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インタビュー

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公開日:2024/09/26

PENTAX 17開発者インタビュー「つくりたかったのは令和のまったく新しいカメラ」

Photo & Text:鹿野貴司


先だってCAMERA fanでもレビューしたPENTAX 17。2024年9月現在のところ、相変わらず品薄(というか品切れ)状態が続いており、買おうか迷っている僕は、これでまだ少し迷っていられる……と妙な安堵感を覚えている。そのPENTAX 17の生みの親である、リコーイメージング PENTAX事業部 商品企画兼デザイナーの鈴木タケオさん…もとい、ペンタキシアンにはイベントや配信動画でおなじみの“TKOさん”に、開発のエピソードや秘められた思いなどをお聞きした。


リコーイメージング PENTAX事業部 商品企画部 鈴木タケオ(TKO)氏

2022年末に突如YouTube上で開発発表されたPENTAX 17だが、そもそものスタートは2020年。これからの商品を考える社内会議があり、そこに鈴木さんはフィルムカメラを提案したという。


新しいフィルムカメラをつくる

鈴木タケオ(以下、TKO):「弊社も長くフィルムカメラを製造販売していませんでしたが、世間を見ると多くの若い方が使っていて、フィルムというものもしっかり認知されています。もしかしたら新たにフィルムカメラを作ったら、ニーズがあるのではないかと思ったんです。そこでユーザーや中古カメラ屋さんへのリサーチを始めました」

しかし当時入手できるフィルムカメラは基本的に中古。新品となるとトイカメラか、反対に100万円近いライカか、はたまた“写ルンです”などの使い切りカメラしかない。

TKO「ある中古カメラ屋さんで、買ったカメラでうまく撮れないというお客さんに遭遇したんです。店員さんに見てもらったら、『高額な修理が必要です。修理するくらいなら、別のフィルムカメラを買ったほうが安く済むよ』 と言われていて、ものすごくがっかりされていました。それを見て、カメラを作る人間としてとても悲しくなりました」

そこからメーカーとして新品を供給できないだろうか、と考えた。新製品の企画は、会議で役員へのプレゼンが必要。パワーポイントのスライドは200ページあったが、なんとか100ページに削った。しかし持ち時間の1時間は軽くオーバー。

TKO「1時間半も熱弁したのですが、終わったら役員の人たちが固まっていて……。しばらく場がシーンとしていました(笑)」

開発担当者に掛け合うと「絶対に作れない」とつれない返事だったが、鈴木さんがしつこく食い下がると、やがて「作れなくはないけど……」と答えが変わった。作れなくはないというのは、作れるということ。鈴木さんはそう解釈し、検討を進めた。やがて社内に賛同者が増え、プロジェクトは走り始めた。


マニュアル操作の楽しみと、オートで撮れる気軽さ



まずこだわったのは、マニュアルの操作感。ピントも露出も巻き上げもフルオートにすることは簡単だが、シャッターを押すだけではデジタルカメラと一緒だ。まず優先したのはフィルムを手動巻き上げにすること。レバーで巻く行為こそ、新しいユーザーに求められているフィルムで写真を撮る醍醐味のひとつであると考えた。巻き上げは一眼レフ・PENTAX P30 シリーズの機構を参考に、当時の設計図からCADで起こして再現している。

TKO「すでに定年退職された当時の技術者の方にも会いに行ったんです。喜ばれるだろうと思ったら“なんで今さらフィルムカメラなんてやるんだ!”と怒られました。図面だけではどうしてもわからない部分もあったので、粘り強く説得したところ、OBの方々からは多くのヒントや刺激をいただき、我々現役の開発者たちも知見が広がりました。そんなわけで巻き上げの感触は、新品のP30とまったく同じです」



機構も操作も複雑になる露出制御こそカメラ任せにしたが、モードダイヤルで最低限の選択肢を残した。ピントに関しては、オートフォーカスにすることも難しくはなかったが、ここもゾーンフォーカスでアナログの感覚を残した。6段階とステップこそ細かいが、どれもイメージしやすい距離感で僕は合わせやすいと感じた。最短の0.25mは付属のストラップの長さなので、それをメジャー代わりにすればOK。0.5mは腕を伸ばして届く位置よりやや手前(※個人差があります)。1.2mはこちらと相手がそれぞれ腕を伸ばして、手が触れ合うくらいの距離。1.7mは成人男性の身長くらいで、3mはその2倍弱…と前回のレビューに書いたが、イメージがしやすいのだ。鈴木さんにそう話すと、ステップの刻みはやはり熟考を重ねたという。

目測は誰でもすぐに慣れると思うし、ゾーンフォーカスにPENTAX 17のおもしろさがあるように思う。もちろん自信がなかったり、あるいはシビアに考えなくてもよさそうなときは、ピントが固定されてパンフォーカスになる「AUTO」で撮ればよい。そんなふうに、アナログ感覚の操作感と、初心者でも使える安心感を巧みに両立している。


TKO「メインターゲットは今までPENTAXと縁がなく、またフィルムカメラ全盛期も知らないという方です。操る楽しさはありつつ、誰でもとっつきやすいカメラを目指しました。一方で根強くPENTAXを愛してくださるファンもいて、その方々にも“これが令和のフィルムカメラです”という新たな提案をしたいと考えました」

そこにPENTAX 17がハーフサイズを採用した理由があった。

 

PENTAX 17をハーフサイズにした理由



TKO「今の若い人たちはスマホの縦画面でモノを見るのに慣れ親しんでいます。写真や動画も縦で撮るのが基本です。だからふつうに構えれば縦位置のハーフサイズのほうが、撮りやすいし、SNSでも扱いやすいんです。もちろんフィルムの値段が高騰している状況では、表記の倍の枚数が撮れる点も魅力です。ただし単に経済的というより、36枚撮りで撮れる72枚という数がちょうどいいと思ったんです。僕が旅先で朝起きてから食べたものや風景を撮っていくと、1日で80枚くらいでした。だからハーフサイズならフィルム1本で丸1日は撮れるなと」

