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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
写真家 南雲暁彦が、様々なレンズを通して光と時間を見つめるフォトエッセイ
「僕にとって写真はそのままを記録するという事ではない。そこには個性的なレンズが介在し、自らの想いとともに目の前の事象を表現に変えていく。ここではそんなレンズ達を通して感じた表現の話をして行きたいと思う」
公開日:2024/07/29

Vol.28 LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 Rigid-SPII ライカMマウント「梅雨色のとき」

南雲暁彦
LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 Rigid-SPII これはオールドレンズレプリカとでも言うようなカテゴリーのレンズで、メーカーのサイトによると「1956〜1968年に製造されたライカ製 “50mm F2 1st Rigid” の後期型を再現した鏡筒と、1940年代のクック製 “50mm F2 Series II” に近い光学性能を備えた標準単焦点レンズ」ということだ。クラシックなデザインと写りを新品で楽しめるレンズである。

バーチャルCGで復活した遺跡のようなものとは違い、リアルに復刻したこのレンズは本物の光を捉えてしっかり写真を撮ることができるので、歴史に思いを馳せながらシャッターをきるというリアルな風情があるし、知識なしに使っても濃い味を得ることができる。




アートな風景
その日は非常勤講師をしている多摩美上野毛キャンパスのスタジオの中にさえ、空気を貫いて地面を叩きつける雨音が伝わってきた。なかなかの豪雨っぷりで、外では葉っぱが飛び散り、入り口には学生たちの傘が飛び散っている。これがまたなかなかの暴れっぷりで、学生がわざわざ作った作品みたいだと思ってしまった。リアルなインスタレーションである。


Leica M10-P + LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 Rigid-SPII (以下同)
1/90秒 F2.0  ISO1000


梅雨だけあってなかなか雨はやまず、帰宅する時間になってもバラバラとふり続けていた。車に乗り込んでフロントウィンドー越しに、おいて行かれた自転車が作る雨のリズムをファインダーに収める。学生が作り出す必然と偶然の混ざった風景が面白い。


1/60秒 F2.0  ISO640

土日を跨いでもまだ雨は断続的に降り続き、その中を新幹線で長岡造形大に向かう。LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 Rigid-SPII は硬質な光に湿り気を与え、雰囲気を作ってくれるレンズだ。クックの描写をよく研究しているなと思う。

少し絞って固いものを撮ってみても確かな質感を持ちつつ、ドライではない空間表現をする。まあそう作ってあるのだから当然と言えば当然なわけだが、そういう意味でよく出来ている。

味のあるクラシックカーに乗ってみたいのだけれども、流石にオリジナルは古いし手がかかるなあ、などと思うような人は使ってみるとよい。


1/90秒 F6.8  ISO3200


1/125秒 F2.0  ISO100

僕の好みはやはり絞り開放だ、このレンズはそうやって使わないと勿体無い。とさえ思う。長岡造形大でも面白いインスタレーションが見つかった。勝手に見つけて喜んでいるのだけれども、ちょっとそうやって世の中を客観的に捉えてアートしていきたくなるようなレンズだと思う。


1/25秒 F2.0  ISO200

さて、帰ろう。鉛色の東京が待っている。



東京パラベラム
変わらなきゃ、変わろう、変化のとき。そんな言葉がいつの時代も使われて、変わりたい願望や希望と変われないことへの絶望や安堵が二重螺旋のように紡がれてきた。こういうレンズが生まれてくる背景にも、その断片は感じることができる。


1/500秒 F6.8  ISO200

アナクロイズムを楽しむようなレンズを携えつつ、写真にも世界にも挑み続ける気持ちは持っているし、東京には今そういう緊張感が走っている。変わるべきか、変わらざるべきか。そんなふうに思っていたら、かなり絞り気味で撮影をしていた。
ファインダーの上部を飛行機が掠めていく、下を向くな上を見ろと愛機が言う。


1/1500秒 F6.8  ISO100


1/2000秒 F19  ISO12500

重苦しい空の下でもリアルなシャッターは切るべきで、そういう戦いはいつもあるものだしそれをするのがフォトグラファーの価値でもあろう。古き良き時代を取り戻すレンズで今と戦い、またそれも時代を写した価値のある写真にしていきたいと思う。


少しそんなふうに撮ったあと、凝り固まった思考と絞りを解放した。自分を取り戻して、自分のやり方でまた気持ちを整えていく。冷たい金属の質感が心地よくそれを手伝ってくれた。


1/2000秒 F2.0  ISO1600

Rigid-SPII がハイライトを滲ませて、それが尾を引くように時間の流れを見せてくれる。もちろんそんな気がするだけだが、この鉛色の東京がスローモーションで進む弾のように見えたのは確かだ。変わりたくても変わりたくなくても、同じではいられない現状を認識するべきなのである。


