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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
写真家 南雲暁彦が、様々なレンズを通して光と時間を見つめるフォトエッセイ
「僕にとって写真はそのままを記録するという事ではない。そこには個性的なレンズが介在し、自らの想いとともに目の前の事象を表現に変えていく。ここではそんなレンズ達を通して感じた表現の話をして行きたいと思う」
公開日:2024/10/02

Vol.30 Leica 復刻版 SUMMILUX-M 35mm F1.4 (スチールリム )「復活の日へ」

南雲暁彦
復刻版 SUMMILUX-M 35mm F1.4 通称スチールリム。このレンズはその柔らかいボケ味から「True King of Bokeh」と言われた1961年登場のSUMMILUX-M 35mm F1.4をオリジナルとし、その光学的な計算と設計に基づいて2022年に復刻版として製造されたものだ。
ステンレス製のフロントリングを持つことからスチールリムの愛称で呼ばれる名レンズの一本で、「ズマロンM 28mm F5.6」「タンバールM 90mm F2.2」「ノクティルックスM 50mm F1.2 ASPH」に続く4本目のオールドレンズ復刻版となる。

ボケに味がある、というのが最大の特徴と言われているがこれは個人の感想によるところが大きい。よく思うのだがオールドレンズのボケはその味を出すために作られていたわけではなく、たとえば大口径化やレンズ構成の副産物として生まれたものだろう。
確かに面白いのだが本当に評価の本筋はそこなのだろうか。どうも定説だけを頼りにレンズと対峙するのが苦手なようだ。今の時代に存在するものとして、この明るくて小さい35mmが作り出す写真、それをしっかりと捉えて行こう。


 


光と影
ちょうど今、「光と影」を意識した作品の講評や自らの撮影をやっているので、まずはこの写真の本質をスチールリムにぶつけてみようと思う。


Leica M10-P + SUMMILUX-M 35m F1.4 (以下同)
1/4000秒 F1.4  ISO200


被写体として単純に光と影があるということではない、明暗が分かれ、希望と絶望があり、栄光と挫折を象徴し、それは人の心に混じりあい、表裏一体でもある。そういう事の表現だ。


1/60秒 F4.0  ISO2500
 

1/4000秒 F4.0  ISO200

光と影のビジュアルは無意識に人の心の深層とリンクしたことで生まれる、そんな自分の心が押したシャッターだ。光と影どちらか一方しか無いなどということはない。


1/45秒 F3.4  ISO1250


1/90秒 F6.8  ISO200

光を求めて歩き、そこに影となった闇の存在を知る。その時の気持ちでその表裏は反転し、どちらが善で、どちらが悪でもない。

さて、スチールリムはどうだったかというと開放の描写はやはりとても柔らかいが中心部の線は細く、コントラストの高い被写体をシャープなイメージで表現する。明るい被写体ではピントピークに滲みが目立ち、これが一番オールドらしさを醸し出す部分だろう。周辺部はかなり描写が甘く、流れがあり、減光は大きい。言わずもがな絞っていくとそれは補正されていく。



出発地点
四半世紀、というと若い頃は途方もない時間に感じられたが今になってみるとちょっと前のことだったりするし、記憶もしっかりとある。ちょうど四半世紀前に手に入れたバイクがうちにあって、新車から大事に乗っているので外装は綺麗な状態を保っている。非常にスポーティーで発売当時のオフロードバイクの中では最もハイスペックなマシンだったのだが色々と事情があって、手に入れてからあまり思いっきり走らせてやることが出来ていないままでいる。最近ちょっと思い立ってコイツを中身まで復活させ、あるラリーイベントに参加することを目論んでいた。復刻レンズならぬ、オリジナルの復活マシンだ。安全性能や排ガス規制もあり、この手のものは当時のスペックを忠実に再現して復刻、とはいかないのである。

