やらミステリアスな雰囲気、を勝手に感じ取った建物があったので車を近づけて窓ガラス越しに撮った。ガラスについた水滴と紫外線のカットされた色合いがこのミステリアスな建物にさらに謎のベールをかける。なんでもかんでもはっきり見えればいいというものではないのだ。正直、ライブビューで確認しない限りどんなふうに写っているかさっぱり分からないのだが、きっとこんな風だろう、そのつもりで撮ってんだと思い込んで、ちゃんと思い込み通りになった、という写真である。



Leica M10P + SUMMILUX-M 21mm f1.4 ASPH.
1/30秒 F3.4 ISO800




旅の途中で薄暮の鉄橋にカメラを向ける。ここには来たことがあり、自分の残した轍を感じることができる。その時は三脚がなかったので今回は同じ轍を踏まない様に持ってきたのだが、おかげで前回よりいい写真が撮れた様だ。運よく滅多にこない電車が通り、僕の新しい轍に花を添えてくれた。

轍(わだち)というのは道を通った車輪の跡、という意味と、比喩的に先人の通った道、道筋、行き方という意味がある。轍を踏む、というと同じ失敗をするという意味にもなるが、実際はうまく利用して便利に使われることもあったようだ。もちろん今でもそういうことはあるだろう。いずれにせよ僕には人が努力して目的に向かったときに残る人間臭い痕跡として感じることが多い。轍の不便な部分から脱却する為の道として進化したものの一つが鉄道だが、ここにもそういう元になった轍の痕跡を感じた。



Leica SL2-S Reporter + SUMMILUX-M 21mm f1.4 ASPH.
1/15秒 F3.8 ISO1600


はからずもの諏訪湖で旅のオープニングセレモニーをやらかし、郡上八幡で濁流を飲み込み、日本のレインフォレストで道草を食って、出会った建物にミステリーを勝手に感じ、飛騨高山に抜けて観光客を演じ、さらに雨の中ランクルをぶっとばして我々の旅は続く。鉄橋の撮影の後ベースキャンプにしている富山で一泊し、次の日はまた豪雨の中をぶっ飛ばして、ちょっと前から確認してみたかった場所に向かった。


Leica M10P + SUMMILUX-M 21mm f1.4 ASPH. (以下同)
1/3000秒 F4.8 ISO200


全く前が見えなくなる様なとんでもない豪雨を通り過ぎると、荒々しい雲を称えた久しぶりの青空が現れた。少し建物とか人が作ったものを画面に入れるとその抗えない大きさがよくわかる。21mmの画角は、その時自分が感じたことをそのまま撮るのにちょうどよかった。このスケール感が見せたかったものだ。

そして僕らは高速道路の上でまだ濡れた路面の水に一瞬の轍を残しながら、彼の地へ向かう。


辿り着いたのは中山道の真ん中に位置する奈良井宿、江戸側から数えても京側から数えても三十四番目に位置するちょうど真ん中の宿場町だ。なぜここかと言うと、30年近く前にオフロードバイクのツーリングでこの辺りのダートを走りに来たことがあり、そのときにふっと立ち寄った場所が忘れられずにずっといたからだ。ダートをかっ飛ばすこと以外には全く興味が無かった当時、本当に疲れたからバイクを止めただけだったと思うのだがいきなり目の前に現れた江戸時代の街並み、しかもこれが長々と続いていてちょっとあの時は言葉を失った。

あれは一体どこだったんだ、と言う思いが年々募っていった。随分立ってから調べてみたところ、どうやらこの奈良井宿か馬籠以外は無い。それで今回の旅のルートから行きやすく、当時の記憶に近いこの地にやってきた。




1/180秒 F2  ISO200

到着したのは午後5時過ぎ、お店がパタパタと閉じ人影もまばらになってくる頃だった。そうなると現代であるという感覚がだんだんと薄れていき、時間旅行が始まるのだ。記憶とすり合わせる様に具に町を見て歩いていると30年前などついさっきの様な気もするし、この歴史が刻んだ黒々とした街並みに逆にこちらが見られている様な気にもなる。


1/500秒 F1.4 ISO200

SUMMILUX-M 21mm f1.4 ASPH.でこちらからも一生懸命覗き返す。パースで捉え、パーツを浮き彫りにする。f1.4は伊達じゃない。シャッターを切ることで時間の感覚をギリギリ手元に残し、奈良井宿の時間の波に自分を乗せていく。


1/90秒 F1.4 ISO200


1/30秒 F9.5 ISO4000

30年前のおぼろげな記憶とカメラを持ってここにやってきたが、僕が残した轍は正直ここにあったのかどうか確証は持てなかった。ここだった気もするし、そうじゃない様な気もする。そしてこの奈良井宿という人が山間に残した大きな轍の様な空間の中で、僕のあの時の一歩がいかに一瞬の小さな出来事に過ぎないのか、と言うことを考えていた。あのときシャッターを切っていれば少しは違ったのかもしれない、とも。

写真を撮る行為というのも一瞬の小さな出来事かもしれないが、そこで撮られた写真は時間に熟成され固定された点となっていく。今僕がここにいる事に意味なない、ただ今ここでシャッターを切る事で、この時代の奈良井宿とともにその小さな存在を証明することはできる。それは大事な人生の足跡だ。

町からすっかり人が消え、ポツポツと明かりがつき出した。車に戻ってレンズをまたSL2-Sに付け直し、三脚をかついで明るい時間から目をつけていた場所に戻った。

三脚を構えていると隣に外国人のフォトグラファーがぴたりと並んだ。

「何処からきたんだい」

「イタリアだよ。」

「おお、僕は何度も行ったよ、日本はどう?」

「美しいね、色んな国を旅しているけどここは素晴らしいよ」

お互いに写真を見せ合って、軽く話をした後にインスタを交換して別れた。ナミビアのデッドフレイには二人とも行っていて、世界を撮り歩いてきたフォトグラファーとしての親近感が湧く。

感情の動きは無条件だ。時間も国境も超えて、美しいものは人を癒す。大事に残して人の豊かさの糧にしたい。そうやって僕はここに轍を刻もうと思う。

今回の旅はここが最終目的地だ、かつてオフロードバイクで刻んだ轍を今回はSUMMILUX-M 21mm f1.4 ASPH.で刻んできたが、まあ今の自分らしくて良いのではないだろうか。また何年か経ったらこの轍を頼りに過去の自分に会いに来ようと思う。



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<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


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note

 

<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
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