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Photo & Text 鈴木誠

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Photo & Text 丹野清志

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
公開日:2024/09/01
Vol.29 Leica SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPH「明鏡止水」
南雲暁彦
LEICA SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPH、今回は久しぶりに現行品としてラインナップされているレンズだ。最新のMマウントレンズのトレンドに則って最短撮影距離が縮められ40cmまで被写体に近づいて撮ることができる。回転させて迫り出す短いフードが組み込まれているずんぐりとしたデザインのレンズで、それなりの存在感があるが今の時代の35mmF1.4という大口径レンズとしては非常にコンパクトだと言える。
明るくて、小さくて、寄れる。つまり腕利きにしてみればとてもユーザビリティーが高いということだ。写りの良さは作品を見て判断すればいいが、まあ悪いはずがない。
フォーカスノブを70cmより近距離側に回すときに軽い段差を乗り越えるような感覚があり、そのまま40cmの最短撮影距離まで回る、その時はM型ライカではライブビューか外付けのビゾフレックスを使用してフォーカシングすることになるのだが、僕は迷わず純正アダプターを介しライカ SL2-Sに装着して使うことにした。利点としては解像度と倍率の高いEVFを使用できることや、手ぶれ補正が使えることになるのだが、何よりもあまり撮影に意識をとらわれずにいられると思ったからだ。「がっちり握って構え、フレーミングして、射る。」この基本動作がやりやすいので、こいつで撮る時は圧倒的に撮影の所作が少なくて済む。