ありがたい復刻レンズで、必死に復活させたバイクを撮る。このスチールリムの古臭い描写が古傷だらけの復活マシンにはちょうど良いかもしれない。35mmなので分かりづらいが、開放での被写界深度は本当に浅く、ローキーに撮ると周辺は闇に叩き込まれる。


1/1000秒 F1.4  ISO200

このイベントは、SSTR (サンライズ サンセット ツーリング ラリー)というもので、自分で日の出の時刻に太平洋側のどこかを出発地点に設定、定められたチェックポイントを通過しながら走行し、ゴールの石川県千里浜なぎさドライブウェイに日没までに辿り着くという日本横断ラリーだ。関東からだと500km前後を11時間ほどで走ることになる。
ということでスタート地点を横浜に絞り、仲間と一緒にいくつかのポイントを巡る。本当はバイクで回りたかったのだがあいにくの雨、この日は車での下見となった。


1/1500秒 F1.4  ISO200


1/125秒 F5.6  ISO200


1/750秒 F5.6  ISO200


1/500秒 F2.0  ISO200

横浜と言えばみなとみらいにばかり目が向いていたが、少し離れると寂れた風景がカオスのように広がっている。四隅まで明るくパッキリ写るレンズでは無いのでこういう重たい雰囲気の風景によくあうレンズだ。開放F1.4はさすがで、寄れないレンズながら空間の中で被写体を浮かび上がらせることに長けている。


1/2000秒 F8.0  ISO200

鉛色の空に一瞬青い穴があき、何かの工場の何かの塔がそこを突き刺す。F8.0まで絞ると全画面でしっかりとシャープになるのはオールドレプリカの方程式どおりだ。重たいコントラストで35mmの適度なパースをしっかりと描写する。


1/2000秒 F3.4  ISO200

横浜港シンボルタワーのミレニアムファルコン号のような展望台から港を見渡す。出発地点はバイクを問題なく停められて、できれば海がしっかり見えて、写真も撮れるところがいい。雨の場合も考慮して屋根があるところがいい。
となると、やはりあそこか。


復刻版 SUMMILUX-M 35mm F1.4。 昔のレンズの好きなところは前玉が大きいことだ、このスチールリムもコンパクトながら大口径を主張する前玉を持っていて、たくさん光を取り込むイメージを沸かせるフォルムを持っている。


 
使っていて最も特徴として感じるのはこの手前に突き出た薄い絞りリングの爪の感触だ。オリジナルより遊びが大きくカチカチと味気なく回り正直こちらはあんまり好きにはなれなかった。そして言っておかなければならないのが付属のフードを装着すると画面4隅に写り込んでしまうという事だ。どうやら改良品もあるようだがこの個体についていたものは見事にかぶった。僕が思うこのレンズの美点は大口径にしてこの小ささという事に尽きる。だからフードなどなかったものと思い付けずに使ったが、その方が美点が生きるだろう。



復活の日へ
1999年発売のホンダCRM250AR それが僕の愛車だ。外観は奇跡のように綺麗だがやはり消耗品やゴムパーツなど色々とダメになっていてこのままでは長距離は厳しい。だからSSTR2024に向けて淡々とメンテナンスを続けてきた。もう新品の交換パーツは手に入らないので基本は修理だし、長距離を走るのが得意なバイクではないのでそれを補う装備を考えて装着し、結構念入りにラリー仕様に仕立てあげたので相当な手間がかかった。新しいバイクで走ったら全然楽だと思うが今回はこいつで出るのが目的でもある、そこは譲れない。


1/500秒 F1.4  ISO200

一年近く準備に費やしただろうか。満を持して主催者から送られてきたゼッケンナンバーを貼り付ける、色が車体にバッチリあっていて嬉しい。No.1037トーサンラッキーセブン(笑)スチールリムがゼッケンナンバーを浮かび上がらせ、エントリーマシンが完成したことを表現してくれた。

