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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
公開日:2023/09/27

Vol.19 Konica UC-HEXANON 35mm F2「不器用な正義」

南雲暁彦



Konica UC-HEXANON 35mm F2

純粋に光学性能を突き詰め、操作性や物体としての存在感、それを手にした時の嬉しさを追求したものづくりが盛り上がった時代、1992年にこのレンズが搭載された高級コンパクトフィルムカメラ「Konica HEXAR」は誕生した。リコーGRと同じくそのレンズ性能が評判となり1996年にライカLマウント化にて限定1000本が販売された。その後、光学性能はそのままにシルバーだった鏡筒に黒い塗装とUC(Ultra Coating)を施され、2001年にまたしても1000本の限定で販売された。
それがこのKonica UC- HEXANON 35mm F2だ。


隠された爪
35mmは、本連載では何度でも登場してきた焦点距離である。超激戦区にして特徴の出しにくい焦点距離の中で、果たしてこのHEXANONはどういった美点を見せてくれるのだろう。使う側としても35mmは正直そんなに面白い焦点距離でもなく、ボケッと撮るとつまらない写真になるので結構本気になってしまう疲れるレンズだったりする。特徴を探るように、まずは部屋の中でいろいろなところにレンズを向けてみる、最短撮影距離90cm、これが思ったより撮るものを限定してしまう、あと20cm寄れないのが結構辛いのだ。室内ではちょっと致命的というほど撮りづらいと感じた。描写性能にも室内では特に評価するところもない、、「ちょっと、どうなんだこれ。」というのが最初の感想だった。

ではフィールドへ連れ出してみようということで、三鷹にある国立天文台に向かった。大きなものがありそうな場所へ連れて行けば何か良さが出せるかもしれないと思ったのだ。駐車場にクーペを止め、HEXANONをつけたM10-Pをぶら下げてドアを閉めた。

最初に目についたのは竹林とその前に立っている不思議な形に折れ曲がった木だった。日陰の青い光の中で、歓迎されているような、脅かされているような、なんとも言えない挨拶を受けたので、はいどうもと正面からシャッターを切った。LマウントなのでM10-Pのブライトフレームは35mmには切り替わらない、撮って画像を確認してみても特に、、普通に写っているだけだ。うーん。



Leica M10-P +  Konica UC-HEXANON 35mm f2 (以下同)
1/90秒 F11  ISO10000



しかし日向に出ると午後の日差しが痛いぐらいに暑い。頑張って歩いて行くと天文台らしい建物が少しずつ現れてきた。
国の登録有形文化財、第一赤道儀室。1938年から61年間、太陽黒点のスケッチ観測に活躍した国立天文台三鷹キャンパスでは最古の観測用建物だ。口径20cmの望遠鏡はツァイス製だ、写真好きにはそれだけで浪漫である。



1/180秒 F4.8  ISO200

古代文明の遺跡のような迫力がある佇まいに、薮の中一歩足を進めてフレームを決める。難しい露出だが、深いコントラストをしっかりとレンズが受けとめているように感じる。「ん、もしや、そういうことか、」
道に覆い被さるように生えている木々の間から時折痛いぐらいに差し込んでくる強い日差しに直接レンズを向けた。ほとんどのオールドレンズ、いや現行のズミクロンでも盛大なフレアやゴーストが発生するシチュエーションだ。

果たして、僕の予想は的中する。



1/500秒 F4.8  ISO200

やはりそうか、このレンズ逆光に強い。とてつもなく強い。同じようなシチュエーションで何枚も撮ってみたが、同じような結果になった、光源を画面の端に持っていくと少しだけ虹色のフレアが発生するが、目を凝らして見ないとわからないレベルだ、ボワっとしたフレアが出ないし色滲みも殆どないので画面の平和が保たれている。普段正体を隠して生活していて、危機がおとずれると身を挺して守ってくれる。そんな昭和のヒーローのような爪の隠し方をしているレンズ、それがHEXANONの正体だと思った。まあ、なんとも地味な。しかし、これでわかった。
それでは、使いこなしていこうではないか。


ヒロイズム
国立天文台の真っ直ぐに伸びた道を進む。それこそ昭和の佇まいたっぷりの空間に、昭和のヒーロー的なアイテムを携えて昭和生まれのフォトグラファーがたった一人で真夏の日差しと対峙する。これをヒロイズムという。

