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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
公開日:2021/12/29

Vol.2 Leica APO-SUMMICRON-M F2/75mm ASPH.

南雲暁彦


75mmという焦点距離を選ぶ人は案外少ないのでは無いだろうか、おそらく90mmほど引き寄せた感じや大きなボケもなく、50mmと画角もそんなに変わらない中途半端な印象がもたれていると思う。正直、僕もこのレンズを手に入れるまで75mmという焦点距離のレンズは所有したことがなく、やはり90mmが大好きなので、使ったことがなかった。

ライカのMマウントレンズにはポートレートの王道と言われる85mmがラインナップされておらず、ズームレンズも存在しない為50mmと90mmを埋めるレンズとして必要だったのでは無いだろうか。ともかく、僕はこのレンズを手に入れた。さて、その75mmとはどんなレンズなのか。

 

見つめる空間

まずは75mmという焦点距離の話をしよう。50mmとの差25mm、これは決して小さな差では無い。ただ望遠とも標準とも言い難いのは確かだ。中望遠にしても短い。そこを基準としてしまうと言葉での説明が難しいので「中途半端」とされるのだがそれは基準に毒された考え方で、僕が75mmを使い込んで感じたこと、それは見つめた画角という事だ。視野の中で自分が惹かれて見つめた場所、空間があり、脳がその周辺を朧げにして「見つめる空間」を浮かび上がらせる。そういう感じだ。90mmより15mm分だけ広い画角、これは被写体だけを浮かび上がらせ周辺を光のにじみに変えていく90mmに対してもう少しリアルにその周辺の空間を残していくことが出来る。

このレンズを持って三鷹跨線橋に出向いた。この跨線橋は三鷹駅から西に約400メートルの場所に中央線など何本もの線路を南北に跨ぐようにかかっている。全長93メートル、幅約3メートルの鉄橋だ。三鷹で過ごした太宰治のお気に入りの場所で、晴れていれば富士山まで見渡せる広々とした空が広がる。太宰治は知り合いが訪ねてくると「ちょっと良い場所がある」と案内して、ここからの夕日を眺めていたという。



Leica M10-P + APO-SUMMICRON-M F2/75mm ASPH.(以下、同)
1/125秒 F2 ISO200 -1EV

1929年建設当時の鉄不足から明治大正期の古レールが再利用されており、よく見ると確かにレールらしき鉄骨で囲まれている。また金網もしっかりと張ってあるので撮影に向いている場所ではないのだが、その鉄骨の間から太宰治が愛した風景を想いシャッターを切った。


1/350秒 F2 ISO200 -2.33EV

周辺に黒く写った鉄骨が今の僕のシチュエーションをリアルに残していく。50mmで撮影した風景もすごく良かったが、75mmで撮影したこの一枚が僕の存在を少し浮かび上がらせてくれるように感じて大事な一枚となった。

それにしてもF2と大口径ながら49mm径のこのレンズ、機動性が高い。今時の大きなレンズではこの鉄骨の隙間も金網の網目もうまく潜れなかっただろう。


1/750秒 F2 ISO200 -1.67EV
フォーカスを奥の建物に持って行き、手前の線路をほんの少し滲ませる。


1/2000秒 F2 ISO200 -1.33EV
半逆光の空気感と、あえて金網を前ボケにしてさらに空間に厚みを出した。こういうことを自然とこなすレンズである。


さて、その描写はどうなのか。アポでASPH、つまりアポクロマート処理で軸上色収差を補正してピントを良くし、アスフェリカル(非球面レンズ)で歪曲を抑えたレンズという意味だ。それをただでさえ作りやすい焦点距離のレンズに豪勢にも使用している。「アポズミ」というと超絶解像度を誇る100万円アポズミクロン50mmF2を思い浮かべるが、この75mmのアポズミはそういった超絶解像度が売りのレンズでは無い。もちろんピントも良いし、歪曲もよく補正されているが、際立っているのは50mmから25mm焦点距離を伸ばして手に入れた柔らかさと、滑らかさだ。標準レンズより少しだけ浅い被写界深度がそれを生み出している。

そしてこのレンズ、順光と逆光で表情が豹変するのだ。順光ではアポズミよろしく優等生な写りなのだが光が逆光気味にレンズに入るとふわーっとしたフレアが発生して画面に分厚い空気を含んだような描写になることがある。これはアポズミというよりズミクロンの50mmF2に近いと思う。これは良し悪しではあるのだろうが、思い切り画面にフレアーを発生させたり少し弱めて空気感を強める程度にしたり、僕は良い面と捉えて演出に使っている。誤解の無いように言っておくとオールドレンズのように「像がにじむようなねっとりしたソレ」とは違い、なんともクリアーで新鮮な空気の層を表現する。



