南雲暁彦のThe Lensgraphy
公開日:2024/01/19
Vol.22 Leitz WETZLAR ELMAR 90mm F4 トリプレットエルマー 「間(はざま)」
南雲暁彦
嬉しい時も哀しい時も、Lensgraphyは続く。それは写真人にとってレールのようなものだ。LEITZ WETZLAR ELMAR 90mm F4
細身の美しいシルバー鏡筒に3群3枚と言う極シンプルな構成を持った中望遠レンズ。そのレンズ構成からトリプレットエルマーの愛称をもつELMAR 90mm F4 。
色収差補正や内面反射補正に対して効果のある接合レンズを使った通常の3群4枚の構成にせず、高性能ガラスを用いレンズを一枚削減、従来のエルマーより高い性能を誇ったレンズだ。
F4というのは90mmにしてはちょっと暗い部類に入る。このレンズが生まれた1960年代、フィルム感度の低かった時代ではあまり使い勝手が良くなかったのではと思ったが、このレンズの武器は軽さによる機動性と画質で、切れるようなエッジの効いた画質からカミソリエルマーとも言われている。Leica M10-P + ELMAR 90mm F4 (以下同)
1/60秒 F5.6 ISO2000
確かに線の細い描写をするレンズだ。曇った空の下の重たい光の中、道の隅に溜まった枯葉のテクスチャーを浮き彫りにし、その物としての存在感は朽ちた動物の骨を僕に連想させた。死の形というのは似たような佇まいを持っているのだろう。さておき、この条件下での質感表現はなかなかのものだ。心の切り絵夕方、風景が切り絵になっていくタイミングでM10-Pにトリプレットエルマーを付け外に出た。
そこそこの長さはあるが、本当に細身で軽い。ちょっと細すぎて持っている時のバランスはあまり良くないのだが軽さとのバーターと考えるとそういう選択もあるだろうと思う。
しかし、絞りリングがフォーカスリングと一緒に回ってしまうのはやはり使いづらい。
距離計でフォーカシングしている時はいいが、ライブビューで合わせるときは開放で合わせてから絞りたい。そうすると絞りリングと一所にフォーカスリングも回ってしまうのでフォーカスがズレる。この使い方はできないといっても良い。
一方、すっきりと抜けの良い写真がそんなこと気にするなと言わんばかりに背面液晶に再生されて、まあまあそういう事だと納得してしまう、さて、黙って撮り続けよう。1/250秒 F6.8 ISO200
90mmの程よい画角が自分の視点を切り取っていく。何をみて、何を感じているのか、そのコアが写真に写っていくように感じるので、この焦点距離が昔から好きだ。
西東京市のシンボル、スカイタワーを中心に両側の街灯と電線で画面をデザインした。普通のことを整理して美しいものを作り上げたい、そんな人生にしたい。それが写った。1/90秒 F6.8 ISO320
このレンズ、フォーカシングは結構シビアに行う必要があるがちゃんと使ってやれば薄暮の背景に綺麗な切り絵が並ぶ。背景が明るいのでほんの少しだけシャドーに滲みがあるが決して不快なほどではなく、拡大していやらしく見なければ十分シャープといってもいいぐらいの描写力だ。そしてレンズの枚数が少ないのが功を奏しているのか空のクリアな抜け感はとても気持ちが良い。1/60秒 F11 ISO1000
大きな木とスカイタワーのシルエットは、父子が対話しているように見えた。とんがった息子に父が何かを諭しているような、守っているような、そんなイメージが湧いてくる。実際は木の方が全然小さいのに、その存在感は全く逆に感じる。自然のフォルムはやはり偉大なのである。2本のトリプレット写真上:ELMAR 90mm F4 (Mマウント)
写真下:ELMAR 90mm F4 (Lマウント)
今回、実は僕の手元に2本のトリプレットが集まった。程度もマウントも違うものなのだが、ちょっと撮り比べてみようと思う。
下に写っている一本は珍しいLマウントのもので、上のもう一本はMマウントだ。よく見ると絞りリングとピントリングの位置関係が随分と違う。Mマウントのレンズは絞りをF8に合わせて(そもそもクリックがF8からずれている)ピントリングを無限遠側から回してポンチマークが真上にくるところまで持ってくると距離指標は約2.4mになるが、Mマウントの方は6mぐらいのところとなる。これは2本使ってみて気がついたのだが、いやあ、全然使い勝手が違う。ヘリコイドが外れてビゾフレックス対応が可能な仕様になっているので、こういう事も起きるのだろう。ちなみにLマウントのレンズはトリプレットになったエルマーの生産初期に約500本だけ生産された希少なレンズとなる。