天頂を通り真北(子の方角)と真南(午の方角)を結んだ線をさす子午線を通過する天体の位置を精密に観測する望遠鏡を子午儀や子午環という。やはりドイツ製のレプソルド子午儀によって観測が行われていたこの建物に西陽が当たる。1925年からここには西陽が当たっていたのだ。



1/750秒 F2.8  ISO200

建物に100年近くもの時間が積もってできた風格が感じられ、それを遥に超えるスケールの観測が人の手によって行われてきた事にため息が出る。


1/90秒 F4.8  ISO2500

こちらも国の登録有形文化財、天文台歴史館(大赤道儀室)だ。焦点距離10メートルに及ぶ屈折望遠鏡を収めた木製ドームは非常に珍しい建築になっている。


1/90秒 F5.6  ISO320

影の中の被写体に対してもHEXANONはいい仕事をする。ガリガリに解像せず、しっとりと湿った表情をシャドーギリギリで残してくれる。この辺はスパッと落とすGRとは随分と性格が違う。


巨大なレンズで宇宙を観測してきた望遠鏡を前に、僕はこの小さなレンズを持ってたったの今だけ立っている。それでも一本のレンズを持っているのだから、写真人としてやれる事をやるのだ。



1/60秒 F2  ISO5000

歴史も大きさもこのスケールの被写体を前にしていると最短撮影距離が90cmという短所のことなど忘れてしまっていた。
今は色々と便利になったが、昔は当たり前だったことがたくさんあって、ヒーローだって扱いづらい乗り物に跨って、埃にまみれになりながら素手で怪人をやっつけてきた。フォトグラファーだってピントも露出もマニュアル撮影で名作を残してきたのだ。一本芯が通っていればそれを必殺技になんでもやってやる、そんな気分になってきた。HEXANONには派手な必殺技は無い、ところが光への耐性がすこぶる強いという、なんでも食えます、丈夫さが売りですみたいな芯がある。「それさえあれば」あとは自分が何に立ち向かうか、というわけだ、言い訳はやめだ。



0357/1000 この刻印が1000本限定の証である。UCでボディが黒に変わったほか外装デザインも一新されピントリングはピントノブになっている。このピントノブは途中で引っ掛かることもなくスムーズ、絞りリングのクリック感もしっかりと遊びがなく操作の安心感はすこぶる高い。塗装はライカでいうところのブラックペイントに近い艶のある仕上がりとなっており、そして何よりもUC(Ultra Coating)によって素晴らしい逆光へ耐性を持っている。
ところで、
この個体は友人にお借りしたものなのだが、なんと元箱のまま渡され開けて見て驚いた、「これ、、新品ですやん。。」ということで、性能はバッチリ出ていると思われる。ありがたや。


1970
とんでもなく暑い夏の午後、ほとんど誰もいない国立天文台を歩き回る。広々とした草原や森、歴史ある建物に囲まれているとものすごい孤独感と不思議な懐かしさに包まれた。意識が時間に引っ張られ、思考がモノクロームになっていく。今日の最後の日差しが空に強いコントラストの雲を引く、ふっとひらけた草原から空を仰いだ。



1/250秒 F4.8  ISO200

その草原の傍に一機のパラボラアンテナのようなものがあり、僕と同じように天を仰いでいる。だいぶ古いものに見える、おそらくもう稼働はしていないのだろう。しかしやはり本物であることは間違いなく、その存在に惹かれて近づいた。

6mミリ波電波望遠鏡、1970年完成。世界で3番目、国内では初めてのミリ波電波望遠鏡で、新たな星間分子の検出、オリオン星雲や天の川銀河の中心領域での星間分子の分布観測など画期的な成果をあげ、日本の宇宙電波天文学の黎明期を支えた。
とある。

1970年完成、全くの同級生だ。この電波望遠鏡は三鷹で生まれ、全国を転々としながら観測を続け、2018年にこの三鷹キャンパスに戻ってきたという。自分の人生が始まった時からの出来事かと思うと同時代性を感じて勝手に胸が熱くなる。
無数の傷や汚れ、錆、それは刻まれた勲章のように思えて、それを讃えるようにシャッターを切った。HEXANONはそれを完璧に捉えてくれる。




