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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
公開日:2024/03/29

Vol.24 Leitz Elmarit 28mm F2.8 1st「冷静な瞳」

南雲暁彦
Leitz Elmarit 28mm F2.8 1st

1964年から5年の間ドイツおよびカナダで製造されたElmarit 28mm F2.8のファーストモデルだ。くびれを持った独特の外観はなかなか格好が良く、無限遠でスチっと気持ちよく止まるフォーカスリングのストッパーも備えており、生産本数も少ないという人気の方程式を満たしたレンズである。特にドイツ製の赤い指標のモデルに価値があるという。

とはいえ、まあ、スペックは普通にニッパニッパ(28mmF2.8)という極々平凡なものだ。スタイルの良さは僕も共感するので、気分が良いという事だけまずは感じながら使っていこうと思う。






価値観

新宿のニコンサロンで開催されていた大先輩の写真展を見にいき、沢山写真の話をした後いつもの通りエレベーターホールでガラス越しの街を眺めた。M10-Pのレンジファインダーは一応28mmまでレンズの視野をケラれずに見られることになっているが、実際のところメガネを外しておもいっきりファインダーに目を押し当ててやっとエッジが見えるような感じだ。今回ちょっとこの場所でレンズ越しの絵を見ながら確認したいことがあったので、ライブビューに切りかえて画面を見た。


Leica M10P +Elmarit 28mm f2.8 (以下同)
1/60秒 F6.8  ISO6400


やっぱり、思った通りだ。このレンズ歪曲が少ない。

Elmarit 28mm F2.8 1stの特徴、というかネガティブな部分として語られることが多いのだが、後ろ玉がかなり出っ張っていて、おかげでライカ M5やCLなどでは測光部を隠してしまい適正な露出が得られない。これは対称型の光学設計になっている為なのだが、僕にとってはここに価値がある。と言うかここにしか本質的な価値を見出せないかもしれない。一眼レフのレンズでは成し得ない歪曲の少ないこのレンズ構成はM型ライカに求める一つの特異点なのだ。情報量が多い広角レンズにおいてパースを効かせつつ歪みのない描写は、不自然なレンズの存在を主張しないのでとても気持ちが良い。

そんなファーストが僕の視界の少し外側の絵を歪みなく、何を強調するのでもなく切り取っていく。自分の位置から一歩引いた場所、背後から冷静にその場を見ているように、その冷静な瞳が風景を映し出す。


1/90秒 F4.0  ISO3200

激変中の新宿西口の俯瞰である。画面上部は小田急デパートがあった場所だ。すっかり解体され更地になったタイミングだったのだが、今度ここに登るときはどんな風景になっているだろうか。


1/60秒 F8.0  ISO5000

28mmからが広角レンズのカテゴリーに入るのだが、やはりパースがしっかりとわかるようになってくる画角だ。最近ではズーム域に隠れて28mmを意識する場面も減っているような気もするが、基本中の基本の画角だと思う。これを体に染み込ませ、起点の一つにしておいた方がズームにおける連続的な焦点距離も手中に収めた見方ができるだろう。



イメージの隧道
さて、今回は少し都心を離れて、このレンズで撮りたい場所があるのだ。 


1/750秒 F19  ISO200

海も、空も、気持ちよく視界とカメラに収まっていく。こういうひらけた空間を抜けて、小さな島へ向かう。


1/2000秒 F4.0  ISO200

横須賀沖1.7Km、東京湾に浮かぶ無人島「猿島」。それが今回の目的地だ。

このようなかつて要塞だった場所や島は世界中に沢山あるが、もちろん日本にもそう言う歴史があり、意味があって残されている。観光地化され最近SNSなどでもここで撮られた写真を見かける事も多いが、フォトジェニックと簡単に言ってしまいたくない場所でもあるし、だからと言って重い気分になる為に行く場所でもない。


1/750秒 F3.4  ISO200

猿島は東西200m、南北450m、周囲約1.6kmととても小さな島だ。この南北に貫通するように通っているレンガの壁に挟まれた「第二砲台塁道」と、それに繋がる「レンガ作りの隧道」が今回メインビジュアルにしたいと思っている場所となる。誇張せず、広く、冷静にその場を刻んでくれるElmarit 28mm F2.8 1stの活躍の場というわけだ。

