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銀塩手帖

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銀塩手帖
フィルム、銀塩写真に関する情報を記録していきます。
公開日:2015/09/26

日本カメラ博物館特別展「イギリスカメラ展〜王国の気品マホガニー&ブラス」

中村文夫


2015年9月15日から12月20日まで日本カメラ博物館にて、特別展「イギリスカメラ展〜王国の気品マホガニー&ブラス」が開催されている。今回の展示の目玉は、ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットが開発した木製の小型カメラだ。

「写真」の発明は1839年。フランスのジャック・マンデ・ダゲールが、パリの科学アカデミーで銀板写真(ダゲレオタイプ)を公表したのが世界初とされている。だがこの当時、写真の実現を夢見た多くの科学者が世界中で研究を続けていた。なかでも有名なのは、イギリスのウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットで、1935年に独自の技術によって「写真」撮影を成功させていた。

ダゲールとタルボットの大きな違いは、映像の記録方法で、被写体の明暗をそのまま記録する「ポジティブ方式」を採用したダゲールに対し、タルボットは明暗が反転したネガ像を作り、これを複写してポジ像を得る「ネガ/ポジ方」を採用。つまりダゲールの方式が一回の撮影で1枚の写真しか得られないの対し、タルボットの方法は複数の写真を得ることが可能だった。さらにタルボットの特徴は画面サイズの小さなカメラを使用したこと。画面サイズが小さければ使用レンズの焦点距離が短くなり、その結果レンズのF値が小さくできる。つまり感度の低い当時の感材にとって、露光時間の短縮という高い優位性を備えていた。ただし当時は小さなネガを拡大してプリントする引伸し技術がなかったので、タルボットはこの方法を断念。大型カメラ用に感材の感度アップに力を注ぐようになる。結局この間にダゲールに先を越されるが、1841年に自らの研究成果をまとめた「ネガ/ポジ方」を確立。「カロタイプ」と名付け特許取得に成功する。

タルボットの発明したカロタイプは、「1枚のネガから何枚でも焼き増しできる」という、今日の写真スタイルのルーツであると同時に、「小さなネガから大きなプリントを得る」アイデアは、1925年に登場したライカによって実現される。残念ながら「世界初」の栄誉は逃したものの、タルボットの「カロタイプ」が現代の写真に与えた影響は計り知れない。

今回の特別展の目玉は、タルボットが写真撮影の実験に使用したカメラ。英国王立写真協会が所有し、英国国立メディア博物館に寄託している6台のうちの一台で、英国圏外に貸し出されるのは今回が初めて。日本カメラ博物館は、世界で初めて市販されたダゲレオタイプのジルーカメラ、ライカの量産試作機であるライカ0を所蔵、展示しているが、今回のタルボットのカメラが加わることで、今日の写真の歴史を作った3台のカメラが一堂に会することになった。いわばカメラ界の「三種の神器」が一度に拝めるわけで、一生に一度あるかないかのチャンスと言えるだろう。




オープニングセレモニーで、タルボットのカメラの展示ケースの序幕を行う日本カメラ博物館常務理事 谷野啓氏(左)と、今回の企画展に数多くの所蔵カメラを提供したコバヤシヤスヒト フォトグラフィック コレクションズ代表の小林泰人氏。この写真を見ると、タルボットのカメラの小ささがよく分かる。





タルボットは葉巻などの箱を材料にカメラを自作したほか、自らの設計に基づき近所の大工に小さな画面サイズの実験用カメラを製造させた。撮影用レンズには顕微鏡や望遠鏡レンズを使用。これらのカメラで自宅近所のレイコック大修道院などの写真を撮影した。またタルボットの妻コンスタンツェは、この小さなカメラに「ねずみ捕り」という名称を与えたことが知られている。



タルボットが製造したカメラでイギリスカメラの歴史はスタートするが、最初に市販された初期の製品はダゲールが発明したダゲレオタイプの木製箱形カメラだった。またカロタイプが登場すると、これらのカメラはカロタイプに転用され、ダゲレオタイプとカロタイプ兼用機として活躍する。そして1940年代終盤になると写真用品専門業者が登場。また1851年にイギリスのフレデリック・スコット・アーチャーが湿板写真を発明し露光時間が大幅に短縮される。そして1871年、やはりイギリスのリチャード・リーチ・マドックスが、ゼラチンを使用した乾板を発明。感光材料の作り置きが可能になり、それまで化学的知識を持った専門家しか撮れなかった写真が一般に普及、アマチュアカメラマンが登場する。
 