1/90秒 F5.6  ISO200


1/500秒 F5.6  ISO200

このカットを撮ったとき、ああ、だからここに来たのかと自分の行為に納得した。
この電波望遠鏡はもう観測こそしていないが、日本の宇宙電波天文学の歩みを伝えるという役割を持ち、日本天文遺産として堂々とここに立っている。自分も最後までこんなふうに立派に立っていたいと勇気をもらえたし、1970年のヒロイズムを写すには力強い描写のHEXANONはもってこいだったようだ。ちょっと昔の特撮怪獣映画テイストの写真になり、にんまりしてしまった。


壮大な始まりと一枚の空
最後にアインシュタイン塔と呼ばれる太陽塔望遠鏡に行ってみた。塔全体が望遠鏡の筒の役割を果たしていることから「塔望遠鏡」と呼ばれ、ドイツ・ベルリン市郊外にあったポツダム天文物理観測所のアインシュタイン塔と同じ研究目的でつくられたという経緯でこう呼ばれている。こちらは1930(昭和5)年完成とだいぶ先輩だ。



1/90秒 F6.8  ISO1600

外壁のスクラッチタイルは焼きむらで出来た色の違いを上手く組み合わせて貼ってあるそうだ、近寄ってみるとそれがよくわかる。さらに目を引いたのはここに生命の進化の過程を描くようにタイルに張り付いた植物のアートだった。
最短撮影距離90cm、それ以上でもそれ以下でも違うドンピシャな距離感、思えば距離など無限にあって、20cm近寄れないと言い訳めいたことを言っていた自分がいかに既存の概念に囚われていたかと恥ずかしくなった。やりたいこと、やり易いことにどんどん近寄って当たり前にしてしまうのが人なのだと思うが、それだけになってはいけない。便利なことは逆に可能性を狭めてしまうことになりかねない。

やはりHEXANONの描写は繊細というより力強い太さを感じる、そういう意味ではズミルックスよりやはりズミクロンに近い、だがもっと中間からシャドーの描写に重さがある。とんでもなく逆光に強い設計はこの領域でも活きているようだ。



1/90秒 F8.0  ISO2500

このぐらいの年代に生まれたレンズはオールドと呼ぶには新しく、とはいえデジタル補正が前提に作られた今時のレンズとも違う、その狭間に生まれた最後のアナログ的美学を備えたプロダクトかもしれない。レンズ単体として一本芯の通った完成度を感じるし、35mmという焦点距離はデジタルカメラで古いレンズを使う時によく起きる周辺のマゼンタ被りもないので使いやすい。デジタルデータや作例写真警察に迎合しない力強い写真表現を追い求めて作られた。そういう描写をする。

そして、やはりあとは自分次第なのだ。

一通り建物を見て回って不思議に思うことがあった。最先端の技術で観測を行っている国立天文台だというのだが、どうも遺跡のような建物ばかりでその匂いがしない。閉館時間のこり僅かというところで展示施設に入ってみた。そこで驚きの事実を知る。
この国立天文台三鷹キャンパスの地下にはTAMA300という基線長300メートルの干渉計型重力波アンテナが設置されている。重力波というのは100年前にアインシュタインが予言した時空のさざなみで、2015年に初めてアメリカの重力波望遠鏡が検出に成功したものだ。それは13億年前のブラックホールの衝突が起こしたもので、500兆分の1mmという反応だったという。大きくも小さくも気の遠くなるようなスケールの話だが、この重力波天文学が最も新しく宇宙の謎を解明する研究だと言われており、そこで必要な重力波望遠鏡の基礎研究、技術開発をしているのがTAMA300なのだ。すごい、世界最先端の研究開発が足元で行われていた。もちろん他にもたくさんのプロジェクトが世界と連携して動いているという。

そんな途方もないスケールの話を聞いて、途方に暮れながら美しく暮れていく空を見上げた。天文機器資料館の丸い屋根を夕陽が染めて、その上を大きな雲が渡っていく。



1/500秒 F6.8  ISO200


1/350秒 F6.8  ISO200

来てよかった、特に撮影をしに来ると自分なりに芯のある部分でその土地や被写体と接することができる。最後に見たこの空も、国立天文台を撮ることで芽生えた感覚やえた知識が特別な空に変えてくれる。ほんの一瞬の、たった一枚の空だが、それは壮大な宇宙につながる景色なのだ。


1/90秒 F2.4  ISO400

クーペの瞳も美しい夕陽に染まっている。きっと僕も今こういう顔で空を見上げているのだろう。

*2023年10月5日 UC(Ultra Coating)についての解説に誤りがあったため修正いたしました。UCとはレンズのコーティング方式を意味します。

 
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<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


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note

 

<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
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