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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
公開日:2023/12/05

Vol.21 Leica SUMMILUX-M 35mm f1.4 ASPHERICAL(第二世代 / 手磨き非球面)「消えゆく光景の中で」

南雲暁彦


光を吸い込む

レンズの収差を抑える手段として非常に有効な手段の一つ、それがASPHERICAL(非球面)レンズの採用だ。これはレンズの中心と周辺の曲率を変え、大口径レンズにおける球面収差や、超広角やズームレンズにおける歪曲収差の補正に大きな効果がある。
一般撮影用では1966年発売のノクチルックス50mmF1.2が非球面レンズを採用した初めてのレンズだというのは有名な話だが、今では多くの高性能レンズに採用されている技術だ。その非球面を研磨職人が手作業で削っていた時代があった。非常に難易度が高く生産性も低かったため高価であり、故にそのように生産された時期は短く、本数も少ない。
今回のレンズはそんな手磨きで作られたもので、しかも1990年とそれほど大昔ではない時期に発表されたレンズだ。
90年代にまだ手磨きをやっていたことにも驚くが、やはり本数が少なく貴重な逸品とされている。まるで光を吸い込むような写りをするという話を聞いていたので、そんなことを頭の片隅に置きつつ、いつものように使って作品を作っていこうと思う。

ビルにぶつかった午後の日差しが直線的な光となって街の影に光を落とす。眩しくて目を逸らしたくなる程だったが、おそらく撮ってみなさいという事だと感じたので光に向かって歩きながらシャッターを切った。



Leica M10-P + SUMMILUX-M 35mm f1.4 ASPHERICAL (以下同)
1/90秒 F8.0  ISO200


1/750秒 F6.8  ISO200

ああ、こういう事か。
逆光も、シャドーも、ハイライトも全て嫌わずに取り込んでいるように感じた。ドライではなく、ふわっとでもなく、そういった過度な演出や劣化はない。それでも僕の肉眼で捉えている光景より光のニュアンスや影に質感があって、レンズを通したことで生まれる写真らしさがある。冷静に考えてみると35mmF1.4というのはかなりの大口径レンズで、今時ちょっと特殊とも言える範疇に入るものだ。この逆光の中の光の質感は暗いズームレンズばかり覗いていたら絶対捉えられない光景だろう。

これなら、間違いない。
実はこのタイミングでどうしても撮影したい場所があるのだ。さて、そこに向かおう。



三鷹跨線人道橋

J R三鷹駅から西へ400mほどの線路上にそれは掛かっている。晩年を三鷹で過ごした太宰治お気に入りの場所であり、僕もこの連載の『 VOL.2 APO-SUMMICROMN-M 75mm F2 ASPH「見つめる空間」』で撮影して以来、何度も足を運んでいる憩いの場でもある。
1929年建設という古い鉄橋で、さすがに老朽化が進んでいる。以前から解体撤去の話が出ていたが、とうとう2023年12月に解体工事が始まるという情報が流れてきたのだ。本当にあの光景が見られなくなる、とするともう自分がすることは一つしかない。

夕方を見計らって三鷹駅に到着すると、ホームの端まで行き跨線橋が待っているその先を見つめた。照らされているビルの質感がすごい、撮影が楽しみだ。



1/125秒 F13  ISO200

線路沿いを歩いて彼の地へ向かう。具体的に撤去時期が決まってからそれを惜しむようにまた多くの人が夕陽と共に集まっている。この日もすでに階段を上がった場所に人影が見えた。M10-Pが作り出す黄金の夕焼け色は本当に独特で情緒的にシーンを表現してくれる。この色を見る度に良いカメラだなあと愛情が深まっていく。ハイエストライトの中に並ぶ3人の人影からドラマを想像しながら、足早に自分も三鷹跨線橋の階段を駆け上がった。


1/90秒 F3.4  ISO200


1/1000秒 F1.4 ISO200

35mmF1.4はやはり伊達じゃない。望遠でも広角でも不可能な普段の視野をごっそり写真的情緒あふれる空間に置き換えることができる、それはこのレンズの美点だろう。普段35mmという焦点距離にはあまり興味がないのだが、これはちょっと気に入ってしまったかもしれない。

黄金の時の中で

三鷹跨線橋解体撤去の噂が流れたのが2年ほど前だったろうか、もう何度通ったのかわからないが何か使命でもあるかのようにその姿やここからの風景を撮り続けてきた。やはり秋から冬にかけての空が一番綺麗で、この季節を楽しみにしていた。
跨線橋がその2年でどのくらい老朽化したのかは分からないが、人は2年も経てば随分と成長するものだ。自分もレンズの使いこなしが少し変わってきたように感じるし、つまり生きているというのはそういう事なのだろう。黄金の光の中でゆっくりと時間が過ぎていき、それをズミルックスで大事に捉えていった。今年の空が最後の空なのだ。




1/500秒 F4.8  ISO100

夕陽が落ちる寸前の真横から来る黄金の光線が線路を輝かせ、シャドーの中に浮かび上がらせる。この瞬間が好きで何度も撮りに来ているが、毎回少しずつ光が違うので飽きることもなく撮り続けてきた。しかしこちらが飽きる前にこの風景は消えていく、「昔は見られた光景」になってしまうのだ。

