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南雲暁彦のThe Lensgraphy

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南雲暁彦のThe Lensgraphy
公開日:2022/04/22

Vol.5 Leica NOCTILUX 1:1/50 2nd Type E-58「時の衣」

南雲暁彦


手に持った瞬間から自分の掌にその存在の強さを感じとる。その感覚は正しい、これはノクチルックスなのだ。

開放値F1.0

F1.0それは焦点距離50mmに対してレンズの有効口径が50mm、口径比1:1ということだ。それをシンプルに体現するスクエアな躯体、標準50mm F1.0のとんでもなく明るいレンズ、それ以上でもそれ以下でもないというシンプルな佇まい、それが逆に凄みになってフォトグラファーにずしりと伝わってくる。
これを手にしてよだれも写欲も出ないようならフォトグラファーなどやめた方がいい。

とまあ、神格化されたノクチルックスを手にした時の儀を嗜む、これも楽しみの一つだろうし、このレンズを使うために自分をゾーンに追い込む自己暗示みたいなものだ。M10-Pに装着すると、俺が主役だと言わんばかりかなりレンズ側に重心を持っていかれる。そこをむんずと掴んで、コントロールはこちらにもらおうとばかりに手綱をひきよせ、さあ撮影の開始だ。

ご存知のとおりNOCTILUX の「NOCT」とは「夜」という意味だ、ライカではF0.95からF1.25までの明るいレンズにこのNOCTILUXという名称が与えられる。前回Summarit 5cm F1.5でも十分ハイスピードだが、さらに一枚上手というのがこのシリーズというわけだ。
今回使用したのはLEITZ CANADAで生産されたノクチルックス第二世代F1.0の初期型で58mmのフィルター径を持つものだ。製造開始は1976年となる。

F1.2までなら最近のバリバリに高画質な国内メーカーのレンズを使ってきたが、それはそれは、素晴らしい現代のリファレンスとも言うべき描写力を持っている。一方こちらはF1.0と開放の数字はさらにハイスペックとは言え、その分設計は厳しくなるわけだし、何せ1970年代生まれのクラシックなレンズだ。同じような表現を求めるものでは無いことはいわずもがな、今は時に熟成された濃厚な味を楽しむものとして存在していると言って良いだろう。

そんなノクチルックスを携えて夜の神宮外苑を歩いた。


いつもと違うのはすぐにわかる。最初の一枚を自分にインプットし、自分の目もノクチルックスに変える。
LEICA M10-P 1/30秒 F1.0 ISO6400


 

LEICA M10-P 1/45秒 F1.0 ISO6400

今も昔もF1.0という明るさは格別なものがある。頭でわかっていても劇的に浅い被写界深度が作り出す空間表現は今なおフォトグラファーを唸らせるに値するものだ。
多くのライカのレンズの美点だと僕が感じているフォーカスからアウトフォーカスへの滑らかな繋がりがもちろんこのノクチルックスにも強く存在し、また周辺減光もかなり強い。その優しいフォーカスとビネットのグラデーションがドラマチックに交わり、その中に自分の定めた視点が浮かび上がっていく。
 

LEICA M10-P  1/45秒 F1.0 ISO6400 

時の衣

何度も何度も歩いて撮ってきた場所には、自分の記憶やイメージが重なっていくものだ。それは目の前にあるクリアーな視界とは違い、奥行きのある時間のトンネルを漂う絵葉書のようなビジョンであり、その味わいは蘇ってきた時によってまた異なるという朧なものだ。
この僕より少しだけ若いノクチルックスも自らが刻んだ光の記憶を深い井戸のようなガラスの中に持っていて、今僕が切ったシャッターもまるでその深い井戸から組み上げたように、自らの「時の衣」を纏わせてしまう。
僕には自分の持っているそういった記憶のイメージとノクチルックスが纏わせる時の衣が心地よくシンクロしたように感じた。