スライディングボックスカメラ
会社名:不詳
1850年頃に作られたダゲレオタイプあるいはカロタイプを使用する箱形カメラ


クリデスダーレ ハンド&フィールドカメラ
会社名:ロビンソン&サン
製造年: 1885年/使用感光材料: 乾板
折り畳むとコンパクトに収納できることから、日本では「組立暗箱」と呼ばれるカメラ。ハンドとは、手持ち撮影ができるほどコンパクトという意味。


メイフィールド フォールディングカメラ
会社名:JTメイフィールド
製造年: 1900年/使用感光材料: 乾板
当時としては貴重だったアルミニウムをボディの素材に使ったフォールディングカメラ。シャッターがレンズボードに組み込まれている。


パーフェクトモデルテント携帯暗室
会社名:ラッテン&ウェインライト
製造年: 1880年頃
湿板は、撮影現場でガラス板に乳剤を塗布、それが乾かないうちに撮影、現像を済ませる必要があるため、屋外撮影では携帯用暗室が使用された。


〜イギリスカメラ産業の黄金期へ〜


イギリス人による感光材料の改良とともに、イギリスのカメラ工業も黄金期を迎えることに。この当時のイギリス製カメラの特徴は、伝統家具を彷彿させる丁寧な工作と仕上げで、「王国の気品 マホガニー&ブラス」という特別展のタイトルにある通り、マホガニーなどの美しい木材や真鍮(ブラス)など最高の材料を用い、高度な技術を持った職人の手で作られている。この一方で懐中時計や書籍などの形を模したディテクティブカメラやレフ型スタイルを採用した二眼レフや一眼レフが登場。イギリス製カメラは多様化の道を歩んでゆく。



サンダーソンレギュラー
会社名:ホートン
製造年:1902年/使用感光材料:乾板
複雑な形をした真鍮製部品をマホガニーボディに組み合わせたフィールドカメラ。斜めに配した真鍮製の補強部品は、まさに工芸品のような美しさを放っている。


ソルントンピッカード インペリアルトリプルエクステンション
会社名:ソルントンピッカード
製造年:1910年 乾板
スリットの開いた布幕が上下に走行するタイプの「ローラーブラインドシャッター」が採用されている。日本ではソルントンピッカード製の製品が有名だったので、この型式のシャッターを「ソルントンシャッター」と呼ぶようになった。


デーヴォンマイクロテレスコープ
会社名:Fダビッドソン
製造年:1910年/使用感光材料:乾板
1台で接写と望遠撮影ができる組立暗箱


アカデミー1号
会社名:マリオン
製造年:1882年/使用感光材料:乾板
ボックスタイプのボディの上に、ファインダー用レンズを載せた二眼カメラ


ソホフレックス
会社名:マリオン
製造年:1910年/使用感光材料:乾板
画面サイズ65×90ミリの乾板を使う大型一眼レフ。



オプチマスブックカメラ
会社名:バーケンサン&レイメント
1886年/使用感光材料:乾板
本の形に偽装したディテクティブカメラ


レディースカメラ
会社名:ランカスター&サン
1886年/使用感光材料:乾板
女性向けに前板に装飾を施したフィールドカメラ


サットンパノラミックカメラ
会社名:コックス
1858年/使用感光材料:湿板
中に水を入れた画角120度の水球レンズを使うパノラマカメラ。半円状にカーブさせたガラス製湿板で撮影する。



ヒル全天カメラ
会社名:R&Jベック
製造年:1924年/使用感光材料:乾板
世界初の魚眼レンズ付カメラ。雲量観測のために使用された。


ソルントンピッカード射撃カメラマークIII
会社名:ソルントンピッカード
製造年:1915年/使用感光材料:120フィルム
戦闘機に搭載し引き金を引いて目標物の写真を撮る射撃訓練用カメラ。第一次世界大戦中に英空軍に納入された。


