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20ミリで探す真実〜FíRIN〜

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20ミリで探す真実〜FíRIN〜
5名の写真家が、Tokina「FíRIN 20mm F2 FE MF」をレビュー。「FíRIN=真実」と名付けられたレンズで、自らが追い求める被写体に「真実」を探し出す。
公開日:2017/07/14

【スペシャルレビュー】トキナー FíRIN 20mm F2 FE MF 澤村 徹 編

photo & text 澤村 徹

木更津モノクロームが語る真実

アクアラインで海を渡り、高速バスを降りる。この地に立つと、いつも心がザラつく。木更津の最北は、野っ原が広がり、アスファルトが無造作に伸びる。道行く人はなく、潮まじりの風が吹き抜ける。空を電線が区切っていなければ、さながらテキサスの荒野だ。

なぜこの地は、こうも心がザラつくのだろう。まるで異邦人としてこの地に放り出されたような気分だ。その答えを求め、FíRIN 20mm F2でモノクロ撮影することにした。20ミリという広い画角でその場を大きく捉え、モノクロで色を削ぎ、被写体の実像に迫る。果たして木更津モノクロームは、心がザラつく理由を教えてくれるだろうか。


SONY α7ll + FiRIN 20mm F2 EF MF(共通データ)
絞り優先AE F2 1/8000秒 ISO100 AWB RAW
海沿いの広い駐車場にクルマはなく、小屋がひとつだけ佇む。濁った空をモノクロにすると、意外なほど美しいトーンと化した。


絞り優先AE F2.8 1/2500秒 -0.7EV ISO100 AWB RAW
アクアラインが鋼鉄の腹を晒す。こういうアングルは超広角の面目躍如だ。

スマートフォンでグーグルマップを開く。北西に進めば海に出る。ただそれだけの場所だった。見渡すかぎり野っ原がつづく。もっとも背の高い建造物は電柱だ。歩いても、どれだけ歩いても、景色が変わらない。FíRIN 20mm F2を向けても、広大な画角を空と陸が二分するだけだ。その境界線に動くものがあり、目をこらす。芥子の実ほどの影が左から右へ移動する。遠くの道を行く軽自動車だと気付くのに、さして時間は必要なかった。


絞り優先AE F2 1/6400秒 ISO100 AWB RAW
陸に上がった船は船としての機能を失い、どこか退役軍人のようだ。
前ボケで空想の海に浮かべてみる。


絞り優先AE F5.6 1/1250秒 ISO100 AWB RAW
遠浅の海に幾本もの杭が立つ。手を伸ばしても届かない。
しかし、船を出すほどの距離でもない。もどかしさが空に滲む。


絞り優先AE F2 1/5000秒 ISO100 AWB RAW
丸太を連ねた桟橋に、あえて開放でピントを合わせる。ピントは浅いが一切の甘さはない。

海に行き着く。木更津の最北は船溜まりが点在している。写真を撮る身からすると、船溜まりはかっこうの被写体だ。大半の船は海に浮かんでいるが、浜にうち捨てられたものも少なくない。そのどちらもフォトジェニックだ。被写界深度の深い20ミリレンズということもあり、気負わずに構図を変え、何度もシャッターを切っていく。しかし、ほどなくてして、ファインダーから目を離してしまった。

自分は木更津に、船を撮りに来たのか?船溜まりはあくまでも船を停留しておく場所にすぎない。港ではなく、魚市場でもない。日中の船溜まりにひとけはなく、自堕落な静寂がその場を支配していた。ちがう、撮るべきはここではない。



絞り優先AE F2 1/1250秒 ISO100 AWB RAW
船着き場は緑の藻で覆われ、何年も放置されていることがわかる。FíRINはシャドウの締まりが良く、こういう絵が様になる。


絞り優先AE F2 1/6400秒 ISO100 AWB RAW
竹の柵が砂浜を区切る。開放時の周辺減光を逆手にとり、柵に視線を集める。


絞り優先AE F2 1/8000秒 ISO100 AWB RAW
船溜まりを白い砂利道が取り巻く。ローアングルで画面いっぱいに白い領域を写し込む。

顔を上げ、空に向けてシャッターを切る。プレビューを表示し、心の中で色を削ぐ。モノクロ化した空は、灰色の階調だけの写真だ。せっかく20ミリで撮っているというのに、パースを感じさせる被写体は写っていない。開放F2も活かしようがない。それでも、船溜まりの船より余程この地を象徴している気がした。