船が桟橋に到着し、気持ちよく吹いている風と共にその自然豊かな島に上陸した。
エントランスを通り越え坂道を登り、冷静な瞳を携えて森に覆われた石垣の横を進んでいく。

天気が良いので途中船の上では厚着をしてきたことを少し後悔していたのだが、この第二砲台塁道の入り口あたりからぐっと温度が下がった。ここには森と石の壁が浄化した澄んだ水のような、冷たい空気が充満していて寒いぐらいだ。


1/90秒 F9.5  ISO640


1/90秒 F4.0  ISO640

人が築いたものや歴史がほんの一瞬だったかのようにその上を緑が覆い、本当の時間の流れを刻んでいた。植物がその番人であり、その前で人は自らの無力さを受け入れ、許されていくのだ。こういうシーンを見るといつもそんなふうに思う。


1/750秒 F3.4  ISO200


1/90秒 F6.8  ISO2000

かつて要塞だった石造りの建造物が廃墟化し、緑に包まれているビジュアル。天空の城ラピュタのイメージが重なると言われていたのを思い出し、さらに想像力が刺激された。あったことは忘れてはならない、そして現在をしっかり認識しなくてはならない。なぜこれを美しいと思うのか、その答えを見つけるようにその壁と対峙する。


1/90秒 F5.6  ISO3200


1/120秒 F4.0  ISO200


1/60秒 F9.5  ISO320

猿島は被写体として魅力的だが、なぜ僕がそう思ったのかはこれを情緒的に、真剣に伝える意味があると感じたからだろう。人が作り、時間が通って行くこの道のパースペクティブを表現し、苔むした壁を正面から捉えていく。


1/350秒 F4.8  ISO200

M10-Pの少し黄色に転ぶ絵作りが功を奏し、見た目に近い深い緑色を再現してくれる、これも想像通り。やはり写真は気持ちよく撮りたいもので、それを愛機が支えてくれるのが幸せな事でなくてなんであろうか。

さてもう一つのメインイベント、レンガ作りのトンネルに入っていこう。


1/60秒 F8.0  ISO500

少し入ったところから入り口を振り返って撮る、ちょっと異世界感が漂ってきた。光が無くなっていくということは時間の感覚を失っていくということなので、脳を過去にすっ飛ばすにはいい演出にもなる。


1/90秒 F4.0  ISO16000

ここでもM10-Pはいい仕事をする、さすが夕焼けを黄昏にするカメラだ。こういう場所では派手な艶色やドライに色を補正してしまうカメラなど一つも面白くないのだ、M10-Pの自の色が絶妙に良い。ちょっとエジプトのピラミッドの中に入って行くような気分になった。(入ったことないけど)
実際は王のお墓ではなく、軍事施設なのでそう思うとちょっと複雑な気持ちになる。
ここがどういう場所だったのか、どういう歴史があるのか、などという知識を得るお勉強もしたらいいが本当に大事なことは知識ではなくて、人としてどうこれを受け取り、感じ取るか、想像力と創造力をリンクさせて、どう進んでいくのかを考えることだ。

それが史跡をめぐる価値だと思う。


1/90秒 F4/0  ISO16000



もう少しレンズのことに触れよう。Elmarit 28mm F2.8 1stは本当に標準的な28mmF2.8である。オールドレンズというにはクセもとんがったところも無い。描写が繊細だったり甘すぎたりすることもない本当に普通のレンズだ。大人気の無限遠ロックも実際に使う時には煩わしいと思うし、絞り羽の枚数も10枚と多くはない。





僕が感じるこのレンズの魅力はどこかというと、まずはそのスタイル。これは現行のエルマリートよりかなり格好がいい。これはライカを使う上では大事なことだ。そして冒頭にも述べた通り対称型の光学設計による歪曲の少なさ。基本的にはそれだけだ、と思ったが、しばらく使っているうちにこのドライすぎない描写が気に入ってきた。昔、一眼レフで、50mmと28mmの単玉を付け替えたときに『28mmがシャープすぎる』と思ったが、そういう違和感がない。単体で考えたら優秀なレンズだったのだが作品として並べていくとどうにも合わないのだ。
これならズミクロン50mmと合わせて使ってもいいなと思った。逆にアポズミクロンだと合わないだろうが、今回はシャープすぎない描写が逆に被写体の本質を見やすくしてくれたと思う。