〜20世紀、イギリスカメラ産業の衰退へ〜


20世紀を迎えるとロールフィルムを使うカメラが台頭。やがて1920年代から30年代にかけてアメリカやドイツから安価な普及タイプのカメラがイギリスに流入すると、イギリスでもボディ本体に金属を利用した製品が盛んに作られるようになる。そして第二次世界大戦後、敗戦国であったドイツや日本が外貨を稼ぐために必死になってカメラを製造した結果、世界市場を席巻。イギリスのカメラ産業は衰退し、1990年代を迎える頃には、ほとんどカメラが作られなくなってしまう。


ベストポケットエンサイン
会社名:ホートン&ブッチャー
製造年:1926年/使用感光材料:127フィルム
ベストポケットコダックと同じ127ロールフィルムを使用する折り畳み式カメラ


パーマスペシャル
会社名:ハンター
製造年:1937年/使用感光材料:127フィルム
カメラをタテ、ヨコに構えることでシャッタースピードを切り替える普及型カメラ。ボディはベークライト製。


ペリフレックス 
会社名:KGコーフィールド
製造年:1953年/使用感光材料:135フィルム
レンジファインダーの代わりに、潜望鏡のような光学系をボディ内に吊り下げピントを合わせるユニークな35ミリカメラ。レンズマウントはライカと共通。


リード 
会社名:リード&シグリスト
製造年:1959年/使用感光材料:135フィルム
イギリス製のライカコピー機。レンズはテイラー&ホブソン製のアナスティグマット2インチ(50ミリ)F2



イルフォードアドボケート
会社名:イルフォードリミテッド
製造年:1953年/使用感光材料:135フィルム
35ミリ広角レンズを固定式にした35ミリコンパクトカメラ。白く塗装されたボディがお洒落。


マイクロコード
会社名:マイクロプレジション
製造年:1952年/使用感光材料:120フィルム
ローライコード型の二眼レフ。イギリスにも二眼レフを作っていた会社があった。



ブローニークレスタシリーズ
会社名:コダックUK
製造年:1956-60年/使用感光材料:127フィルム
アメリカのコダックがイギリスで設立した会社が製造した入門機。



ポラロイドEEシリーズほか
会社名:ポラロイド
製造年:1976年/使用感光材料:インスタントフィルム
ポラロイドは1970年頃からイギリスでカメラ製造を開始。2001年まで製造が続けられていた。


フィルムや印画紙などの感材、古い露出計やレンズなどを展示するコーナー




こうしてイギリス写真産業の歴史を振り返ってみると、タルボットのカロタイプに始まり湿板や乾板の発明など、イギリスが現在の写真業界に与えた影響の大きさに改めて気付かされる。写真の発明国はフランスとされているが、実質的な牽引役はイギリスと言って差し支えないだろう。またカメラ本体についても、少なくとも第二次世界大戦前までは世界をリードしていた。今回の特別展は180年に迫ろうとする写真の歴史のなかでイギリスが果たした役割を知る意味で、非常に意義のあるものと言えるだろう。



<展示情報>




日本カメラ博物館 特別展
「イギリスカメラ展〜王国の気品マホガニー&ブラス」

開催期間:2015年9月15日〜12月20日
開館時間:10:00〜17:00
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日の火曜日)
★シルバーウィーク期間を含む9月15日(火)〜9月27日(日)は休まず開館
★11月7日(土)のみ午後12時〜5時開館(ビル設備点検のため)

住所:〒102-0082 東京都千代田区一番町25番地 JCII 一番町ビル
入館料     一般 300 円、中学生以下 無料
団体割引(10名以上)一般 200 円

協力:英国王立写真協会、英国国立メディア博物館コバヤシヤスヒト フォトグラフィック コレクションズ(KYPC)
後援:駐日英国大使館


<関連サイト>
日本カメラ博物館
http://www.jcii-cameramuseum.jp/

特別展
http://www.jcii-cameramuseum.jp/museum/special-exhibition/20150915.html



中村 文夫(なかむら ふみお)

1959年生まれ。学習院大学法学部卒業。カメラメーカー勤務を経て1996年にフォトグラファーとして独立。カメラ専門誌のハウツーやメカニズム記事の執筆を中心に、写真教室など、幅広い分野で活躍中。クラシックカメラに関する造詣も深く、所有するカメラは300台を超える。日本カメラ博物館、日本の歴史的カメラ審査委員。
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