そう、この地は驚くほど空疎だ。広すぎる空、歩けるほど浅い海、そしてアクアラインが海から陸へと傍若無人に突き刺さる。もともと空疎な土地だから、それを見透かすようにハイウェイが作られたのだろう。ただこの地は、それを受け入れるでも拒むでもなく、結果だけを野放図に見せている。空疎という目に見えない概念が、この地には目に見える形で広がっている。


絞り優先AE F2 1/5000秒 ISO100 AWB RAW
潮の引いた船溜まりに降り、陰影の濃い防波堤にレンズを向ける。
申し分のないコントラストとリッチなトーンに満ちた1枚だ。


絞り優先AE F2 1/6400秒 ISO100 AWB RAW
木更津名物の海電柱も、潮が引くとただの陸電柱になってしまう。
遠くに潮干狩りに興じる人々が点在し、その解像力に感嘆する。

改めてFíRIN 20mm F2をかまえる。21ミリよりわずかに広い20ミリという画角は、必要以上に広いこの光景を、その持て余し気味の気分も含めてうまく捉えてくれる。あおってパースを付ければ広さを強調でき、水平垂直を出せば広すぎるゆえにどこか冗長な気分までも切り取れる。開放F2で路上にカメラを置き、中遠距離にピントリングを回す。前ボケの奥に道が伸び、そのまま消失していく。FíRIN 20mm F2でしか撮れない絵を、この地で刻んだ。

帰宅して、写真から色を削ぐ。美しいモノトーンが目の前にあらわれた。広角レンズはとかくコントラストで押すものが多いが、FíRIN 20mm F2は階調にも秀でたものを感じる。セレクトした写真を取りまとめ、あることに気付く。大半が開放近辺の写真だった。近接カットはいざ知らず、遠景カットさえも開放なのだ。むろん、同一シーンを絞って撮ったカットも押えてある。それでもセレクトしたのは開放カットだった。それはおそらく、開放から絵作りの完成度が高く、写真を選ぶ段階で絞り値を気にする必要がなかったのだろう。シャープネス、コントラスト、そして周辺光量。開けても絞っても、これらのファクターがさほど変化しない。絞り=被写界深度コントローラーというわかりやすい世界観を持つレンズだ。

木更津モノクロームは、あの心のザラつきを可視化する。空疎という目に見えないものが佇む場所、そして見えないものを写すというプロセス。FíRIN 20mm F2がトリガーとなり、心象風景を思うがままに写し取る。良いレンズとは、けっして描写だけに止まらない。被写体へ近づくために背中を押し、より深く思考するために心の奥底へと導く。 FíRIN 20mm F2 FE MFは、具象と心象を対等に写すレンズだ。


ピントリングはスムーズかつ適度なトルクがあり、狙ったポイントでぴたりと止まる。開放の近接撮影で使いやすい仕様だ。


<メーカーサイト>
トキナー 「FíRIN(フィリン) 20mm F2 FE MF」
http://www.tokina.co.jp/camera-lenses/wide-lenses/firin-20mm-f2-fe-mf.html

協力:ケンコー・トキナー



<バックナンバー>
赤城耕一 編
「FíRIN=真実」と名付けられたレンズで、街を切り取る
http://camerafan.jp/cc.php?i=584
大村祐里子 編
「FíRIN=真実」と名付けられたレンズで、己の姿を探しにいく
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上野由日路 編
「広角×低歪曲×ボケが生み出すポートレート」
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林 明輝 編
「ドローン空撮で自然の空気感を余すところなく表現」
http://camerafan.jp/cc.php?i=618

<プロフィール>


澤村 徹(さわむら てつ)
1968年生まれ。法政大学経済学部卒業。オールドレンズ撮影、デジカメドレスアップ、デジタル赤外線写真など、こだわり派向けのカメラホビーを得意とする。2008年より写真家活動を開始し、デジタル赤外線写真、オールドレンズ撮影にて作品を制作。近著は玄光社「アジアンMFレンズ・ベストセレクション」「オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド」、ホビージャパン「デジタル赤外線写真マスターブック」他多数。

 

<著書>


アジアンMFレンズ・ベストセレクション



オールドレンズを快適に使うためのマウントアダプター活用ガイド



ソニーα7 シリーズではじめるオールドレンズライフ