1/2000秒 F6.8  ISO1000


1/2000秒 F2.0  ISO100

イバラの屋根にとまった鳩が僕と同じ方を見ていた。1時間ぐらい、ここで同じ景色を見ていた。


1/1000秒 F2.0  ISO200


1/180秒 F2.0  ISO640

上をみろ、僕は変えたい。


1/500秒 F2.0  ISO200


レンズ構成は5群7枚のダブルガウスタイプ、クック製50mm F2 Series IIの描写、映像表現を再現したということだ。1940年代のレンズが当時どのような描写だったのか、このレンズを使うとその想いをリアルに近づけることができるというわけだ。これはマルチコートで色調は整っているのだが、シングルコートのよりクラシカルなモデルもラインナップしている。
デザインはライカのそれだが、やはりこのフォーカスロックは僕には使いづらい。でもこれがこのレンズの立ち位置なので、この操作性も含めて楽しむレンズだと言える。
 




オールドレンズの描写を再現しているがマルチコーティングによるカラーバランスは現代の空気をリアルに写せるもので、それは美点だと思う。その時の色を残せるというのは写真が追い求めてきた事だ。またカリカリに写りすぎないことは人の視野に近く、そのバランスがいい。

ずっしりと重い筐体が車の助手席で鈍く光り、それを美しいデザインだと思う。今日も雨がふり続けているが、このレンズをつけたM10-Pを携えて自分の意思を確かめるために東京駅に向かった。



人のうねり
東京を変える力があると思うもの、それを自らの目で見て、今起きているうねりを感じたいと思った。鉛色の東京を白い矢が突き抜けていく。色々なことを振り切って、大きな意思の象徴のように1964年に新幹線は開通した。完全なる意思の統一は難しい、誰もが納得する世の中などないのかもしれないが、それでも何かしらの決定が行われてそれを時の流れに乗せてきた。一枚の写真はそれを象徴する機能を持つ、一人のフォトグラファーはそれを撮る意思をもつ。


1/500秒 F2.0  ISO200


1/90秒 F3.4  ISO500


1/180秒 F2.0  ISO200

白か黒か、晴れか雨か、そんな簡単に二分されるような世の中ではない。全てが混ざり合い、混沌の中で人は生きていく。見上げた先に写るものは空だけではない。


1/250秒 F2.8  ISO200

有楽町から山手線に乗り、東京駅にむかった。車窓から撮った風景が生々しく自分の行動を写し出した。東京駅に着くと多くの人が集まっていて、自分もその一部と化す。群衆の中で目眩を起こしそうなほど人の意志が渦巻いている、これはすごい。


1/60秒 F2.0  ISO25000


1/90秒 F2.0  ISO1250

人の意思が大きな塊となってうねる場にここまでどっぷり浸かったのは初めてだった。最大公約数的な意識の中に身を置く違和感があったことは否めないが、東京を変えたい意思が大きいということには少し安心した。ライカのシャッターを切ることで自分を保ちつつ、うねりの一部になっていく自分を感じる。

そしてもっと大きな空がそれを見下ろし、包み込むように暮れて行った。


1/90秒 F3.4 ISO250

ほとぼりを冷ますように歩いて車が置いてある有楽町まで戻り、その途中で何枚かシャッターを切った。人が作ってきた物やそれが作り出す空間、人々の姿を以前より少し強く意識しているような感触があり、それは僕が少し前に進んだからなのかもしれない。


1/60秒 F4.0  ISO20000


1/30秒 F2.8  ISO6400

結局東京に革命は起きなかったが、その胎動のようなものは感じた夜だった。それでも何かを求めて人は蠢いていて、そして起きるべき時に何かが起きるのだろう。もちろん自分の意思もそこに入れていこうと思う。
この人々の意思が再構築させたレンズと歩いた時間は、そういうことを考える時間を与えてくれたようだ。


1/250秒 F2.8  ISO200

昼間になってふと我に返り自分は何者かと考えたならば、やはり一人のフォトグラファーだということだった。主張も思考もその中に現れる、だから僕はこの歩き続ける東京を、様々なレンズを通してファインダーに収め続けていこう。それが道標となり、道となることを信じて。


1/180秒 F5.6  ISO200

高い志を持ったフォトグラファーがいて、このレンズのオリジナルとなった原器でたくさんの名作を産んできたはずだ。だから今の時代にLIGHT LENS LAB M 50mm f/2 Rigid-SPII は再構築され生まれてきたのだろう。このレンズを手にした者はそういう意識を持ってみるといい。ちょっと違った自分が見つかるかもしれない。


機材協力:焦点工房
LIGHT LENS LAB M 50mm f/2 Rigid-SPII
https://stkb.co.jp/info/?p=30226
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<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


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note

 

<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意