旅で丸一日持ち歩いたり、日頃からスマホや財布とともに携行してほしい。そのために重量もこだわった。軽すぎると手ブレの原因となるが、かといって重ければ持ち歩くのが苦痛になってしまう。ハーフサイズを採用することでレンズ周りがコンパクトになり、本体で290g。電池とフィルムを装填して約320gという数値になった。手にして街角を歩くと、ちょうどいい重量感だ。

 

ハーフサイズと侮るなかれ!解像力とシャープな写り



TKO「レンズは定評のあったESPIO Miniの光学系をハーフサイズに落とし込んでいます。レンズ構成は、トリプレット(3枚)とシンプルですが、ESPIO Miniと比べると、硝材の向上やHDコーティングで格段にヌケが良くなりました。ハーフサイズでも十分な解像力を発揮しますが、これは今の技術があるから実現しました。かつてフィルムで写真を撮っていた方には、ぜひこの写りを実感してほしいですね。ハーフサイズでここまでシャープに撮れるのか、と驚かれると思います。今はカラーネガフィルムを使う方が多いと思いますが、スキャンやプリントを介さないポジフィルムだと、シャープネスや発色といったこのレンズの実力がもっとわかります」


作りたかったのは、リメイクではない、まったく新しいカメラ


 
そう語る鈴木さんは、まるでかわいいペットを自慢する飼い主のような表情だった。かわいいといえばデザイン。PENTAX 17は男性には“かっこいい”と評される一方、女性からは“かわいい”といわれることが多いという。開発段階でさまざまな人に意見を求めると、クラシカルなデザインがよいという声が圧倒的だった。そこで角の処理などに古き良き時代のPENTAX一眼レフのエッセンスを取り入れ、シルバーの部分も1994年、PENTAXが創業75周年を記念して発売した「LXチタン」の色を復刻している。そのためクラシックカメラっぽい雰囲気もあるが、よくよく見ると過去のどのメーカーにも存在しない、まったく新しいカメラに仕上げている。それはPENTAXにモデルとなる存在(アナログ感覚あふれるコンパクトカメラ)がなかったこともあるだろうが、新しいユーザーとともに未来に向かうのだというPENTAXや鈴木さんのメッセージにも感じる。



ではこの先、フィルムカメラプロジェクトはどうなるのか。PENTAX 17の裏蓋を開けると、フィルムレールはフルサイズも可能な横幅を持っている。ファインダーとレンズさえ替えれば、“PENTAX 36”が完成するのではないか。そう鈴木さんにぶつけると「いやいや、巻き上げも違いますから……」と苦笑いを浮かべていたが、そもそも巻き上げはフルサイズのP30をモデルにしているはず。それこそ冒頭で紹介した、開発者のつぶやき「作れなくはないけど」ではないのか(笑)。なおも食い下がると……。


PENTAX 17の後継機種は?

TKO「カラーバリエーションは出ますか?とか、次の機種は?とか、いろいろ聞かれるのですが……。PENTAX 17がとにかくもう想定外の注文台数で。今もフィルム消費量が多い欧州ではそこそこ売れるだろうと予想していましたが、欧州だけではなくアメリカでも売れています。もちろん日本もです。だから作っても作っても足りなくて、今はとにかくPENTAX 17を欲しい方にお届けするので精一杯です」

ちなみにPENTAX 17が発表されて驚いたのは、税込み88,000円という価格だった。大手メーカーがゼロから作り上げたカメラとしては正直安いと思う。これは500ドルという価格目標があり、若い人にも手にしてもらうためにそれを死守したという(実際アメリカでは499ドルで発売)。欧米でも日本と同様、フィルムカメラを楽しむ若い人たちがおり、鈴木さんも現地でそのムーブメントを調査してきたそうだ。

TKO「パリの路地にあるラボに行ったら、現像を頼みに来たお客さんが並んでいるんです。欧米が日本と違うのは、プリントを頼む人が多いことですね。写真を飾る文化が根付いているのだと思います。あと欧州はラボ同士が仲が良くて、新しいフィルムなどの情報を共有しているんです。日本でも頑張っていらっしゃるラボはたくさんありますが、そこをカメラメーカーとしても盛り上げていけたらいいなと思っています」

デジタルでもミラーレスに舵を切らず、あえて一眼レフを続けていくなど、我が道を行く感のあるPENTAX。次はどんなカメラが登場するのか、そしてフィルムを取り巻く世界がどう広がっていくのか、とても楽しみだ。


左:リコーイメージング PENTAX事業部 商品企画部 鈴木タケオ(TKO)氏、右:PENTAX事業部 製品広報担当 川内拓氏

<関連サイト>
リコーイメージング「PENTAX 17」
https://www.ricoh-imaging.co.jp/japan/products/pentax17/

<関連記事>
ハーフサイズフィルムカメラ「PENTAX 17」
Photo & Text 鹿野貴司
https://camerafan.jp/cc.php?i=1033

 
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鹿野貴司(しかの たかし)

1974年東京都生まれ。多摩美術大学映像コース卒業。さまざまな職業を経て、フリーの写真家に。広告や雑誌の撮影を手掛けるほか、ドキュメンタリー作品を制作している。写真集『日本一小さな町の写真館 山梨県早川町』(平凡社)ほか。著書「いい写真を撮る100の方法(玄光社)」

ウェブサイト:http://www.tokyo-03.jp/
Twitter:@ShikanoTakashi

<著書>

いい写真を撮る100の方法