後日、スタート時間にあわせ朝4時に起き、雨の合間を縫って一人バイクで出発予定地点に向かった。最後の下見だ。


1/500秒 F6.8  ISO200

去年幼馴染のライダーが出走した時のスタート地点として教えてくてれたハンマーヘッドパークにも行ってみた。ここは海が綺麗に見える。雨が降らなければここもいいなと思いつつ、第一候補の目的地に向かった。


1/500秒 F2.4  ISO200

横浜は慣れていないと道がカオスですぐ迷う。どこだよ、ここ…。


1/4000秒 F4.0  ISO200

向かった先は横浜ベイブリッジスカイウォーク、ここが第一候補だ。以前このThe Lensgraphyでも「横浜写真探偵譚」という話で登場した場所だ。あの時はヘクトール28mmF6.3だった。そういえばパースは違えどあの重く深みのある描写はスチールリムと近しい。

朝の青い光の中で、ベイブリッジを背景に我が相棒を撮る。35mm大口径レンズの利点は開放で撮ってもボケが大き過ぎず、背景を溶かさぬまま空間に穏やかな空気感与えてくれることだ、寄れるレンズだと背景をボケで溶かすこともできるが、最短撮影距離1mのスチールリムはそういう奇を衒った楽な撮影を許さない、僕はそれなり使いこなしの難しいレンズだと思う。


1/3000秒 F1.4  ISO200

さて、いい写真が撮れた。やはり出発地点ここにしよう。


1/350秒 F9.5  ISO200

雨が降ったらスタートまでここにいればいい。橋の下の利点だ。


1/1500秒 F3.4  ISO200

最短撮影1mでの撮影。バイクぐらいの大きさならちょうどいいかもしれない。小物や料理撮影には使えない。


バイクの頭についているゼッケンの貼ってあるプレートは可変ウィンドバイザーで、こんな小さなものだが高速走行時に体にあたる風圧をかなり軽減してくれる。こういう長距離快適装備がそこらじゅうに取り付けてある。

一息ついていたらラインメッセージが届いた

「横浜?」 一緒に出走する仲間からだった。

「そう、来てる。」

「まだいる?30分あれば行くけど」

「お、じゃあ、待ってるよ。カフェでも行こうか」

程なく、快音を轟かせて彼のBMWがやってきた。


1/4000秒 F4.0  ISO200

今回一緒に出走する仲間はあと二人いて、このBMWとトライアンフが2台という豪華な顔ぶれ。SSTRへのエントリーは僕が言い出しっぺなのだが、四半世紀前の250オフロードと一緒に走るメンツとしては…いいのかよ、みな4倍以上の排気量だぞ…まあいいか、みんなよろしく。


1/4000秒 F4.0  ISO200

背の高さと横投影面積だけは我が愛車が群を抜く、見晴らしはいいが横風にはめっぽう弱い。このBMWとちょっと一緒に走ったが、流石にリッターバイクはいい加速をするし安定感もすごい。ボクシングの階級で言ったらヘビー級とフェザー級ぐらいの差、もはや異種格闘技に近い。

カフェに立ち寄り二人でたまごサンドを食べながら、出発地点はここでいいねと話を決めた。本当に楽しみだ。


1/750秒 F8.0  ISO200

35mmのスナップはふっと画面におさまった何気なさがいい、よったり引いたり頑張らずスチールリムの距離で撮ればいい。こういう釣りをしている場面で釣れたところは見たことがないが、必死に吊り上げることよりもこの時間に身を置くことが大事なのだと思う。どう生きているか、それしか写真には写らないのだ。この日は雨予報も外れ平和な時間が流れていた。
さて当日、皆元気にスタート地点に集合し、雨も降らないことを祈ろう。


1/2000秒 F1.4  ISO200

SSTR2024、僕の出走日は2024年10月7日。その時はまた違うレンズを携えて、

行ってきます。


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<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


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<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
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