戒段
少しだけまともな話をしよう。
現在は無人島の猿島だが、縄文時代から古墳時代にかけて人が住んでいたという。中世には春日神社が建立され祭事には人が上陸していた。
幕末に外国船からの来襲に備えるために江戸幕府が台場を建設した際、猿島は重要な軍事拠点の一つとして歴史に登場し、明治から昭和にかけて要塞化が進んでいった。
島の見晴らしのいい場所には展望台や砲台跡が残っていて、やはりそういう目的の島だったことを知る。


1/500秒 F4.8  ISO200


1/1000秒 F4.0  ISO200


1/500秒 F6.8  ISO200


1/3000秒 F6.8  ISO200

小さい島なので、あっという間に全部回ることができるのだが、自分次第で濃い時間を過ごすことができる。さて、船の時間もあるので、通ってきたレンガのトンネルを戻って現代の世界に戻ろうと思う。


1/90秒 F3.4  ISO400


0.3秒 F4.0  ISO1600

軍事施設ではあるのだが、建築美も持っている。その部分は否定せずに美しいものとしての価値も感じていいのだと思う。時代によって戦争の現場から幸せな時間を過ごす場所に変わって行くことは悪いことではない。


1/60秒 F6.8  ISO1600


1/250秒 F2.8  ISO200

新宿の小田急デパートは解体され、散々通った三鷹の跨線橋ももう渡ることができない。こうやって色々なものが様々な理由でなくなっていく中で、猿島の施設は残すべきものとして残された。これを作った人、ここで仕事をしていた人はこの要塞島がこんな形で残されるとは思いもしなかっただろう。それでも一度は役目を終えた要塞が世代を超えて存在しているのは人がこれを戒めの階段として積み上げ、ちゃんとその上に立って行こうとする意思の表れだと思いたい。そんな平和への願いが込められているはずだ。

違うもの同士の争いが無くなることはむずかしい事だとは思う。それでもお互いを尊重して美しい世界を築いていけると信じたい。無理に仲良くしなくてもいい、お互いの姿のままでいればいい、ぶつけ合うのではなく、ただ隣にいれば良いだけだ。
そんなのは無理だと思うことがあるし、自分が出来ていないこともわかっている、ただ理想を追い求めることはやめてはいけない、そのためにこの猿島は残された。そして時を超えそのメッセージを受けとる為に僕はここに来た。

この赤いレンガと苔むした緑色の石積みの壁は全く異質なものだが、同じ光を浴びて調和した一枚の絵を見せてくれた。争う醜さは微塵もなく、競い合う美しささえ感じる。


1/90秒 F3.4 ISO200

島にいる間、若いカップルが何組もカメラを持って歩いているのを見た。なんでこんな地味な場所に、とも思ったが逆に少しホッとしたような気持ちにもなった。新しい時間はちゃんと流れている、あまり僕が心配する必要などないのかもしれない。

帰る途中にこの道が安全に通れるようにメンテナンス作業をしている人達にあった。本当に頭が下がる。敬意を込めて心の真ん中でシャッターを切る。


1/60秒 F4.0  ISO400

最後に少し海辺を散歩した。開けた視界のなかでElmaritと一緒に深呼吸をする。


1/1000秒 F8.0  ISO200


1/3000秒 F2.8  ISO200


1/500秒 F4.0  ISO200

ため息が出るような平和な時間が流れていて、ため息をつく代わりにシャッターを切る。光がある場所には時間の流れが感じられ、今生きている実感がある。こんな時間を大事にしたいと思う。


1/750秒 F5.6  ISO200


1/4000秒 F4.0  ISO200

最終便が迎えに来た、島のスタッフもみんなこれに乗って帰り、猿島は無人島に戻っていく。そしてまた、訪れる人々へのメッセージを秘めて待っているのである。


1/3000秒 F4.0  ISO200
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<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


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<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
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