実家に帰って古いアルバムを引っ張り出すことがあるだろう。そこにはピントも構図もてきとうな家族の記念写真や、全くキマッテいないスナップなど、色あせて端の折れた写真が沢山あって、その熟成され時の衣を纏ったフォトグラフは今撮ったばかりの写真とは全く違う価値や味わいを持っていることに気が付く。途端にさっきスタジオで撮ったばかりのピンピンのフォトデータが青臭く感じ、「これは全く敵わない」と途方に暮れるのだ。

写真とはそういうものでもある。

最新機材でいま撮った写真はボジョレーヌーボーのようにフレッシュで、実家のアルバムという樽の中で熟成されたビンテージワインには敵わないのかもしれない。

ただ、同じような年数を重ねたノクチルックスとフォトグラファーの組み合わせは、この味わいを作り出せる瞬間熟成機のような機能を持っている。たった今のことだが、ずっと歩いてきてたどり着いた今、もうこれ以上色褪せない熟成された今を生み出せる、これがこのレンズの魅力なのだろう。


LEICA M10-P 1/60秒 F1.0 ISO5000

神宮外苑の夜に僕が歩いてきた様々な夜のイメージが重なり、普遍的な夜のイメージになっていく。自分が辿ってきた足跡の一つになっていく。


ファインダーでもノクチルクスを味わいたくなり、ボディをライカのミラーレス機SL2-Sにかえて撮影をした。こいつに搭載された0.78倍576万ドットのEVFはここでも素晴らしく活きる。この使い方を想定すれば逆にこの精度は必然だったとも言えるのでは無いだろうか。フォーカスはより確実に行えるし、フォーカスリングを回すとじわーっと滲む光の変化を見ることができるのが嬉しい。重量バランスも良いしボディ内手振れ補正のおまけまでつく。これはありだ。ノクチルックスは正直使いこなすのがむずかしい部類のレンズだが、この仕様であればかなりカメラが助けてくれる部分が増える。まあ、総重量もかなり増えるのだが、そこは操作性とのバーターだ。
 
 

LEICA SL2-Sに装着。ファインダーの中にノクチルックスの光が滲む。





深夜、ノクチルックスを覗きながら家の中を歩き回った。

LEICA SL2-S 1/100秒 F1.0 ISO100 


LEICA SL2-S 1/30秒 F1.0 ISO1600 


暗い部屋の中からノクチルックスと共に自らのシーンを引っ張り出す。
LEICA SL2-S 1/125秒 F1.0 ISO1600 


このレンズが生まれた時には考えられなかった使い方だが、レンズに「残っていてくれてありがとう」と言いたくなった。以前ライカのカメラ開発責任者のステファン・ダニエル氏と対談した時に、「MレンズはM型ライカに付けるのが一番いいのだけれど、その次にMレンズの魅力をしっかり表現できるのはこのライカSLシリーズだ。そのように作った」と言っていた。もっとも素直に、正確にノクチルックスを味わえる方法の一つなのは間違いない。
純正アダプターを介しての装着だが、流石にこの時代のレンズだとデータなどは残らない。まあ、この写真が残れば良いので本質的に問題はないだろう。

家の中にも風景があって、お気に入りの場所や光がある。それをLensgraphy的にノクチルックスで素直に撮ったらこうなった。それ以上でもそれ以下でも無いのだろうが、やはり自分が住んできた時が集積されたと感じる写真が生まれる。

生きている以上、時の衣を脱ぐことはできない。それを共有し表現してくれるレンズ、ノクチルックス50mm F1.0は、僕にはそういうレンズに感じられた。
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<プロフィール>


南雲 暁彦(なぐも あきひこ)
1970年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。日本大学芸術学部写真学科卒業。凸版印刷株式会社、ビジュアルクリエイティブ部所属 チーフフォトグラファー。世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。近著「Still Life Imaging スタジオ撮影の極意(玄光社刊)」。APA会員。長岡造形大学、多摩美術大学非常勤講師。コマーシャル・フォト「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」を連載中
 

<著書>


Still Life Imaging スタジオ撮影の極意