そういう意味で今回の撮影は三鷹跨線橋での集大成になるかもしれない。超広角も超望遠も色々と使って撮ってきたが、最後は35mmで良かったように思う、おかげで素直にこの場所と対峙できた。この地面から少し高い場所で浴びる夕陽は僕らの全身をつつみこんでいき、開放絞りF1.4の明るいレンズはその光景を余すところなく吸い込んでくれる。



1/250秒 F11  ISO200

正面からの太陽は難なくこなす。横から入れるとライカらしい綺麗なフレアが入り、明るく撮るとそれが画面を包み込む。どれもいい、たまらなくいい。



1/90秒 F1.4  ISO100



1/500秒 F4.8  ISO100

日が沈み、黄昏時になると露出は一気に落ちていく。西の空はまだ残照が残っていて、それを見ている人がたくさん残っているが、この日は低い雲があって富士山のシルエットはあまり綺麗に見えなかった。それでもみな思い思いの大切な時間を過ごしているようで、暗闇の中で楽しげな声が聞こえてくる。


1/45秒 F1.4  ISO6400


1/30秒 F2.0  ISO200

開放値の明るいレンズはまだまだ快適に撮影が可能で、F1.4は偉いな、などと今さらながらに呟いたりしてしまう。50mm F1.4は当たり前のレンズだったが、35mm F1.4はやはりちょっとすごいレンズの範疇に入るだろう。今は各メーカーでラインナップされているがAFのレンズはちょっと大きすぎるし、ライカのレンズはそれを使っているだけで楽しめるという自己暗示がかかる分、その気分は格別な気がする。

長いこと機材など兵器のように使いこなしてミッションを遂行する手段でしか無いコマーシャルの世界がメインだった僕には、こういう愛せる時間においては兵器ではなく愛機を使いたいと思う気持ちが強いのかもしれない、これは撮影の美学だと、そう思うのだ。



1/30秒 F4.0  ISO1600

三鷹跨線橋の下を何本もの電車が往来する、似たような場所はいくつもあるのだろうが、僕にとって、またこの地域の人にとって特別な場所なのは間違いない。焦点距離が同じならレンズなどなんでもいい、というわけでは無いのと同じで、この場所が良いのだ。それが人の感性というものだ。


1/60秒 F2.0  ISO640


1/45秒 F2.8  ISO200

この光景がもう見られなくなると思うと、撮れなくなると思うと本当に残念だと思う。そんな気持ちまで手磨き非球面レンズが吸い込んで描写する。気持ちを引きずるようにその場に残り撮影を続けた。余すところなく三鷹跨線橋とそこからの風景を撮っておきたいのだ。



1961年、世界で最も明るいレンズとしてLeica SUMMILUX-M 35mm f1.4 は生まれた。手磨き非球面を採用したモデルはその第二世代と言われているもので、非球面を表すASPHERICALの文字がASPHと省略されず、全て表記されていることから「フルスペル」の愛称を持っている。その生産本数の少なさから希少価値が高いというのはよくある話だが、ライカにはこういった伝説的な話が多く、それがファンを惹きつける大きな要素となっている。
レンズに限らず優れた技術を持つ人の手で作られたものはハンドメイドとして価値が高いのが常だが、その精度や性能ということだけではなく、ひとが一生懸命に手を掛けたことに対する価値を感じるということが大事なのだろうと思う。人が人を認め、想う気持ちは絶対に無くしてはいけない。



1/30秒 F4.8  ISO200


1/45秒 F5.6  ISO1250

暗闇の中の明るい人工光ですら正面からなら完璧にこなす。ごく至近距離なのに完璧である。


1/45秒 F1.4  ISO800

最後の残照がビルを照らし、空は閉じていった。しかしこの電柱の立体感はすごい。もちろんここにフォーカスを合わせたのだが、この暗い中でも箸でつまみたくなるような浮き出た描写になった。無造作に無限遠で使ってはもったいないレンズだ。


1/60秒 F1.4  ISO200


2秒 F3.4  ISO200

もう帰ろうかと思った目の前に綺麗な満月が輝いていた。月は思い出を呼び起こし、またこの瞬間も思い出になっていく。


1/30秒 F1.4  ISO3200

この階段の下に太宰治がここを降りている写真があって、見た人が「ほほう、」と唸る。それを真似して撮ってみたりするのだ。この階段は残すという話もあるらしい。それはちょっと即物的な話だなと思いつつ、それでも最大限できることが協議されたのだとも推測できる。写真は僕がたっぷり残しているので安心して欲しい。


1/30秒 F2.4  ISO800

何本もの35mmをこの連載の中で使ってきたが、今のところこれがベストかもしれない。レンズの性能がどうとか、逸話がどうとか、というより僕との相性だから特に意味があるわけではないが、今回の写真をご覧になって、何か心に触った方にはおすすめである。


1/30秒 F1.4  ISO3200

 
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<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


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<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
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