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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
写真家 南雲暁彦が、様々なレンズを通して光と時間を見つめるフォトエッセイ
「僕にとって写真はそのままを記録するという事ではない。そこには個性的なレンズが介在し、自らの想いとともに目の前の事象を表現に変えていく。ここではそんなレンズ達を通して感じた表現の話をして行きたいと思う」
公開日:2023/05/09

Vol.14 Tokyo Kogaku Topcor-S 5cm F2 (前期型)「めぐる季節と刻の欠片」

南雲暁彦

Tokyo Kogaku Topcor-S   5cm F2

東京光学は1932年、当時の大日本帝国陸軍要請のもとに作られた光学兵器開発/製造の会社だ。このTopcor-S 5cm F2は1954年にバルナックライカのコピーモデルとして発売されたLeotax F向けの標準レンズとして東京光学が供給したもので、この初期型と中期型は重量感のあるガッチリとした真鍮の筐体を持っている。




巡る季節の中で
春は四季の中でも最も季節が巡ったのを感じる時節だ。
卒業があり、入学があり、別れと出会いの中で涙や笑顔と共に桜が咲き、桜が散る。
日本という変わらない器の中で、人という小さな存在の営みが一つの周期を新しくする。

僕は講師をしている長岡造形大学に向かうために新幹線のホームに立っていた。
また4月がきて新しい学生との撮影実習がはじまるのだ。
鞄の中にはTopcor 5cm F2をつけたM10-Pが入っている、この繰り返される季節の中で標準の50mmもまた繰り返し僕の前に登場し、同じ器の中に新しい刻の欠片を刻んでいく。


Leica M10P + Topcor-S  5cm/ F2 (以下同)
1/3000秒 F2.8  ISO200


何度もレンズを向けてきたアングルに、また今年もシャッターをきる。Topcorの描写はとても素直で、特段シャープでも酷く甘くもない。周辺まで画像の乱れも感じないし、緩やかな周辺減光は写真的に好ましい。これは補正しないで使わないともったいない、きれいな落ち方だと思う。
 

1/2000秒 F2  ISO200

自分が乗る新幹線を待つ間、隣のホームに停まっていたグリーンの車両をスナップする。
普通に撮っても面白くないので映り込みで情景を重ねた。違う空間が一枚に収まるのが写真的で好きなのだ。


1/4000秒 F2 ISO200

こちらは素直に新幹線の方を向いて車両の稜線を撮った。ここに自然の中で見る水面や風を思い浮かべるのは、この車両をデザインした人が尊敬に値する人だからかもしれない。




1/750秒 F5.6  ISO200

新幹線を降りてバスに乗り込み、目的地にたどり着いた。半期の授業なので去年の7月以来8ヶ月ぶりだ。今年初めてのいつもの並木道がそこにあって、そこに向かいながらゴソゴソと鞄に手を突っ込んでカメラを取り出す。しゃがみ込んで地面をたっぷりと入れてシャッターを切った。8ヶ月の時間がそこに写って少しこの地に距離ができた自分の気持ちが投影される。来週はもう少し並木を入れて撮ろう、新緑ももっと綺麗になっているはずだ。

刻の欠片
講義を終えてバス停で待つ。このバス停は誰も中には入らず、大抵皆外で待っている。誰も座らない椅子とホウキが一本佇んでいて、僕はこれを撮るというルーチンをこなす。
1時間に一本しかバスは来ないので、逃してしまうと時が止まったかのように次はこない。バスがこない時間にタイムリープを繰り返してるのかと思うほど、来ない。
 

1/125秒 F2  ISO200


1/90秒 F4  ISO10000
少し絞るとこれだけの表現力を持っている。M10-Pの映像エンジン「Maestro II」との相性も良い。



なぜか今日はスコップも置いてあり、これは去年と違っていてほっとする。仕方がないのでこれも撮ってみる。Topcorは素直にそれも写真にしてくれる。


1/60秒 F2  ISO200

 
1/90秒 F4  ISO6400

日が落ち始めると冬がやって来たかと思うような冷たい空気がバス停の中にも入ってきて、寒い。早くこい、と唱えながらシャッターを切っていると定刻の予定はちゃんとやってきた、さて帰京するとしよう。
それでももうちょっと刻の欠片を残したくてカメラを肩にかけたまま乗り込んだ。夕暮れの中で数人をのせたバスが動き出す。


1/60秒 F2  ISO1250

座った座席から見えたもの、なんでもない時間だがこれも人生の大事な時間。手すりを見ながらあんなことやこんなことを考えて、ちょっと東京が恋しくなる。信濃川を渡りながらまた来る日の事も考える。


1/60秒 F2  ISO10000


1/90秒 F2  ISO3200



1/60秒 F2  ISO2500

一眼レフの50mmはF1.4が標準でそれで育ってきたが、ライカを使うようになって50mmはF2が好きになった。上の2枚の写真がその理由をしっかりと出している。スペックが表に出過ぎないし、自分の歩幅とあっているのが落ち着く。こういう特別な被写体を前にして頑張っているわけではない時は余計にそう思う。視点と被写界深度が調和する感じがいい。この降車ボタンの写真、もう本当に気持ちが良い。


1/60秒 F2  ISO4000

前にも書いたかもしれないが、普通の50mmに使いこなしもクソもない。どう生きているか、それが写るだけだ。レンズのスペックに写真を撮らされてはいけないし、失敗してレンズのせいにしてもいけない。


1/60秒 F4  ISO2000

新幹線のホームはワープトンネルのようなものだ、を表現してみた。フォトグラファーがホームで暇だったということがよく写っている。



このレンズの最大の特徴は写りがどうのというより、そのしっかりとした作り込みと操作性だと思った。他の国産レンズに感じなかった重厚感がある。M10-Pと同じ真鍮の筐体は手にボディと同じ温度を伝え、それはその空間の温度なのだ。


面白く生きているか、
東京に戻り、少し光の多い場所を歩いた。空間を広くとっても、背景を大きくぼかしても大袈裟にならない。これは大人っぽいレンズなんじゃないかね。


1/90秒 F2  ISO1600


1/60秒 F2  ISO3200


1/90秒 F2  ISO400

使っていて刺激的で面白いかと言われれば、面白くはない。でも面白く生きているか、ということは浮き彫りになる。そんなレンズだ。巡る季節の中でまた僕の前に現れた50mm F2というレンズは、少しだけ違うけれどもズミクロンの50mm F2を使った時と近い感覚をもたらした。

素直に自分の刻の欠片を残していく、そういう時間の中では選択すべき一本かもしれない。
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<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


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note

 

<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
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