吸い込まれそうに美しい前玉



1/60秒 F2 ISO320 +0.67EV
フレアーが空間を演出する、本物の光のなせる技だ。



1/60秒 F2 ISO2500 -0.33EV

僕がここで一番撮りたかったのは、この夕景である。三鷹跨線橋は解体撤去が決まっているのでこの景色も近い将来見ることができなくなる、フォトグラファーとして心が動きライカを携えて僕はここに来た。この風景はあっという間に幻の風景となる、だからありのままをしっかり写せる性能の出ているレンズを持ってきたのだ。写真の味は年月が勝手に作ってくれるだろう。

SやSL系も含めてライカの作り出す写真は、このような心情とシンクロしてくれるように感じる。これはM10-Pで撮影したが、このレンズは、ライカ SL2-Sに付けて撮影してもすごく良い。手振れ補正も効くしフォーカスも含め使い易さは跳ね上がるが、M型で撮影する風情とのバーターになる。このレンズは一番両方のボディで使うことが多い。



2秒 F2 ISO100 -0.67EV

モノクロで雰囲気が出るのは空気の質感を取り込めるレンズならではだと思う。しかし、この条件で細部の描写も本当にしっかりしている。それはただひたすら解像度が高いと言うことではなく、雰囲気の中に一体感と節度を持っている。硬すぎず、甘すぎない、欲しいところに欲しいディテールがある。またライカの高感度のノイズは粒子という表現がしっくりくる、とても写真的なものなので僕は高感度も多用する。


1/8秒 F2 ISO100 -1.67EV

なぜ僕が75mmを手に入れたかハード的な観点から言っておくと、この焦点距離までならレンジファインダーでの撮影がなんとか出来ると思ったからだ。50mmより一回り内側のブライトフレームは、90mmと比べて全く実用的なレベルの大きさだし、ビューファインダーマグニファイヤーM 1.25xを使えば50mmを使っている時とさほど変わらない状態で撮影ができる。ライブビューが可能なM10-Pとはいえ、やはりレンジファインダーを使って撮影するスタイルは大事なのだ。

そしてこのアポ・ズミクロンM f2.0/75mm ASPHの大きな魅力は、思いのほか被写体に寄れること。最短撮影距離が0.7mと他の中望遠系レンズより短く、撮影倍率は1:7とMレンズの中では屈指の寄れるレンズなのである。つまり、大口径のボケを活かせるし、表現領域が広いという意味でもある。マクロ域までいかない周りの空間を活かしつつ一歩寄ったフレームは、やり過ぎ(寄りすぎ)感がなくてちょうど良い大人の距離感である。



1/1000秒 F2 ISO200 -1EV


1/750秒 F2 ISO200

この風景を見つめる瞳を、僕が見つめて撮る。

その時空に自らを写し込むには自分にしか撮れない物や人をその風景と一緒に撮っておく事が良いと思っている。無くなってしまう跨線橋からの風景を見つめる新しい瞳を連れて三度目の鉄橋に向かった。

どんな素晴らしい写真よりも本物の風景を見る事は大事だ。きれいだとか写真ほどでも無いとか、そういう事ではなくて、両目でその目の前の空間を捉える事でやっと同じ話ができる。今回はそう言うことを共有する様な、自分が写っている写真を撮りたいと思った。
 
1/350秒 F2 ISO100 +1EV


1/30秒 F2 ISO100 +1.67EV


1/250秒 F2 ISO100 +1EV

ここではそんなシャッターがたくさん切られている。いずれその写真を見てこの時の空間を満たした冷たい風と真下を走る電車の振動や警笛の音を懐かしく思い出すのだろう。


1/60秒 F2 ISO200 +1EV

フォトグラファーの聖域

50mmが生き方をリアルに反映するレンズだとしたら、75mmはその中でも意識を傾け、空間を能動的に切り取っていく為のレンズだと感じる。普段は50mmをつけている僕のM10-Pだが、愛用のバッグ、ハドレープロにはいつもこのアポズミ75mmが忍ばせてある。何か一歩、気持ちが25mmほどそこに近づきたくなった時、このレンズの出番がやってくるのだ。

簡単なレンズかというとそんな事はない、日常を普通に切り取るのでも、欲しい空間をグッと引き寄せるのでもなく、ただ「見つめる空間」がそこにある。

開放から素晴らしい描写を見せるがフォーカスは浅くシビアだ。使いこなすには写真を撮る感性と写真機を操る技術を同じレベルに引き上げて臨む必要が、少なくとも僕にはある。
だがそれはフォトグラファーの聖域であり。このレンズで撮影した写真には自分で撮影したという美学と、ちょっと特別な時間、空間、気持ち、そんな物が写っている。




そして被写体に見つめられる距離感もちょうど良い。アポ・ズミクロンM f2/75mm ASPHはそんなレンズである。

 
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<プロフィール>


南雲 暁彦(なぐも あきひこ)
1970年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。日本大学芸術学部写真学科卒業。凸版印刷株式会社、ビジュアルクリエイティブ部所属 チーフフォトグラファー。世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。近著「Still Life Imaging スタジオ撮影の極意(玄光社刊)」。APA会員。長岡造形大学、多摩美術大学非常勤講師。コマーシャル・フォト「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」を連載中
 

<著書>


Still Life Imaging スタジオ撮影の極意