猛暑の1日に出会った三つの邪念なき心を撮っていこうと思う。
その1、手加減無用
4月のとある日にオイル漏れで油圧ゼロのまま走ってしまい、エンジンを痛めてしまった愛車はレッカーで運ばれ長い入院生活を送っていた。トラブルが起きたときにいつもメンテナンスをお願いしているところに連絡したところ、二言目には「それはもうエンジンオーバーホールだ」と言われて愕然とした。つまり車からエンジンを下ろしてネジ一本までバラバラにして修理、組み直すということだ。かなりの重修理で時間も費用も相当にかかるので、オイル漏れの箇所だけの修理ではダメか聞いてみたが、そんなことをしてもまたおかしくなって、その時はもう修理不可能になる、やるならオーバーホールだと一蹴されてしまった。
その言葉には迷いも濁りも全くない、数々のエンジンを手掛けてきた実績の重みが乗っている。しかも僕がこの車を手放す気がない事を知っている匠の言葉にぐうの音もでない、直すなら手加減無用なのだ。
最も信頼する匠に組んでもらえるなら、もうこっちも腹を括るしかない。
修理するガレージが空くまで一度僕の自宅に運ばれ、しばらく寝ていた車もやっと移動することができた。すぐさま発注されていたオーバーホールキットも届いているらしい。
ガレージ入庫から程なく、分解され綺麗に清掃されたエンジンの写真が送られてきた。「車に乗せる前に撮りに行きます!」と連絡し、日程を調整していたら今度は組み上がったエンジンの写真が送られてきた。動き出すと仕事が早い!! すぐに「明日行きます!」と連絡をしてカメラの準備をした。
暗いガレージの中で、寄れるSUMMILUX-M 35mm F1.4はベストマッチのはずだ。
翌日、セカンドカーで首都高を飛ばしガレージに向かう。猛暑日でガレージのシャッターは閉じていたが僕が到着するとエンジン音を聞きつけて扉が開く。奥に入っていくとリフトアップされたクーペが佇んでいた。
Leica SL2-S Reporter + Leica Summilux-M 35mm F1.4 ASPH (以下同)
1/60秒 F1.4 ISO125エンジンベイにはぼっこりと空間が空いており、フロントはタイヤも外されていた。剥き出しになったブレーキキャリパーがガレージの中で冷たく光っている。
1/60秒 F2.8 ISO320
1/60秒 F1.4 ISO400ほぼ組み上がったというエンジンはその右下にエンジンハンガーに乗っていて、すでにパイプ類も取り付けられたその様は、ボディから取り出された心臓のように見えた。2リッターの排気量と、珍しい5気筒のターボエンジン、当時世界最速のFFと言われたクーペフィアットの心臓部だ。もうこいつと四半世紀を共にしてきた、相棒の心臓である。
1/60秒 F4.0 ISO640
1/60秒 F2.4 ISO5000これが交換した油膜切れで傷の入ったメタルだと見せてくれた。傷はほんの小さなものだったが、これを放っておくと取り返しがつかなくなるという。レンズで言うと増殖前の小さなカビみたいなものだろうか、まあそれでもレンズならたとえカビだらけでも撮ることはできるが、車の心臓であるエンジンはそうはいかない。やはり修理に手加減は無用なのだ。
1/60秒 F2.4 ISO125
1/60秒 F8.9 ISO6400ターボは大丈夫だった、ここ触ってみればわかるから、と匠はいう。僕もこの穴の中に指を突っ込んで触らせてもらった、タービンのブレードに指が触れる。確かにガタがなくしっかりとしていた、こう言うのが本当に楽しい。
1/60秒 F2.8 ISO160「エンジンを組むときは、感覚がわかりやすいから素手で組むんだ。だから手はこんなに真っ黒だよ」とのこと、頭がさがる。自分の仕事を大事にしている人の手だと感じる。
1/60秒 F1.4 ISO160この車のエンジンはFIREエンジンと言われているものに属している。FIREとは
Fully Integrated Robotized Engineの略、つまり高度に自動化された生産工程により組み立て時間を大幅に短縮する生産メソッドで作られたものだ。僕の車は1999年式で、FIREエンジンとしては中期ごろのものだがもう随分と昔の話になってしまった。当時先端技術としてあまり人の手をかけずに効率よく作られたエンジンが四半世紀を得て最高の腕をもつ日本人の匠の腕で「手組み」され生まれ変わるのだ、これはもはや新車のエンジンを超えるだろう。本人は新車のエンジンぐらいにはなっているんじゃない、と言っていたが。いやいやご謙遜を、と心の中でつぶやいておいた。
1/60秒 F4.8 ISO1250ちょっと不思議なものがあったのでこれは何かと聞いてみたら、タコ脚を作るためのジグだという。さらに何を言っているのかわからない人も多いと思うので、百聞は一見にしかず、これを作るための道具である。
1/60秒 F1.4 ISO250治具(ジグ)とは機械工作において、工作物を固定したり工具を制御する為のもので、この美しく曲がりくねったエキゾーストパイプ(エンジンの排気管)を自分で作ってしまうだけでも驚くが、それを作るための治具も作るのだという。これは僕のエンジンのものではないが、こう言う手作りされたものが無造作にたくさん置いてある。それはまるで作品のようだ、いや、作品なのだ。こういうものを見ると、この方にお預けできることが本当に幸せだと思う。さて、楽しみに愛車が帰ってくるのを待つとしよう。
1/60秒 F16 ISO5000その2、熱風vs写真熱
ガレージから出ると重たい熱気が体にまとわりつく、真夏とはいえ暑いことに全く迷いがない、そもそも自然に迷いなどないのだろうが、にしてもこの一直線な暑さはなんだ。世界中で灼熱の大地や砂漠、熱帯雨林のジャングルなど散々撮ってきたが、その経験を持ってしても、ここ数年日本が暑い。
1/1600秒 F6.8 ISO100さて、このクソ暑い日本の夏に撮りたい風景があるのだ、イメージは頭にできていて、それを予感させる雲を風が作り出している。
若かりし頃、全然写真など撮れそうにないほど荒れ狂ったパタゴニアの空の前で出撃を躊躇していた僕に、ディレクターとして同行してくれていた大先輩が言った「行くんだよ、行かなきゃ何も撮れねえ」という言葉が今でも頭をよぎる。
当時は無茶苦茶だよと思っていたけども。撮れるか撮れないかは行かなければ話にもならない。撮れなかったのと行かなかったのは違うのだ。そういうシチュエーションにおいて出撃した時の実際の勝率は半分くらいだったと思う、それはもう行くしかないと言うことだ。そんなことを思い出してSL2-Sを握りしめた。
しかしまあ、今まで幾度となく相当危ない橋を渡ってきたので、懸命なるフォトグラファーの皆様は行かない勇気を優先してほしい。
1/1600秒 F5.6 ISO100午後2時過ぎ、空気もアスファルトも草も鉄骨も相当な温度になっている、この熱を冬にとっておけないものだろうかとよく思う。日陰のない孤独な川沿いをカメラを握って歩く、カメラがなかったら絶対に行かない、そのぐらい暑い。
橋を潜って道の反対側に上がり、さらにその橋を渡って目的地まで熱風の中を泳ぐように進むのだ。
1/1000秒 F1.4 ISO100あまりの暑さに視界がぐにゃっと歪む、やばい、脳が沸騰したか、と思ったら本当にこういう道と影だった。ああよかった。
1/650秒 F8.0 ISO100
1/125秒 F14 ISO100ちょっと寄れるズミルックス、SL2-SとM10-Pの両刀使いの自分にはとてもいいなと思う。今日はやはりSL2-Sで正解だ。これだけ明るいと背面液晶は見づらいのでEVFが使いやすい。
このアスファルトのひびが「暑さに耐えられず逃げ出した人を描いた壁画」に見えて自分の精神状態に笑ってしまった。ふう、でも、行こう! 僕のイメージは間違っていないはずだ。
橋を渡り切り、上を通っている高速道路を抜け空が見えた時、思わず「勝った」とつぶやいた。やはりここに龍は来ていた。
1/6400秒 F11 ISO100スカイツリーの上に夏雲の龍がとぐろを巻いていた。今日はこれが撮れると感じていた。
巨大なスカイツリーが小さく見える、真っ黒な水面とその煌めきが眩しさや熱気を伝え、全てが完璧に機能して写真を構築していく。これが自分の世界、この迫力が欲しかったのだ。
1/1250秒 F16 ISO100とある写真バカの夏の一コマに過ぎないが、迷いなく求めたイメージ向かって歩いていく事が気持ちよかった。目眩がするような空気の中で、心には邪念がなく澄み切っていたと思う。
さて撮れたのでさっさと車に戻ろう。本当に干上がってしまう・・