付いてきたフードも根本の部分が黒とシルバーという違いがあったりと、ちょいちょい仕様が違うが、同じ3群3枚のトリプレット、さてさて写真をみてみよう。撮影は三脚にしっかり固定したSL2-Sを使用した。露出も色温度もマニュアルで固定している。ELMAR 90mm F4 LマウントとMマウントの比較Leica SL2-S + ELMAR 90mm F4 (以下同)
Lマウント 1/5秒 F8 ISO800
Mマウント 1/5秒 F8 ISO800
まずはF8で撮影した写真を見てみよう。
2本とも驚くほどシャープ、右の鳥のディティールは素材になっている紙の繊維や毛の一本まで全てしっかりと写っている。さすがカミソリエルマーだ。そして絞りがF8にしっかり止まらないLマウントはF8より少し手前で止まっているにもかかわらずSL2‐Sが示したEXIFではF9.5となっており、実際に被写界深度も少しMマウントのレンズより深い。露出も若干アンダーで、結構リアルに測定されているようだ。
次に絞り開放で撮影した写真を見てみよう。Lマウント 1/3秒 F4 ISO800
Mマウント 1/3秒 F4 ISO800
描写の癖は想像を超えてほとんど同じ、高い解像度と自然な描写に驚く。エッジに色滲みもなく、たった3枚のレンズでこれが出来ていることがちょっと信じられない。ただこの2本で大きく違いが出たのは色味だ。Mマウントのレンズは緑によっていて、この比較ではLマウントレンズの方がすっきりとした白となった。まあ抜けボケだけ見るとこっちはかなり赤いので、合わせ方で変わってくる部分だが、2本の色味の違いはこういう傾向にあった。サンプリング数としてはたった2本の話だが、このぐらいの個体差はある物だと思っていた方が良いだろう。
せっかくなので久しぶりにこんな事をやってみたが、手持ちで適当に撮ったものよりは高い精度で比較しているので購入を考えている人の参考になればと思う。鎮魂歌Leica SL2-S + ELMAR 90mm F4
1/160秒 F4 ISO6400
明るかった空が暮れていき暗闇になるように、咲いていた花は枯れて自然に帰っていく。
そのはざまに死の形があり、それを儚くも美しいものとして受け入れ、写真にしていく。薄暮の空や、弾力を失ったバラがレンズを通して心に突き刺さる。 Leica M10-P + ELMAR 90mm F4 (以下同)
4秒 F4 ISO200
1/60秒 F8.0 ISO640
子供の頃よく自転車で行った震生湖という山上の小さな湖に出かけた。随分と整備されあまり懐かしくもなかったが、そこから山に囲まれた実家のある街が一望できると母に聞き、一緒にきてみたのだ。湖の周りを半周ほど歩き、展望台と言えるほど立派でもないが、高台から二人で街を望んだ。1/90秒 F4.0 ISO200
盆地になった街に今日の最後の陽が当たる。光と闇のはざま、生と死が混在する時間だ。1/350秒 F4.0 ISO200
全ての物に寿命があり、それは無常にも受け入れることしかできないことだ。写真を残すことで、それは慰められるようにも感じるし、余計辛くなることかもしれないとも思う。
実家で母と二人で昔のアルバムを何冊もみた。楽しさや、嬉しさの記録がそこにあり、懐かしさと切なさが波のように訪れる。過去になっていくから今があって、振り返ることができる。それは大事なことだと呟く。
人生の節目になるようなタイミングに、自分の視点を残せとばかりに90mmのレンズが手元にあった。ちょっと物悲しい写真が多いので最後に未来を感じる写真で締めくくろうと思う。
シャープだ、繊細だと評判で、自分でもそれを確認したトリプレットだが、逆光で思いっきりレンズに光を入れてやるとやはりこういう絵になる。オールドレンズはこうじゃなくちゃいけない。フォーカスリングを回すとガラスのムラみたいなものが一緒に回るのが見える、なんだかんだと劣化もあり、それもまたアナログな味があって楽しい。わざとらしい後がけのフィルターワークなど必要がない。
なくなっていくものと、新しく生まれたものの間(はざま)に僕はいて、そこには新しく光は刺し、花は咲くのだ。1/30秒 F4.0 ISO100
ちなみに、比較作例に登場した鳥の作者は彼女である。
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