真夏にこのSL2-Sを持っていくことにはもう一つ理由があって、シャッタースピードは、電子シャッターを使えば1/40000まで使えること、これはドピーカンの夏の日差しの中でもベストな絞りで撮影する幅を広げてくれるからだ。

この現行型SUMMILUX-M 35mm F1.4、プロの目から見たユーザビリティーはやはり数ある35mmの中でピカイチだと思う。キレそうな解像力や最短撮影距離ではアポズミクロンの方が上だが1.4の開放値が作り出す大きな空気感、秀逸な描写力、SLシリーズに装着した時のボディバランス、どれか一本と言われたら今はこれになる(決して安くはないが)。少なくとも仕事人としてフォトグラファーをやっているうちはそうだろう。35mmは名玉がひしめいているので、まあ半年後には何を言っているのかわからないが、レンズ選びとはそういうものだ。
その3、ネイキッドカラー
1/60秒 F1.4 ISO400灼熱の1日は盛大な雷を伴った夕立と共に暮れていき、蒸し暑さを残したまま静寂の夜となっていく。昼間散々使ったコップがグラストップのテーブルに並んでいて、面白い風景を作っていた。みんな今日もよく働いたな、と話をしているようだ。
人と道具は一心同体だから、道具がたくさん並んでいるということは人がそれだけ動いたということだ。
1/60秒 F2.8 ISO640何かを成し遂げるもの、成し遂げたものの持つ存在感にレンズは吸い寄せられ、その表情を捉えていく。僕の愛車のエンジンを匠の技で組み直してくれた手もそうだった。灼熱のアスファルトを歩いて写し撮ったイメージは自分の現し身に感じるし、今目の前には一心不乱に鍛錬を重ね、つい先日とある舞台で自分の表現を歌い踊り切った存在がいる。
1/60秒 F1.4 ISO500良いレンズはその被写体を正面から受け止め、自分の仕事をしっかりとする。存在を消し、僕の瞳となって写したい表情をとりこむ、それが今のこのレンズの仕事だ。
1/60秒 F1.4 ISO800舞台を終え疲れ切っているようで、それでもその瞳には力が宿っている。その視線をレンズのなかで集光させ、35mm F1.4 最短撮影距離40cmというスペックをフルに使い切ってこの迷いなき無垢な存在を写真に表現していく。
1/60秒 F2.0 ISO500人は存在として光を放っていて、それは種類が違えども皆が持っているものだろう。澄み切った心境を保っている時にそれははっきりと表れ、自らも認識できる光となる。この未来を掴み取っていく手にもそんな光が宿って見えた。
最高の光、それを捉える為に生まれた「SUMMILUX」今更ながらいいネーミングだと思う。
物理現象としての光と共に、存在が放つ光も捉えていく、それがレンズとフォトグラファーが二人三脚でやっていくべき仕事だ。
明鏡止水とは曇りのない鏡と静かな水、何のわだかまりもなく、澄み切って静かな心の状態を言う。僕は今日の三つの撮影の中でその感覚を得ることができたような気がする。自分も被写体も光を放ち、鏡のように素直にそれを受け止めていく。これは写真を撮る極意として使っていこうと思う。コンテンツ記事関連商品leica
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